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龍の生まれる国  作者: るるる
第二部 平原の龍
122/128

王城にて

「声を聞かなければ、幻視の影響はないようです」

第一皇子の前には、皇子の官吏が立っていた。

 時は随分さかのぼる。王城でのことだった。サテンが第五皇子と光となって飛び立った翌日。第一皇子は、自分の執務室で、広げた地図を睨んでいた。


岩をくりぬいた執務室には、壁には書棚が掛かり、びっしりと埋まった革背表紙の本は、第一皇子の勤勉さや学ぶことへの熱意が見えた。天井近くにある明り取りからは、光が差し込み、会議用に引き込んでいる木のテーブルを前に立つ第一皇子は、光に浮き上がっているように見えた。不思議だ、と報告に来た皇子の官吏のバーセルバーは、皇子をちらりと見上げてひとりごちた。

昨日までと同じ、茶色の髪に灰色の目で、武骨な感じがするほど頬骨が高く大きな口をしている皇子だった。だと言うのに、そこに立つ姿は、これまでと全く違って見えた。どこか透けるような光をまとっているように見えるのだ。もちろん、天井から光を受けているだけなのだが。これまでだったら、光が当たっても、陽気な笑いがはじけるようにしか見えない。なのに、その笑いが消えてしまったせいか、よく動く表情がどこかへ隠れてしまったせいか、ぐっと両端を引き締めた口元に、細くすがめて地図を見つめる目元のせいか、昨日よりも背が伸びて、どこか威厳を感じる程の空気をまとい始めているように見えた。

「これが世継ぎとなることか」

バーセルバーは口を閉じて考える。

「責任が子供を一晩で大人にした」

そう思いながら、第一皇子へ再び声を掛けた。

「偽バイローンの調書が取れました。声を聞かなければ、幻視の影響はないようです」

第一皇子はそこで初めて気が付いたように顔を上げる。入口の両開きの扉が、衛兵によって静かに閉じられようとしていた。バーセルバーが待っていた時はそれほど長くなかったようだ。しかし、第一皇子は気づかなかったことにばつ悪く感じたのか、

「考え事をしていた」

と断るようにいって、向き直った。バーセルバーは会釈をして謝罪を受けとめました、と言う所作をしてから、話だした。

「文字が書けた為、筆談が可能でした。尋問と言うよりも、相手が勝手に書き続けている、と言う形になってしまいましたが」

そう言いながら、片手に持った紙の束を持ち上げて見せた。皇子は視線で束を追って、そこでようやく笑みを浮かべた。やっと思い出したようかのような笑みは、口元から始まり、目元へあがって行くと、

「聞いたぞ。偽バイローンの尋問する為に、地下の尋問部屋に繋がる廊下の角に、人を立たせて紐を持たせて、その紐を腰に巻いて、偽バイローンの下へいったのだったな。半時ごとに、強制的に引っ張り戻させる、と言うような事をして、時々、本当に廊下を転んで引きずられたと言う事だが」

と笑って、擦り傷がないかと上から下までバーセルバーを見下ろした。バーセルバーはすいっと胸を張って、

「もちろん、手足に厚手の絨毯を巻いて挑みましたとも」

と言ってにやりと笑った。

手の甲や顎の下に擦り傷があるのだが、あの盛大な転び方でこれだけの怪我しかないのは、無いのもいっしょ、とバーセルバーは自慢に思う。

王城では珍しい赤毛の髪を首の後ろで一つにまとめ、跳ねるように腰へ流れる。腰には皇子付きになった時に親に貰った飾り刀を差して、片手を添えて胸を張る姿は、ひょろりとした文官なのに、どこか抜け目のない索敵する兵の様にも見えた。実際、探索が主で、今回はその用心深さを買われての偽バイローンの取り調べをまかされていた。

「結局、古の竜の伝説を元にした、竜を褒め称える言葉の羅列ばかりでしたが、途中で力尽きたのか、我らに対する恨み言ば並ぶばかりになってしまいました」

胸を張って調書を提出した割には、続けた言葉は力が抜けていて、成果が期待ほどでなかったと言っているのが分かる。

 第一皇子は「そんなものだろう」と言いながら、手渡された調書を広げて一枚一枚めくって読んだ。途中で、「ほぉ。山ぶどうの季節には、川魚がうまいのか」と言う、偽バイローンがどこかを放浪をした時の愚痴をつづった部分を読んでぶつやき、「本当に、これほどペルシール地方が豊かであれば、誰も王宮へ帰順を示しには来ないだろうに。勝手に独立できただろうに」と言った後、「あそこは貧しい」と最後に低く言い足した。


