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龍の生まれる国  作者: るるる
第二部 平原の龍
124/128

四将軍

昨日夜、議長の出した「閲兵の間に兵を集めよ」と言う指示から始まった混乱につぎ、議長の間での軍議、第一皇子の呼び出し、と慌ただしかった四将軍は、第一皇子の執務室を訪れ、小さな皇子妃を宥める第一皇子を見て、どこかホッとしていた。


四将の一人、王都を守護するバルセロは、まだ30代半ばの年若い男だったのだが、閲兵の間の手配に、出兵と四門の守護の割り振りの手配を指示しながら、第一皇子の指揮と聞いて危ぶんでいた。王都の警備は第一皇子の手腕で、王都兵の出番は少なくなり、落ち着いたのは確かだった。しかし、それと戦とは物が違う。バルセロは、皇子の執務室と聞いて、緊張に凝り固まった、出兵のみに頭が行った第一皇子と対面する覚悟を半分ほどしながら、王城広場の地下回廊を足早にやってきたのだった。


途中で、予備隊と揶揄される程、王都では顔を見ない、四将の一人、ドレスドンと出会う。地方守護のかなめで、ドレスドンの部下はほぼ常に砦や湾岸、各領主が人を出したがらない名目的な王領になっているプッシュナート等、人がいない平穏な地域に兵を置いている。内実、各領主の管理の部署ともいわれるのだが、何をどう管理しているのか知られることはあまりない。好々爺と言う容貌で年以上に年が行っているように見える白い長い顎鬚を蓄えている男で、実際は40代だと言うのに60代に見せて皆を煙に巻いている。バルセロに言わせると食えない狐だった。

「ほっほっほ。バルセロ殿は大変ですな」

ドレスドンは長くずるずるした厚手の豪華な上着を引きずるようにして地下回廊を歩き、すれ違う人々の会釈なぞものともせずに無視し、バルセルを見つけると顎髭を片手でしごきながら低い声で話しかけて来た。


 早朝夜明け前だと言うのに、昨夜の議場がまだつい先ほどまで続いていたせいか、回廊の端をあるく官吏の姿が随分目に付く。広場の端に外階段に繋がる風が吹き込む外が見えるのだが、そこからわずかに、森を超えた朝日が差し込み始めた。かと思うと、中に長い金の光の影が伸び、一瞬、一日でもっとも明るい回廊広場の時を迎える。周囲の壁に並ぶ、両開きの扉や、奥へ続く地下回廊から人々が出てきては、一瞬すべてを忘れたような顔をして足を止め、まぶし気に目を細める。が、いつもの事なのだろう、すぐにそれぞれの用事に戻って行く。


バルセロも同じように一瞬足を止めて光に目を細め、王城のしんっとした空気を肌に感じた。ドレスドンも同じように光を目にし、彼は外を、岩を縁取りに青空が切り取られたように見える回廊の向こうを眺め、口を閉じた。

「あの第一皇子は王軍の招集を甘く見ている」

そこに声を割り込ませたのは、情緒も何もない、奥からまぶしさに目を細めながらもせかせかと足早にやっててきた、四将の一人、トルスキンだった。背がひょろりと高く神経質そうな目をし、黒く細い髪を油でなでつけ、顎の脇に黒子があるのだがそれが何故か嫌味に見える男だった。年齢は30から40だろうが、年齢よりも性格に目が行く男だ。カエランラ家と縁戚関係にあってその繋がりでこの地位についたのでは、と言われる男だったのだが、バルセロは、この男が神経質この上もない程の行き届いた手配で王軍をまとめていると知っていた。


たたき上げのバルセロが、雑多な街の警備も含む王都を任されているように、利害関係が複雑に絡む王軍管理をこのトルスキンがやっていた。ちなみに、ドレスドンは王家の信頼の証であるような領主管理をするだけあって、公家の出だった。

「ああ、やはり朝日は気持ちが良い」

そうのんきに声を掛けてトルスキンの後ろからやってきたのは、最後の四将の一人、レルンだった。侯爵家のボンボンで近衛を任されている20代だ。つい最近の代替わりで、父親から四将を引き継いだのだが、祖父の代に王家から王女が降下している王族よりの男だった。袖や高い襟に金糸や銀糸で煌びやか模様の入った、白地に赤い渦が巻くような柄の丈の短い上着を着て、腰にはサーベルを差している。足は黒タイツで膝上まである圧柄のある革のブーツを履いてつま先には金の飾りがあるせいか、歩くと煩い音がする。近衛の装いでもあるのだが、なぜか、レルンが来ていると派手さを楽しむために着ているようにしか見えない。明るいウエーブのある髪に茶色の目が第一皇子に似ているのだが、安泰の侯爵家の出のせいかもっとおおらかな表情をしていた。

