王城-007 第五皇子に謁見しようとしているのよ!
「そこまでする必要があるのか?」
サテンは、ララルーアに言った。
「当然でしょう。尊いお生まれの第五皇子に謁見しようとしているのよ! ほら。おまえも、声を出して!」
とその時、扉が中へわずかに引かれた。隙間から、暗い中が見えた。扉の脇に人影があり、天上近くの窓から光が落ちるのか、埃が舞っているのが見えた。皇子ではないらしい。中年の男だった。
ララルーアは、この人物の気配に気づいていたようだった。しかし、驚いたような顔を造り、扉が開いたことに喜びを隠せない、と頬を上気させて見せ、戸惑っているかのようなしぐさをする。しかし、続ける声はしっかりとして、よどみがない。
「ああ、ありがとうございます。わたくしどもは、第五皇子にお会いしたくて参ったのです」
と扉の淵にしっかりと指を乗せ、
「どうぞ、中へお入れください。わたくし、とっておきのお土産を持って参りましたの。ずっと長らくお約束していたものですのよ」
とほほ笑みながら話し続ける。中の人物は扉の脇から動かない。ララルーアは、手にした籠の中から小さな包みを取り出して、
「お菓子をもっとたくさんと思っておりましたのに、それほどたくさん用意できなかったのもですから」
と遠慮するような声を出し、扉の中へ、レースの袋を握って手のひらで隠しながら差し出した。中の影がかすかに動いた。受け取ったようだった。高価なコインか金貨だったのだろう。手の中で重さを量るような間があって、
「ようこそ、ララルーア様。お待ちしておりました」
と暗いしわがれ声が返ったのだった。
開いた扉の中には、声の割には若い男が立っていた。背の曲がった青白い顔の男だ。刺繍の付いた上着に、網目のような単純なレースの付いたシャツを着て、ブーツは皮で膝下に折り返しが見える。皇子の宮の家令のようだが、上等な美しい服を着ているわけではなかった。髪は麦色でウエーブがかかっているが厚みがなく、頭にへばりついている。薄い口にそげた頬で、男はにこりともしない。ただ、手にした包みをポケットに入れるしぐさは丁寧で、満足しているように見えた。だからだろうか。
「残念でございます。せっかく起こしくださったのに、今日は先客がございます」
と言った声は、本当に残念がっているような響きがあった。
「まあ、よろしいのですのよ。きっと大勢いれば、第五皇子もお喜びになられましょう」
ララルーアは弾んだ声で言ったのだが、建物の奥を見つめる目は鋭く、頬には筋が浮き出て警戒している。なのに、サテンは、
「それは残念だった。それでは、またに致そうか」
とさらりといった。ララルーアが恐ろしい形相でサテンを振り返ったのだが、サテンは、
「あれほど美しい龍がいるのだから、本物などいらぬだろう」
と奥へ目を向けながら言う。
ララルーアは慌てて振り返って奥を見た。だが、暗がりが見えるばかりでよく見えない。入口で出迎えた男は、低い声で、
「お伺いしてまいります」
と断わりを言って中へ入って行こうとした。次からの包みを期待しているのか、入れたからには取り次ぐべきだと思っているのか。表情の読めない男だったが、誠意はちゃんとあるらしい。うつむき加減のまま、足を引きずるように奥へ戻ろうとしたのだが、すぐ立ち止まる。
男よりも早く、
「殿下。本当に、好奇心がおありなのですね」
と中から弾むような声が聞こえてきた。そして、
「そう簡単に、一つの場所に何人も龍がいるはずがない、とおっしゃりたいのでしょう? なぜ、わかるのか、とおっしゃりたい? それはもちろん、分かりますとも。それこそ、龍は以心伝心だと言うことを、身をもって実感しておられるでしょう? ほら、わたくしのこの浮き立つような気持がお分かりでしょう? それなら、わたくしの言葉も信じてくださらなくてはいけない」
陽気な声は大きくなって廊下の奥で青い上着となって現れた。
角を曲がった向こうに部屋があるのだろう。声とともに姿が見えた。声の主は、明るい金色の短い髪のはつらつとした表情を浮かべた男で、上着の青を映す銀青色の瞳が笑み崩れていた。背の高い男は、俯きがちの少年の背を押すように現れた。
暗い広間は、まるで日が差したような明るい空気に変貌した。