 議場での事だった。サテンが、第五皇子をつれて光となって飛び立った。その直後、王命による軍議が華々しく開かれた。あの時第一皇子は、勇んで挑み、現実に向き合ってすぐに頭が冷えた。


議長の掛け声で、すぐに軍議が開かれた。誰もが声を上げられ、誰もが耳を傾ける、その瞬間。第一声であがった言葉は、

「王城までの侵略をやすやすと許した、カエランラ家に責任を取らせるべきだ!」

と言う声だった。そう声を上げたのは、公家の一人。続いて、

「王都主導で徴税し、軍備を整えていたのだから、まずは王都の守備兵をださせるべきだ!」

沿岸部の領主が声を上げれば、

「何をばかな、王都を空にして山岳地方へ当たれと言うのか! 王都は河から上がる全ての物資の中継地点でもあるのだぞ! 冬に地方への輸送を止めれば、それこそ我らは死活問題になる!」

「なら、貴公が領軍を出せばよい」

「これから領地へ戻って兵を集めて戻って来いと言うのか! 我が領は北のはずれ。一月もかかるわい!」

「だいたい、本当に侵略があったのかさえも怪しい。先ほどの竜だとて、すぐに消えてしまったではないか!」

「あの強烈な光を、あなたは見なかったとおっしゃるか?」

語尾を上げて強烈に皮肉るようにいったのは、王都の長を務める若い男だった。

「全てを無視してなかった事にするおつもりか? 幻覚を操ると言う事は、今の今、すぐそこに侵略者がいたとしても、我らは誰も気づかぬと言う事ですぞ! ほらそこに!」

と議場の入口を、王都長がとっさに指し示せば、一同、はっと振り返り、戸口を睨む。

階段の上にある、回廊沿いに続く幾つもの開き扉はの入口は、ぽっかりと空いていた。その戸口に、廊下を背にして、小さな人影がじっとこちらを見ながら立っていた。正確には、大きな背の無い椅子に、クッションを置いて、腰掛けている小さな姿があったのだが、まるで仁王立ちでこちらを見下ろしているように見えた。

王だった。

 しんっと静まり返った議場はしわぶき一つしなかった。王は無言で見下ろしている。彼らはたまりかねたように下を向いた。軍議と言われていると言うのに、兵を出さずに済む方法を検討している。

「侵略は王城の話ではありませぬか」

しかし、そう周囲へいさめるように言った者がいた。その実、内容は、「なぜ、慌てるのか、軍議なぞ要らないではないか」と言っている。周囲はしんと静まり返った。

公家のシェルダムだった。数百年の昔の王の兄が作った家で、それから幾度となく王家より姫君が降下し、どの領主よりも王家に近い血筋を維持している。政治には口を出さない代わりに、王家に何かがあった時には、王を輩出する。その為にある家だった。


 シェルダム公は続けた。

「この王城の、この部屋でのみの幻の侵略者ではありませぬか」

おっとりした口ぶりには、落ち着きと余裕と高貴な雰囲気があった。高慢でもあった。

「もしも、全てが幻であったなら、今、我らが軍を起こして討伐に出る事こそが、彼らの目的と言えますまいか」

「そう思って足踏みすることこそ、奴らの狙いではございませぬか」

王の横で、王に代わるように侍従が応えた。王は揺るがず無言のままだ。見ている。いらだったようには見えないのは、公家だからか、的を得た問いだと思ったからか、第一皇子には分からなかった。

シェルダム公は王より一回りほど若かった。第一皇子の父親ほどの年齢で、王に対してゆったりと頭を垂れた姿は、王へ敬意を持っているようにしか見えない。くしゃっとした茶色の髪が肩にあたるほどの長さで切りそろえられ、ひげの無い顔に色白の顔。しかし、濃い眉がその下の目を黒々と強く見せ、引き締まった厚い唇が肩幅があるせいか、王家らしい武骨さがあった。