ただ、昨夜の第五皇子の玉座の間の占拠や、議場の間への侵入を思えば、その責任を問われる立場であるのだが、ものともしない大らかさだった。

「後始末はいかがかの」

トルスキンが顎鬚を掴みながら表情を隠すかのように目を細めて聞くと、レルンはにっこりと破顔して、

「第一皇子殿下に指揮していただいています」

と朗らかに言う。これを見て、多くの人間が若さへの無能を思うのだが、ここにいる他の将は頷くだけで済ませた。第五皇子も絡んだこの事件では、無難な手配だ、と思ったのだ。自分の立場も成果も度外視して最適を考えて動けるレルンに対して、若さからくる不足はあっても、おおむね敬意をはあっていた。


バルセロが他の三将と共に、第一皇子の執務室に入ろうとしたその時、少女が両手を上げてすがるかのように手を伸ばそうとしているところだった。その瞬間の第一皇子の優しい表情に、バルセロは妹のおもりをしているように見える、と静かに考えた。王族の婚姻などそんなものだが、両手を伸ばした少女が哀れに見えた。少女は小さいとは言え、必死さがあった。もう子供とは言えない目で第一皇子を見つめていた。

そんな事を思って見ている間に、少女は慌てて皇子の側を離れ、

「朝早くから大儀です」

と気品に満ちた声で声を掛け、穏やかな微笑を見せてすれ違って出て行った。その姿に、自然とバルセロは頭を垂れ、他の三人も同じように感じたのだろう。丁寧に礼をしたのだった。


「待たせたね。どうぞ中へ」

ミラーナを視線で追う、四将に対して、第一皇子は丁寧に彼らを出迎える声を掛けた。四将の主は王であって、自分ではない。その意識が丁寧さを見せたのだが、丁寧さがあっても微塵の引け目も見せない、部屋の中央に立ち身じろぎせずこちらを見ている第一皇子に、四将は慌てて視線を戻し、気を引き締めたのだった。そこには穏やかな兄のような顔をして小さな少女をあやす青年の姿はなく、凛とした王者の視線があった。



「北方、西方、南については議場の場での通りです。議場の場の説明が必要な方は?」

第一皇子が話し始めた。四角く武骨なテーブルの周りに立って、広げられた地図の四隅に重い本を置いている。一か所のみ、鳥の銅飾りが置かれているのだが、皇子のデスクの書類押さえを使っているらしい。何の重厚さもない。もちろん、床の絨毯や周囲の飾り棚、朝日にきらめく外の光がふんだんに入る天井までの広々としたガラス窓等は、かくや皇子の執務室、と言うべき調度なのだが、その部屋の使い方は全く地位に頓着しているようには見えなかった。

よくある、回廊の一室の打合せ室で使われるテーブルを一つ持ち込んだだけ、と言う必要性一点張りの部屋だった。実際は、カエランラ家の守護が消えたとなった途端、注文していたテーブルさえもなかなか納品されなくなった、と言う話があるのだが、それは四将の知らないところだ。

ともあれ、そのテーブルの周囲に立って、ワイルラー王国の地図を見下ろす。ドレスドンが白い顎鬚にそっと触れ、地図の端を指で押さえながら、

「招集が掛かった時点で議場の間の話は押さえてございましょう」

その程度できずに何が四将だ、と言いたげにしわがれた声で言った。それを聞いて第一皇子は頷いて、しかし、視線をしっかりと一応と言う感じで、レルンへ向けた。第一皇子としては、玉座の間の事など後始末に走っているレルンがどこまで情報を集められたか、と思っただけだったのだが、レルンは苦笑をしながら、

「大丈夫です」

と答える。レルンならうっかり確認しないで来るかもしれない、と言う大勢の人が思う不安を感じたのかな、と思ったようだ。第一皇子は表情一つ変えず軽く頷き返すだけで、レルンに単なる確認だと、深い意味はないと言うのを分からせた。そのやりとりを見ながら、バルセロは、王の苛烈さも素晴らしい。しかし、このきめ細やかさを、全てに対してできると言うなら凄まじい、と考えた。考えて、ぼんやりしていた、ともいう。そこに、

