王城-006 あれは、人の歌ではない
サテンは、ゆるりと空気のように踏み出して、広間へ続く、アーチをくぐり、ララルーア達の方へと歩きだした。あれは、人の歌ではない、とサテンは心の中でつぶやいた。「龍の歌」、とつぶやいて、誰があれを歌ったのか、と物思いに沈み込む。サテンは、朝食を食べた。食べたのは軽食で、スープと卵の料理だった。「野菜は?」と聞くとすぐにバウンが持って来させた。野菜を好むサテンの為に用意させていたようだった。
濡れた服は、同じような黒の上着が持ち込まれ、食事の前に替えさせられる。何着あるのだろうと思うくらい似かよったものだった。しかし、今度は、アクセサリーがたくさんついていた。寝起きのサテンは、ぼんやりした顔でしまりがない。それを補うためらしい。ベルトや金鎖で、腕の袖を釣り上げたり、腰の脇から背中に巻くように宝石がちりばめられたベルトをしたり、華やかさを演出しようとしていた。しかし、ララルーアの感想は、
「ぼんやりした顔をしていても、宝石の光に目がいって、いくらかごまかせるでしょう」
と言う程度のものだったし、用意をさせたバウン自身も、「おっしゃる通りです」と型にはまった返答をしただけで、誰も本当に華やかになったと思ってはいなかった。サテンはと言えば、襟首がしっかりとした服は気にいらないのか、袖に腕を通しながら着心地に煩わしそうな顔をしてみせただけだった。宝石や金鎖には目もくれない。
食事が終わる。その間、ララルーアがバウンと打ち合わせをする。
そして、サテンが、さて、と言うように、寝椅子と日の差す広間を見渡し、光の多い場所を見つけて移動しようと腰を上て動き始めると、ララルーアが機敏に立ち上がって一言告げた。
「皇子宮へ行くわ」
サテンが身体を向けると、
「今日は、挨拶だけよ。いい? 怖がらせないためにも、顔を覚えていただくところから始めるのよ」
と言って、軽く顎を振る。眠たげなサテンは仕方なさそうにその声に従い、ララルーアの方へと歩き出した。
鬱蒼とした森の淵に小さな神殿のような建物があった。
三角屋根で、四方が石壁で囲まれている。テラスもない。窓は高く、中の様子はまるで見えない。林を抜ける石畳の回廊から外れ、草に覆われた敷石を渡って行くと、回り込んだ場所に玄関があった。石の庇の下に片開きの小さな木戸がある。錆びたノッカーの上には、いつ飾ったのか分からない、錆びの浮いた銅の魔除けが飾られていた。
ララルーアは、扉の前に立つと緊張するのか首を押えて咳払いをした。そして、息を吸い込むと、
「第五皇子、おいででいらっしゃいますの?! わたくし、ララルーアがまいりましたの。どうぞ、扉をおあけになって」
と叫んだ。舌足らずなしゃべり方で、身をよじるように声を出す。サテンが、ララルーアをまじまじと見た。ふざけている様子はみじんもなく、ララルーアは目を皿のようにして扉を見つめている。
「第五皇子さま。わたくし、お約束いたしましたでしょう? わたくしの龍の村から客人を連れてまいると、申し上げましたでしょう? お約束を果たしにまいりましたのよ」
と扉に向かって声音を上げる。そして、扉と木枠の間に、息を吹き込むような近さで、
「どうぞ、このララルーアのために、扉をおあけくださいませ。おいしいお菓子も用意してまいりましたわ。どうぞ、午後のお茶をいたしましょう」
ふてぶてしさの溢れるララルーアとは思えない。滑稽を通り越して、不気味ですらあった。驚くサテンを歯牙にもかけず、ララルーアは、片手でサテンの腕を叩くと、
「ほら、おまえも、ごあいさつの声を出しなさい。第五皇子は、おまえをまだかまだかと待っておられたのよ」
と小声で叱った。サテンは扉とララルーアを見比べて、押し黙る。ララルーアは扉に顔を近づけると、
「第五皇子。お願いですから、この哀れなララルーアのために、扉をおあけくださいましな。ほら、早く、お前も何かいいなさい!」
最後の部分は、サテンにだった。




