王城-004 バウンの下に一人の男がやってきた
二人が夜会に出かけている間、バウンの下に一人の男がやってきた。
生成りのシャツに荒い生地のベストを着てこざっぱりしていた。猫背で周囲を盗み見る。帽子を手に握りしめてバウンの前に半歩下がって遠慮したように立つ。家令を前にした、下働きの男そのものの姿に見えた。しかし、バウンに掛けた声は違っていた。
「頭ぁ。アントラックが向こうに付いていまさぁ」
「アントラックか。資金を投入しているようか?」
「へぇ。あっちの龍の経歴作りで、かなり金を撒いたようです」
「アントラックは商人だ。資金を回収するぞ。それまで、カエランラは資金を使い放題だろう」
「オレらの第五皇子を、追い落としにかかりますかね?」
「それはない。そこまで脅威を感じるはずがない。あの皇子だ。ララルーア様の手駒にしたくないと言う程度だろう」
「なのに、屋敷一軒、買えるくらい資金をだしたってことですかい」
不服そうな声だった。男は、手の剛毛に黒く縮れたところがあった。顔にも小さく火ぶくれの跡がある。街の屋敷の回廊で、炭を買い足してくるように指示された男だった。あれからすぐに王宮に入り、噂を拾っていたのだろう。
「向こうの龍はかなりの玉でさぁ。誰に聞いても、良い人、としか返ってきませんぜ。龍のふりをしている嘘つきが良い人なんかであるはずがねぇ。そう思っている奴らも多いはずなのに、誰もが口をそろえて良い人って答えているんでさ」
「カエランラは、そこまで金を撒いたのか?」
「そこまでしたたかな野郎を探してきたってことでさ」
「よい駒を見つけて、こちらにちょっかい出す気になったか。どうせ向こうは、第五皇子が目的じゃない。第一皇子が本命だろう。こっちの皇子の弱みをつくっておきたいだけかもしれないが」
「噂を撒きますか? あっちの龍の不正か何かを」
「下手な噂は命取りだ。こっちの龍は、およそ人好きするとは言えない龍だ」
苦い顔をした。駒に対する資金の掛け方が違うのだから、仕方がない。バウンは、そんな皮肉なことを考えた。
「しかし、うちの方が本物らしく見えますぜ?」
「人間嫌いが、らしく見えると言いたいのか?」
「浮世離れしているって意味でさぁ。よく、ララルーア様はあれの手綱を握れてまさぁね」
「握っているようには見えないがな。どっちにしろ、ララルーア様が連れてきたんだ。女に手綱を握られる程度の男だと言うことだ。だめな男にしか見えないさ」
男は帽子をもった手で、首のあたりをかいた。そう思われているのは、サテンだけではない。自分達も同じだった。だから、同意をするにも、しづらかった。
「どうします? あっちの龍、締めときますか?」
物騒な言い方をする。彼らの前職がしのばれるような会話だった。
「一人締めても次の龍を探すだろう。アントラックが付いているんだ、幾らでも金が出る。それより、第一皇子が、世継の話をどう進めているか探ってくれ。権力が向こうへ流れたら、第五皇子がその気になっても、何一つ手に入らなくなるぞ。王位どころか、宮殿に住むことさえままならなくなる」
「大方の貴族も、役所のやつらも、第一皇子を押しているんですし、向こうは順調にいってるって思うんですがね」
「ふん。なら、来月の春秋祭には、王から何か、世継ぎは第一皇子だと告知がでるぞ。王もうすうす自分の死期を感じているだろ。ララルーア様の我儘にあそこまでつきあっているくらいだしな」
「第五皇子のことを気にするのは死期が近づいたからってことですかい」
「第五皇子のことはララルーア様が騒ぐから、気にしているふりをしているだけだ。あの王が、子供一人の先行きを気にしたりするものか」
最後は侮蔑を含んだ声だった。
「ゾン。告知が出る前に、第五皇子に権威が欲しい。後見人として立つにしても地位のない者の後ろでは意味がない。王の動きはララルーア様が探られるだろう。おまえは、カエランラ達の様子を探れ。資金の流れとともにな」
「へぃ」
それから二人は、本来の、執事と下男との会話をしはじめた。最後に、バウンが、
「では、頼みましたよ」
と似合わぬ言葉使いをすると、ゾンが、
「へぃ」
と答えて、二人は別れた。




