王宮-002 ララルーア様がお呼びだ。上へ行く
「ララルーア様がお呼びだ。上へ行く」
バウンの言葉に、サテンは笑った。
「この足ではあの梯子は登れない。運び上げろ」
「自分の足で上がるんだ」
バウンは抑えた声で言った。顎を動かし、家人に足枷を外させた。
「逃げたいのなら逃げるがいい。ただし、お前の村はその報いを受けるだろう」
サテンは、足首をさするだけで返事をしない。バウンは、ゆっくりと後じさって梯子の脇に立った。そして、片手で梯子を掴む。
「お前はララルーア様に逆らった。地下牢で眠りこけていたお前は平和だったかも知れないが、村はお前への恨みに満ちているだろう」
サテンの視線があがる。
「もし、おまえが、ララルーア様の言う通りにするなら。私がララルーア様にとりなしてやる」
「村に何をした?」
「もう忘れたのか? 薬の為の実験の場だ。人体に会うような調合ができるまでに、どのくらいの犠牲がでるのか分からんな」
「もう手遅れだ」
やけに冷めたサテンの言葉に、バウンは、
「まだ五日だ! 使者も到着していまい」
ときつく返した。
村を救うために出てきた男と言うイメージが、どこか、空回りしているような気がした。ララルーアの脅しを聞いて、本当に真に受けて動くのだろうかと不安になった。
バウンは先に梯子を掴むと身軽に上へ上がった。逃げるのなら、それはそれでほっとする。計画には支障がないどころか、実験の場が手に入り、不安要素の龍が消え、願ったりかなったりだと考えた。第五皇子の取り込みは、またララルーアが何かいい手を考えるだろう、と言う程度の不安にしかならなかった。そのくらい、この男とは係りあいになりたくない。
サテンは、座ったまま足を動かした。バウンが梯子を身軽に上がると、蝋燭を掲げた家人は心細そうな顔で、サテンを見る。サテンは男へ言った。
「先に上がらなくていいのか?」
男は首を左右に振った。おびえて声も出なかった。暗闇の中、目の前にいる男は、黒い服を着ているせいか、闇に溶けているように見えた。
「そうか」
と言うと、ゆっくりと立ち上がった。頭痛がするのか手で額を軽く抑える。手枷が音を立てて、鎖が頬にかかる。サテンを見る男は不安そうな顔をした。自分の手にあまる事態になったらどうしよう、とその目が語る。サテンは心の中で苦笑した。男を安心させるためにではないが大股で歩きだす。二歩目でゆっくりと身体が沈み、三歩目で倒れそうになる。しかし、梯子を掴むと蝋燭の男が目を見張るような軽やかさで、階上へあがって行った。光が、梯子の下に差し込んでいた。ランプの明かりは、蝋燭よりも元気をくれた。
突然元気になったサテンを、バウンも見ていた。油断できない男だと再び自分に言い聞かせた。村に対する淡白さは見せかけだったかと疑いたくなる。ただ、この人間離れした雰囲気に、村を守ると言う言葉が、どこか現実離れしていると感じていた。その村から返事が来ない。五日では村にはつかない。しかし、サテンが来てからチェシェ村に送った使者も未だに帰らず、バウンを不快にさせた。
一ヵ月もあれば、偵察を終えて、帰って来てもよさそうなものだが、いまだに誰も戻らない。村を見張らせている傭兵達は馬鹿ではない。ララルーアを裏切れたとしても、自分への裏切りがどう高くつくかくらいは承知している。しかし、その彼らからも便りがない。順調だと言う連絡が、酒の匂いが染みた手紙で送られて来て、そろそろ二週間がたつ頃だった。彼らのことだから、何もないのに何の連絡をしろと言うのだ、と言う乗りだろうが。
バウンは漠然とした不安を感じていた。か弱い、病に滅びかけている村のはずだ。しかし、それは作り話で、実は、傭兵以上の兵士の集まりだったのではないか、とさえ思えて来る。ばかげた話だが、このサテンなら、そんな人間が集まっていたとしても不思議じゃない。動じないのはそのせいではないかと思えるほどだ。そして、それなら、村人を連れてこいと言う話は、どんな結果を生むのだろうか、と。




