王都-011 使用人用の暗い廊下を歩きながら
バウンは、「はっ、ただいま」と静かな声で答えると、身をひるがえして、裏の廊下へ引っ込んだ。
使用人用の暗い廊下を歩きながら、すれ違う者達に次々と指示を出す。再び馬車を出す準備をさせ、ララルーアの夜用のドレスの支度。そして、もちろん、サテンの衣装やドレスアップの髪の係りの手配まで。支度の合間に、女主がつまむビスケットとお茶の支度を指示すると、同時に、夜の食事は必要ないと変更の指示も出す。
バウンは、実に手際よく、裏の回廊を歩き、リネン室を覗き、厨房に声をかけ、指示と同時にだれている人間はいないかどうかを確認していく。そんな、あわただしい動きのなか、半地下で中庭のスチーム用に炭を入れていた男にも、炭を買い足しておくようにと指示を出した。
男は腕を止めてうなずくだけで、汗をぬぐう。しかし、ちょうどリネンを抱えて、通りぬけようとしていた侍女が首をかしげた。裏の納屋は、昨日、入口いっぱいまで炭を買い足したばかりだった。何か特別な炭が世の中にはあるのだろうか? と思ったのだ。
しかし、ちょうど、侍女頭が、替えのシーツに皴があったと、がみがみと叱りだすと、すっかりそんなことは忘れてしまった。その脇を物静かなスチーム係りがすり抜けて外へ出て行く。バウンは、廊下を見回し、スチーム係りに声をかけた直後には、まるで、これで用事が済んだと言うように、そばのドアから表の廊下へ出て行った。叱られていた侍女は、その姿を目で追う余裕もなかったようだ。
表の回廊では、夕暮れのランプが灯る時間だった。少年の侍従見習が背伸びをしながら、ランプに火を差していた。中庭にいたサテンは、ララルーアにせっつかれたのか居なかった。二階に上がって、テラスの手すりに肘をもたせ、けだるげに立っていた。
バウンは、襟を整えると、裏の廊下に戻り、茶器の盆やドレスを抱えた侍女たちを従えて裏階段を素早く上った。そして、ララルーアがやる気のないサテンに金切り声をあげだす直前、表の回廊へ飛び出した。
バウンは、走ったことが嘘のように、ゆっくりとした動きで、落ち着いた声音を作り、
「ララルーア様。あちらへどうぞ。準備が整いました」
と言って、武骨な腕を上げ、奥の部屋へと導くのだった。
もちろん、侍女たちはとっくの昔に奥の部屋へと消えている。ソファーやテーブルに衣装や道具を置いて、自分達のドレスの裾を整え、扉の脇に並ぶと大きく息を吸い込んだ。と、扉の取っ手が動き、バウンが、扉を大きく開けて、ララルーア達を通すのだった。
侍女たちは、澄ました顔で一礼をする。ララルーアは当然のように彼らを見るだけだった。しかし、イライラした声は聞こえず、叱責の声もない。家人達は、バウンの顔を盗み見て、穏やかな表情の中に、満足だ、の文字を読み取ったのかホッとした表情をした。
そこはサテンの着替えの為の部屋だった。窓には厚手のカーテンがかかり、調度はマホガニー色で整えられこの屋敷のどの部屋よりも落ち着いた雰囲気だった。
奥にはサテンの寝室もある。中庭で寝るせいで使われていないのだが、客人としてのもてなしを受けていた。一緒について入ったララルーアは、中に入って見渡した。白やピンクのない部屋は、明るさがないように見えるのか、顔をしかめた。
ともあれ、サテンの着替えを見張るつもりでいるらしい。着替えも、髪のセットも見張る気らしく、まったく、出ていく気配がない。サテンは、サテンで、無頓着に突っ立って、侍女達が周りを囲むのを見下ろしていた。
この屋敷に来てすぐに仕立てられた、夜会用の黒い服がソファーの上に広げてある。サテンは、それを見て顔をしかめた。
「女主人。もう少しゆったりとした、明るい色の服はないのか」
と今更ながらに聞いた。ぴしゃりとララルーアが返答する。
「仕立ては嫌だと申したのはおまえでしょう」
サテンは黙った。
人間に手足の長さをはかられるのが我慢ならなかったのだ。そのあと、どれほど別の服を仕立てるからと言われても、首を縦に振らなかった。それで、仕方がないと思ったのか、侍女達がするに任せた。