「問題は東部だ」

と唐突に第一皇子の話し方が変わった。王国の地図の上に、片手で開くようにもう一枚の地図を出す。近侍達が手伝って伸ばすのだが、東部の地図だ。山岳地帯から王都まで、東部山脈に沿って、南から北部の閑散とした地域までを大写しにした地図だった。いつの間に、これほど細かい地図を、とバルセロは驚いて見る。周囲を見るとドレスドンの表情が変わった。好々爺と言った顔から、武将の顔へ様変わりする。彼が存在を知らなかった地図であり、地方を知るドレスドンが見ても、その地図は正しいのだと、その表情で分かった。

第一皇子は、誰に言うと言うよりも考えながら話し続ける。

「王都から東部の大河へは二週間。馬で詰めても一週間は掛かろう。情報は全て一週間遅れで、今、この状態で内乱がある。河向うのペルシール地方。ララルーア殿の統括と言えば支配者のようにも聞こえるが実質、あの入り組んだ山々を統治できる者なの誰もいない。だからこそ、偽バイローンが出て来れた。その内乱。一体、誰がまとめ上げる事ができたのか」

顔を上げ四将を眺める。

「偽バイローンへの尋問はこちらで進めています。竜王がいる、と言う言葉で内乱をあおったのなら、その王を祭り上げる組織が必要です。どんな組織かが分かりません。そして、疑問が一つ。なぜ、竜神ではなく、竜王なのか、です。ペルシール地方は古の竜を祭る地方。神を王と言って貶めて、本当にあの地方の人間が蜂起できるのかどうか。つまり、首謀者はペルシール地方の民ではない可能性がある」

四将は互いに顔を見合わせた。そんな中、ドレスドンが軽く咳払いしてから話し出す。

「あの、議場の間に、私も居合わせておりました。あの瞬間に見た竜をペルシール地方の者達が見れば、たとえ竜王だと言われても、神が王として降り立ってくれたのだ、と思っても不思議ではないかと思われます」

「王として崇めたが故の、竜神の怒り」

そう短く言ったのは、トルスキンだった。カエランラ家の関わる場所では本人から情報収集にあたっている、と言われているのだが、議場にもいたようだった。レルンは戸惑ったような顔をして、

「私は見ていないので分かりませんが、どっちにしろ、良い物をくれるなら、信じてしまうんじゃないのでしょうか?」

と単純なのではと言った。バルセロは、

「王城での光を受けて、王都では神の怒りかと騒めいているとの事です」

「昨日の今日だぞ。まだ明朝だ」

とトルスキンが疑わしそうに言うと、バルセロは、

「昨夜、まだ飲み屋が閉まる前に二度、朝方城壁付近の農家が起きだす頃にも一度、昼間のような光が王都を覆っている。四門の長に巡回を強化させたところ、飲んだくれた男たちが帰り際騒然としていたようだ」

「便乗して、竜王の降臨だと訴えて回っているものはいなかったか」

とトルスキンが問えば、バルセロは渋い顔で、

「まだ出てこない」

「では、いずれでるかもしれませんね」

と言ったのは、レルンだった。

唐突に部屋が暗くなった。全員が驚いて外を見る。先ほどまで明るかった朝日がいつの間にか陰り、暗い雲が湧き上がり始めていた。この季節、よくある天気だったのだが、竜神の話をしていたためか、バルセロは背筋にぞっとしたものを感じた。第一皇子は空を見て、

「雨か」

とため息のような声を出し、

「そうですね。まずは、王都を固めましょう。四門を閉じて、偽バイローンの仲間が出るのを押さえる。ここの状態を東部に知らされても困る。昨夜の光を、偽バイローンの成功の証と思ってもらえたらこっちのものかもしれませんが。どちらにしろ、東部は何かあったと言うのとは分かるでしょう。あの光なら東部山脈の山頂からでも見れたでしょうから」

そう言いながら視線をバルセロに向ける。バルセロは失礼と視線を落とすように黙礼すると、大股で出口へ向かう。四門の指示を出すために。いつの間にか、第一皇子の執務室の入口近くに来ていた副部と言われる、将の複数ある部署をまとめる長に、軽く指示を出しに歩み寄る。その姿を見ながら、第一皇子は話を戻す。彼らに向かって、

「偽バイローンが成功した暁には、東部へ向けて軍が出たはず。軍が出なかった場合は、彼らは引き上げるのか、それとも、そのまま続行するのか。裏にいる組織が分かればまだ、先が読めるものを、都が空になるのを待っているのか、それとも、冬山に軍が踏み込むのを待っているのかも分からない。情報戦としては下の下」

