王城-009 あれは、龍ではなかったのです
家臣が少年を抱え込み、片手をばたつかせるようにして、サテンとララルーアを追い払った。
バイローンは家臣と一緒に少年を抱きかかえ、少年にささやき続けた。
「人間は、龍のことは分からないのですよ。あれは、龍ではなかったのです。皇子、皇子は龍です。わたしが一番よく知っています。だから、安心してください。大丈夫です。皇子は龍です。本物です」
と、何度も何度もささやいた。
ララルーアは、顔を真っ赤にしながら、サテンの腕をつかむと、玄関の外へ引っ張りだした。外へ出ると、音高く、サテンの頬を平手打ちした。サテンは抗わずに、平手を受けて、眉間に軽く皺をよせただけだった。
「お、お前と言う人間は…」
と怒りに声のないララルーアに向かって、サテンは、
「人間の人生は短い。誤解は素早く解いて、まっすぐな人生を送らないと、あっという間に死期が来る」
とつぶやいた。そして、
「罪なことをするな。子供じゃないか」
とララルーアに諭すように言うのだった。ララルーアは、怒りに我を忘れていたのだが、
「お、おまえの方がよほどひどいことをしているでしょう! あんな顔をさせて!」
「あれでは一生あのままだ」
「それのどこが悪いの?! あの子は、そうできる立場なのよ! 皇子として生まれて来たのよ。あの子のいったい何が悪いの」
「大事に思っているのだな」
とサテンが言うと、ララルーアは顔色を変えて大声で怒鳴った。
「ごまかさないでちょうだい! わたくしは、あの子をあやしてって言ったのよ。諭してだなんて言っていないわ。いい? 十八にもなって、妄想に浸りたい男は、一生浸っていればいいのよ。どうせ、そうできる気楽な身分なんですから!」
「たった十八で何が分かるようになる」
「わたくしは、十八で、王の妾にさせられたわ。人生、十八年も生きていたら、人生は夢じゃないって分かるのよ! 夢を見ていたいだなんて、甘えているもいい所よ」
ララルーアの声は怒りに震えていた。
「十八か」
サテンは一言言っただけで、何も言わなかった。哀れだとも、それがどうしたとも、言わなかった。それが、ララルーアには気にいらなかったらしい。ほつれ毛をかきあげて、怒りで乱れた襟を直して、草の間に見える敷石を踏んで、回廊の方へ歩き始めた。歩きながら、呼吸を整え、後ろをサテンがついて来たのを確かめる。そして、言った。
「村の援助はなかったことになるわ。すべてを回収します。村の女子供が売られたって、あの薬剤師の薬の値段には足りないでしょう。でもね、売らせないわ。あの村から一歩も外へ出させるものですか。毒薬や薬物の実験をさせ、村の人間を実験体として提供させる。そして、わたくしと領土の平和のために、役立ってもらうことにするわ」
淡々とした声だった。ララルーアが振り返ると、サテンは少年の家を見つめていた。ララルーアに背を向けていた。ララルーアはカッとなって、
「おまえは生涯後悔して生きるといいわ! 毎日毎日、死にたい、生きていたくなんかない。と嘆き暮らすのよ。わたくしが味わった人生と同じ苦しみを受けてみるがいいわ」
と叩きつけるように言った。
「そんな人生は送りたくないものだ」
「そう? それがなに? 人生には大切な瞬間って言うのがあるのよ。絶対にやってはいけないこと。選んではいけないことと言うのが。それをあなたはやったの。今の今。わたくしの前でやったのよ。何度も、何度も、口をすっぱくしてやるなと言っていたことを!」
言いきると、踵を返した。サテンはララルーアに背を向けたまま、
「それでも人間の人生は短い。今生で悲しい人生を送っても、すぐ次へ行けるではないか」
ため息をついて、振り返った。ララルーアの小さな後ろ姿が、林の影へ入ろうとしていた。
「死にたいと思わないで生きられるのなら、生きてみたいものだ。そう思わない人生と言うのがどんな人生だったのか、忘れてしまったのだがな」
サテンはそう言って、ため息を付いた。そして、ララルーアを追って歩き出した。少年の家は静かだった。悲しい悲鳴は聞こえなかった。蔓の絡んだ小さな家で、重く暗い空気が満ちていたのだが、サテンは振り向かなかった。




