王城-012 暗闇の中でサテンは目を開けた
暗闇の中でサテンは目を開けた。水が壁を伝う音が聞こえた。自分の心臓の音や、血が血管を流れるさらさらと言う音も聞こえていた。暗闇は、耳を鋭くした。片ひざを曲げた。思った以上に大きな床をこする音で、サテンは驚いて目を覚ました。地下牢のような場所にいるのだと思いだす。腰が痛んだ。肩も痛んだ。手を付いたのか手首も痛い。
サテンは息を吐いて、上を見た。天井から注ぐかすかな明りに目を細める。すると、闇が俄かに明るくなった。気のせいではないかと思えたかすかな明かりが、瞬きをすると、白んだ光にとって代わり、何もかもが見渡せた。
「掃除が行き届いている」
冷めた声だが、うれしそうなと息を吐いた。
白く固い床石は綺麗に磨かれていた。壁には煉瓦が土壁に埋まる。床には水たまりがある。しみ出て来たのかきれいな水だ。サテンは手をのばして水たまりに手の平を付けた。ぱしゃんと叩いた。音を聞くような顔をして、気に入ったのか目を細めた。
サテンは、床を滑って水たまりの脇に来ると、足を伸ばしたままごろっと水の中に横たわった。ほころんだ口元は、つい喜びに顔がほぐれた、と言うように見えた。手の平で、ぱしゃぱしゃと水を叩く。寝ころびながら、肩や腕を水たまりにすりつけて、右に左に転がった。胸の金鎖や腰のベルトのバックルが床にあたって、身体にぶつかる。痛い。サテンは、顔をしかめた。それでも、わずかな水が気に入ったのか、転がった。
天井の明りが、さらにか弱くなった。人気のない廊下は漆黒の闇に代わり、ララルーアが王宮に出かけた後に、外では星が瞬きだした。
地下牢の床に寝そべっていたサテンは、水たまりからゆっくりと身体を起こした。サテンの目には、暗い闇が明るい光に満ちて見えた。おき上がり、軽やかに立ち上がると、壁の傍まで近寄って、煉瓦に触れて天井を見た。肩の痛みも、腕の痛みも消えていた。はれ掛けていた右の手首も、冷たい水が効いたのか、しなやかな動きが戻る。
「水があってよかった」
つぶやきの後、サテンは、煉瓦の壁に額を押しつけた。
「闇の中に落とすとは。ララルーアは、私が龍だと信じていたのではないか」
サテンは不服そうにつぶやいた。
サテンは目をつぶって考え始めた。朝、聞いた歌のことが頭をよぎり、聞いた歌を反すうしだす。記憶の中で響いた歌には、喜びがあった。あれほど幸せな歌は聞いたことがないほど朗らかだった。サテンは目を開けて壁を見上げた。龍の噂を聞いた時、まさかと思っていたのだが。アヤノ皇子は人間だった。龍ではない。龍の噂は間違いで、人間の作り話で、真実ではない。が、確かにここには龍がいる。サテンは大きくため息をついた。
「まだ、ここを出るわけにはいかない」
まるで、いつでもここから出られるかのようなつぶやきだった。
サテンはゆっくりと身体を落とし、壁を背に座り込んだ。身体が重くだるかった。光のない世界では、休むのにはちょうどよいが、長くいるべきところじゃない。じっとしてれば永遠にでも過ごせるだろうが、目を覚まさずに眠りつづけることになる。
「探さなければ。孤独な龍は死んでしまう」
と、サテンは静かに眼を閉じる。あの喜びの龍のどこに孤独があるのだろう、と思うのだが、サテンの真剣な顔は、今までの無表情な顔とは全く違って見えた。サテンは大きく息を吐き、まるで何もかもをあきらめたかのように床へ足を投げ出した。そして、カラリとした声で、
「彼らが、死体を拾いにくるまで待つか」
と言うと、本当に死体になったかのようにぴくりとも動かなくなった。
家人が、何度か、様子を覗きにきた。
バウンに言われて様子を探りに、地下牢のある床を見に。その家人が、不安に思って床に耳を押し付けたほど、音は全くしなかった。バウンに報告すると、眉間にしわを寄せ不機嫌そうな顔をするのだが、うなずき、定期的に様子を見に行くようにと指示を出す。それだけだった。それが、穴牢の扉を開けさせる手段かもしれない、と思うほど、バウンは用心深かった。