苦々しい声だった。第一皇子が、自分の失態だと言っているようなものだった。彼らは丁寧に聞いていないふりをして続きを待った。第一皇子は彼らに向かって、

「幻想がどの程度の威力を持つのかの確認が急務です。そして、内乱と称しているペルシール地方の被害の調査。扇動している組織は、本当にララルーア殿に虐げられている者達か。実際、ララルーア殿が力を入れていたのは薬草が獲れる一地方にしか過ぎない。まとめるのが難しい程の地形であったお蔭で、被害は最小であったのだが、お蔭でその一地方が蜂起したとしても大した事にはならず、それこそ、ララルーア殿の私兵で押さえられる程の規模だったハズです。それが抑えられない」

と言ったところで、第一皇子は後ろを見た。近侍の一人を見ると、

「ララルーア殿からの情報は?」

「はっ。ララルーア殿の離宮に人をやったところ下働きを残してすでに街へお戻りでした。サテン殿が地下にとらわれていた時期があったようですが、それも王城へと綺麗にしつらえて送り出されたのだから、もう問題はないはずだ、と彼らは思っているようです」

その話を聞いて、入口で副部に指示を出し終えてテーブルへ戻ろうとしていたバルセロは思わず足を止めた。全ての人間が無視している事実があった。サテンと呼ばれていた男が、光を放っていた事。そして、その光こそが本物の竜であったのではとみなが感じている事。そして、それを王が全くなかったこととして無視している事。と言う最後の部分が、王城では重要だった。しかし、サテンへの仕打ちとその逆鱗に触れていたかもしれないと言う恐怖で、トルスキンでさえうめき声をあげ、ドレスドンまでが苦い声で「ゲスが」とつぶやいた。レルンは見渡すだけだったのだが、動揺の無い第一皇子の顔を不思議そうに見ていた。第一皇子は息を吐いて、

「そちらは問題ない」

と言うと、レルンは穏やかに頷いて、

「竜には第五皇子を人身御供に出したのですから」

そうですね、と言うように言い足した。これに、第一皇子が動揺した。手のひらがテーブルの地図に音を立てて乗り、全員がはっと顔を上げた。第一皇子は憤りの表情を見せ、レルンは能天気が吹き飛んで怯えたほどだ。急に雨脚がひどくなった。まるで、第一皇子の怒りを受けたかのようだった、とバルセロが思ったのは、会議が終わってからだった。

「王都のララルーア殿の私邸はどうだ」

第一皇子の低い声の問いに、近侍は慌てて答える。

「奥で寝込まれていて応対はできないと、マゼラッセ男爵が応え、詳細は分かりません。ただ、間諜として動いているように見えたバウンと、ララルーア殿の家で下働きをしているバウンの部下は、王城を出てから屋敷に戻っておりません。彼らを見つけられれば、ララルーア殿のペルシール地方の動きはさらに明確になるのですが、一週間ほど前に、チェシェ地方を押さえる為に私兵を出した、と言う事のみで、それ以降の詳細は分かりません。申しわけありません」

と最後は棒を飲んだように姿勢を正して固まって話を終えた。第一皇子は頷き、それを見て近侍は壁際に下がった。

「聞いての通りです。幻想の噂を拾い、どこまで偽バイローンの仲間が我が王国に広がっているのか調べたい。また、これが我が王国のみなのかも」

国内の調査については、地方を押さえているドレスドンを見て、国外についてはトルスキンを見た。商家アントラック家の情報を使えとの問いだった。二人は頷くことで答え、

「どちらにしろ、東部へ軍を向けなければならない。偽バイローンが捕まっていると思わせない為にも。また、偽バイローンやララルーア殿の家人が言っている通りの内乱が、本当にある場合、これ以上の後手にならずに済むためにも。冬になれば、山は厳しくなるでしょう」

ここで、トルスキンを見た。東西南北の全領主を軍としてまとめる役をこの瞬間担う事になる。細かい事が気になるのかイライラした顔はしていたのだが、深く頷き受け入れる。

「山岳民の情報が欲しい。北部から南部にかけて、また、山岳部の奥地に掛けて、至急情報を集めて頂けまいか」

と言いつつ、ドレスドンへ視線を向ける。そして、稜線に沿って構えている東部の要所、ペルシール地方よりも北寄りのあまり人の入らない部分からの侵入に備え、ドレスドンが動くことを了承する。最後に、

「王都から竜神信者を出さないようにし、王都周辺の取り締まりを強化。竜神信者を王都に入れないように追い払う。そして、幻想の信ぴょう性を測り、かつ、王都に潜む偽バイローンの組織の母体を探る。と言うのを、バルセロ殿にお任せしたい」