「シィル陛下」

そうめったに面と向かっては使われない、王への呼び名を使った。シェルダム公は淡々と、

「『王軍を出せ!』と叫んだのは、謀略の男。ですので、奴の図った通りに動くのは愚そのものではございませぬか」

「ペルシール地方で上がった反乱は幻だと申すか」

「本物ならば、もっと騒ぎが膨れたはず、と思いまする」

「ララルーアが隠しているのじゃ、騒ぎになるはずがない」

思わずシェルダム公が顎を引いて口を閉じた。いつの間にかララルーアは議場から姿を消していて、その家人であったバウンの姿も消えていた。王は冷めた目で睥睨し、乾いた笑い声を上げた。

「問題は、隠しているはずの反乱が、世で騒がれだしたことにある」

そう言った後、苦々しい声で、

「今、このまま反乱を幻覚だと告げ、何も手を打たずにおれば、次には本物の反乱が勃発しよう。我らのが国の民は、一枚岩ではあるまいぞ。山岳の民しかり。北方では東西に分かれて水を争い、東部を蛮族に取られれば穀倉地帯は奴らに下る。沿岸部は貧しいぞ。内陸が荒れ、麦が高騰しすれば、麦欲しさに海賊と手を組まないとも限るまい」

王の目に、領主たちの視線が返る。頭を垂れる者と視線を逸らす者とに分かれだすと、王が再び、

「軍議をまとめよ」

と低い声で、正面の議長席の前に立つ、第一皇子に向かって声を掛けた。そこで初めて、議場中の人間が、第一皇子を思い出し、正面に立つ背の高い武骨なはずの青年を見つめ、なぜかごくりと唾を飲んだ。なぜだか理由は分からなかった。しかし、第一皇子が息をすうと、彼らはぐっと顎を引いて身を構え、第一皇子が口を開け低く良く響く声で、

「陛下のお言葉である。皆の者、軍議を始める」

と告げると、なぜかホッとするのだった。大丈夫、と言う気持ちになり、はたと首をかしげるのだった。まだ、始まってもいない「軍議」と聞いて、なぜ、ホッとするのか、と疑問を感じる。しかし、第一皇子がすぐさま、

「兵糧を西部、軍備を北方公家より、南部に資金を頼み、東部に兵を擁するよう、王家軍部よりの指令とす」

と声を上げると、一同騒然とし始めて、第一皇子の雰囲気の違いどころではなくなった。

「兵糧を西部にのみ求めるとは公平とは言えず!」

「冬を迎える北部からの軍備とは、冬に備えて人手を集めねばならの時期に、荷送人を出せとは無茶である!」

「どこもあるものを出すだけでよいと言うのに、南部には資金を出せとは公平にあらず!」

「対岸を渡って侵略がはじまっている東部から兵を出さすとは、我らの領土の守りを無視した心無い有様といえましょう!」

と一斉に上がる苦情に、

「今年の方策により領米を蓄えられ、西部の方々ほど、備蓄を持っている領主はない」

第一皇子は声を上げ、まっすぐな瞳で、階段上の方で、恰幅の良い西部の領主ばかりで集まっている一団を見た。

「米粉の専門札の量産を望むほどの豊かさならば、今年一時の兵糧を出すなど造作もない事。それとも、武具など軍備の提供していただきますか」

最後は問いかけるような言葉を使ったが脅しに迫るような響きがあった。南部の領主の一人が首を左右に振って低く、

「この豊作の時期に防備を無くせば、備蓄米どころか命に係わる災難となりましょう」

「海岸線を無視して防備を緩められるはずがない」

鼻で苦い笑いを出す東部の領主と低く言い合う。しかし、第一皇子は構わず続ける。

「北方公家の方がたよ、今、この時、分水嶺より武器を一掃するのも一計ではあるまいか。春に向けて荒れるばかり。この冬、互いが争い続ければ、東部の侵略どころの騒ぎにならぬ。公家で収まらぬのなら、王軍により調停を願う事になろう」

公家に王の軍を入れ、干渉されても良いのか、と言う皮肉を含んだ脅しを入れる。議長席近くにぽつりぽつりと立っていた公家の者達は黙して皇子を見つめるだけだ。第一皇子はさらにぐるりと議場中を見渡して、

