王宮-001 王宮へあがっていたララルーアが帰宅した
王宮へあがっていたララルーアが帰宅した。五日ぶりに回廊用の小さな馬車を飛ばして自分の宮へ戻ってきた。
夕暮れ時の風が吹く中、彼女は真っ青な顔で広間に入る。バウンを呼びつけると、
「サテンを呼びなさい。きれいに洗って着替えさせて、ここへ連れて来なさい!」
と金切り声で叫んだ。
「ララルーア様?」
「さっさと、支度をするのよ!」
ララルーアは大きく息を吸って、バウンを傍へ近寄らせると、
「王陛下がお呼びよ。あのボンクラのカエランラが、バイローンから聞いた話を面白おかしく王陛下へお話になったわ! へまをしたわたくしを笑い物にするために。わたくしの地位をたたきつぶすためによ」
苦い声で、語った。
「しかし、もう五日です」
「病気でも何でも連れてこいと言うご命令よ。だめなら死体でも良い、と言うお話だわ」
「なら、死体にしてからでも?」
「ばかなことを。本当に死体を持って行ったら、カエランラが、わたくしが龍を死なせたと言いだすわ。彼らに、王族の元なる血筋の龍を死なせたと女だと糾弾させるつもり?!」
「しかし、連れて行ってもサテンは、王家の血をけなすだけではありませんか? 我々にとっていいことを言うとは思えません」
「ものも言えないほど、弱っているのではなくて? ちゃんと閉じ込めて、水も食事も与えずにおいたのでしょうね?」
「それは、確かに」
「なら。十分弱っているわ」
「五日程度では、人間はそれほど弱りません」
「あの暗闇よ? 数か月もいたような気になっているのではなくて? 第一、また放り込むと脅せば、少しはおとなしくなるんではなくて?」
「しかし、それでは龍としての気品が保てるかどうか」
「わたくしは、龍だと名乗る人間にだまされたのよ。わかるでしょう? わたくしは、かよわい女ですもの。陛下の血筋は龍のお子だと決まっているのに、龍だと見極めましょうと、言う人間にだまされたのよ。母親を龍だと慕う御子を慰めたいと思うばかりに。陛下の為にと、奔走しているのを知られて、付け込まれてしまったの。なんて哀れな女でしょう? 王陛下にサテンを罰していただくのがちょうど良いかもしれないわ」
ララルーアはしごくまじめな顔で言って、せかせかと続けた。
「さあ、急いでサテンの支度をさせない。みなさまがお待ちだわ」
バウンは、会釈とともに踵を返した。物音一つしない地下室に興味があった。樽の下には、もう、誰もいないのではないかと言う不安もあった。あの男ならそのくらいのことはするのではと言う期待もあった。
家人の男達を連れて、裏から階段を下る。ララルーアは、広間の中央に立って、じっと扇子を握りしめていた。陽光がオレンジ色から赤紫になり、天上の空が星空に変わりだしたのにも気づかずに。出された茶をよけ、きつい酒を命じる。小さなグラスを一息に仰ぐ。と、ララルーアは、息を吐く同時に、扇子を侍女に手渡して、美しい押柄のある革のソファーに横たわった。目を閉じた顔には、うっすら疲れがにじんでいた。
バウンが下りると、サテンは目を閉じていた。手枷のついた手は腹の上に置き、投げ出した足には重く痛々しい枷が鈍く光っていた。五日前には淡く輝いていた上着に、乾いた土がこびりつき、胸を飾っていた金の鎖は布から外れて垂れている。顔は青白く、髪は頬に張り付き、血の気のない唇からは、滴り落ちた地下水が額を伝って垂れ落ちていた。
バウンは思わず、片膝をついて、サテンの肩に手を置いた。死んでいる、と感じたからだ。しかし。
「もう来たのか」
サテンの目がすっと開かれ、バウンを見た。バウンはなぜか立ち上がって後ろに下がった。真っ黒い瞳が青白い顔の中からまっすぐ見すえていた。目の中に何かがあった。瞳の底には、あってはならない世界を見つめているように見えた。
「バウン様?」
蝋燭を掲げていた家人が声をかけた。バウンは、手が震えていた。ゆっくりと握り込み、目を見ただけで震えるなどありえない、と言うように息を吸って、自分を落ち着かせようとした。
「早かったな」
サテンは皮肉な声で言った。それを聞いてほっとした。サテンの顔に血の気が上がり、目には皮肉な色が浮かぶ。それを見てほっとしたのだ。