と第一皇子が締めくくると、バルセロは深く会釈をしながら、

「お任せください」

と答えたのだった。

レルンは第一皇子の脇に立って何も言わずに聞いていた。近衛は動かない。と言う事かと思っていたようだったが、第一皇子が振り返ると、

「王軍の先頭には私が立ちます。その準備を」

と言った途端に、レルンではなく、他の三人が声を上げた。

「王都を空にするおつもりか!」

ドレスドンが公家の者らしい何の遠慮も無い、諫めを言い、

「指示を出される方が中央王都に居て頂かねば、動きは鈍るばかりですぞ」

とトルスキンが動かすのは軍のみではなく糧站も物資もあるのですぞ、と言う意味の苦情を訴える。バルセロが渋い声で、

「こんなところで言う事ではないかもしれませんが、殿下。秋の大祭を二週間後に控えておりますが、中止になさるおつもりですか」

と言ったのだった。

年に一度のワイルラー王国最大の祭りが王都である。三将全員が驚いた顔をした。すっかり忘れていたようだった。もちろん、王都を指揮するバルセロが忘れる事ができるハズも無く、睨むように第一皇子を見た。商家や一般の王都の民は、もう二カ月も前から準備に掛かっている。宿のつくりを整え、商人の出入りを広げるべく門に人を増やし、民も、生地を集め服を用意し、街の長たちは出し物の班を作り、競わせ、道には飾りを作って、日々、楽隊の練習の音が王都に響く。みな祭りの為の何かをしている。秋の収穫を終え、冬を前にし、冬支度の物を買うためにも、この祭りを楽しみにしている地方の者達がいる。そして、地方からも移動がすでに始まっている。王都の街門の外には毎日長い列ができ、大通りでは場所取りの申請で商工会がてんてこ舞いになり、外部の人間の流入で治安の維持に警邏の者達が殺伐とし始めている。この騒ぎの中、全四門を閉め、中の人民の身元の検証をし、一部は幻視の信者を取り締まる為に王都の外へと送り出す。その指示を出し、狼狽した副部を押さえ、二日で王都中の検証をしろと言う無茶ぶりをしたところだった。

祭りが無い方が楽だ。と言うのがバルセロの本音だった。第一皇子は低く唸るような声で答える。

「むろん、中止にはできません。ワイルラー王国の隅々まで、王国が危機に瀕していると見せるようなもの。中止にしたくてもできない。春秋の祭りは豊穣の神への感謝の印です。中止して来年、天候不順でもおこれば、それこそ王への不信と、竜神信仰への道を作る」

「国内どころか、外部へも危機を知らせる事になる」

と皇子に続いてつぶやいたのはトルスキンだった。

「世継ぎの皇子がいない祭りなぞありえませぬ」

バルセロが返す。昨年まではそれでもよかった。しかし、昨日、世継ぎの発表があったばかりで、その世継ぎが祭りに全く顔を出さない等、ありえなかった。

「二週間」

第一皇子はつぶやいた。そして、はっきりした声で、

「この二週間のうちに、王軍はどこまで進軍できるか」

トルスキンが応える。

「東部のみを使うならば、渡河しペルシールの山岳へ向かう事も可能ですが」

行き先が分からない。チェシェ村なら軍等要らない。兵数人で十分だ、と言う声が出る。第一皇子は頷いて、

「山岳の砦の方は」

「展開するのはすぐに。しかし、不穏な動きがあるかどうか探るには、本当に首謀者が山に隠れているとして、どこまで降りてきているかによりますな」

ドレスドンの言葉を受け、第一皇子は、

「あの竜王の幻想を見て、なお、ワイルラー王国こそが民の生活を支える柱であると信じられる何かがいる。それが王軍の出兵のみでできると思うか」

と聞いていた。四将は黙した。幻を見ているドレスドン、トルスキン、バルセロは厳しい顔をする。第一皇子は彼らを見て、

「王族を旗印とする。竜の血を引くと言われる王族だ。その程度でどこまで信ぴょう性がでるか分からないが、この祭りの季節であっても、王家は民を思って動く、と知らせる良い機会になる。馬を飛ばせば一週間で戻れる距離だ。祭りは二週間は続く。私は最終日に顔を出す。どうせここ数十年ない世継ぎの顔見世だ、いつ顔をだしたとしても誰も不思議には思うまい」

そう言ってから、再び、レルンを向き合う。

「公家、シェルダム公に祭りの指示を頼むことになる。近衛は公家を中心に展開せよ。私の身の廻りはわずかで良い。王都に、華やぎと王国らしさを作れ」

近衛は王家の配下。そのせいで、レルンへの言葉は純粋な命令となった。レルンは深く頭を垂れて承諾の意を示す。自分よりも年下のこの次期王が、レルンには頼もしく、かつ、支えがいのある主に見えた。

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