「誰もが辛い提供を求められ、それにためらう。領地を抱え、領民を持つ身ならば、無理もない、と思うか? 今、この時、東部に侵略者が入る。兵を出すのも嫌がっる東部は、このまま兵を出さねば、どの領地からも協力を得られぬと思え! 東部の侵略で一番に被害を受けるのは東部の街、そして、南部! もっとも豊かな港町を持つ南部が、最大に被害地となる可能性が高い。河一本で下れば南部ぞ! その南部が、皆の代わりに資金を受け持つ。東部の兵こそがすべてを食い止めようとする。だからこそ、西部と北部は快く快諾し、備蓄を放出す! 東部、南部の領主、その方らはいかに! 彼らの協力を拒み、資金も兵も出すことを渋るか!」

そう言い放った。


議場はしんと静まり返る。第一皇子は一同をゆっくりと見据えた後、

「王軍にて東部の侵略者を払う。王都より武具を運ぶ。東部の領主よ兵を揃えよ。南部の領主よ舟、車、馬を持って各地より、兵糧、武具、人を運べ。北部公家の方々よ、まずは近郊の武具を王都へ運びたまえ。輸送の足は南部の領主に任せるがいい。そして、西部の諸侯よ、米粉を袋にして支流を使って東部へ運だけでよい。王都へ運ぶ必要はなく、報告の必要もない。各地の官吏への報告せよ。自ずと詳細が分かるだろう」

と低く良く響く声で言った。

誰も声が出なかった。今、この瞬間、第一皇子の言葉に否を言った瞬間、国賊になるのでは、と思えそうな程の気迫があった。そして、誰もがとっさに抗う程の言い訳お思いつけず、声を飲んで黙ってしまった。後で落ち着いて考えれば、王軍が出るなら兵は要らないのではないかと言えるし、東部の兵が出ないなら、兵糧と言う程の食料もいらないし、資金も輸送手段も、そして、軍備も要らない、と分かるのだが、気迫におされてとっさに思いつける者がいなかった。議場中には200に下らぬと言う程の人間がいたと言うのに、一斉に飲まれ、皇子が、

「これにて、軍議とする。王軍にて指示を出す。王都守備兵を含め将軍4将、各副部と共に我が執務室へ参れ。これにて解散」

と言って身を翻すと、小さなしわぶきが起こって、第一皇子が議長席の脇の垂れ幕の間から外へと姿を消すと、わんっと響くような喧騒が撒きあがった。王は廊下近くに用意された座に座りクッションに埋もれるようにして見つめ続けていた。第一皇子が議長席の脇から姿を消すと大きく息を吐いて隣に立つ侍従に言った。

「後三年は続くと思われていた議題であったな」

「御意」

「軍議をせよ、と言っていたがな」

「軍議でありましょう、陛下」

「よう育ったの」

「陛下の訓示がよろしかったのでございましょう」

「抜きんでた才。愛でて愛でて、育て切ったと言う事かの」

「御意」

王はゆっくりと身体を起こしてクッションから身を左右にして抜け出すと、足を床について立ち上がった。そして、喧騒渦巻く議場を見渡し、もう、すでに王の存在さえ忘れ、各領地での損得を絡めた上での駆け引きをし始めた人々をぐるりと見渡した。喧騒は膨れ上がるばかりで止まらず、王はゆっくりと歩き出し、侍従が開けさせた廊下へ向かう。実は、そんな姿を議場中の人々がちらほらと見ていたのだが、王がゆっくりと扉から廊下へと出る姿を見ると、

「第一皇子の御代が来たと言う事か」

とつぶやく人が出た。唾の無い帽子をかぶった商人だったのだが、脇に立つ同じ商工会仲間に脇をつつかれて黙り込むと、別の者が、

「鮮やかとはこのことか」

と第一皇子をほめそやし、それから、利権争いをはじめた領主たちとは別に、商人や商工会の人間たちが口々に第一皇子をほめ称え始めるのだった。


廊下に出た王は、ゆっくりと巨大な、夜の森を見渡す窓ガラスの脇を歩きながら、

「育て切ったと言う事か」

と再びつぶやくと、扉から離れ、廊下を進みながらゆっくり沈み込むように倒れるのだった。近習がそっと王の脇に手を添えて何食わぬ顔で支えると、その後ろにひょろりとした姿のアントラックが議場から王を隠すように立ち位置を変えて歩き、近侍達が周囲を囲うようにして王を取り巻いた。力を無くし昏倒した王の姿があった。しかし、彼らのお蔭で誰の目にも映らなかった。ただ、森の上に聳えるように上がった、大きな白い月だけが、そんな王の姿を見下ろしていた。


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