議場-019 遠い昔の別れた血の者だ
サテンがいう。
「あれはおまえの孫ではない。私の遠い昔の別れた血の者だ」
サテンはすぐそばに立っていた。王の前に立って、低く唱えるような声で王に語りかけていた。第一皇子は廊下に立ちつくしたまま二人の会話を聞いていた。王は続けた。
「それがなんじゃ。あれはわしの孫じゃ。あの母親が最後に残した大事な子じゃ。それを生涯守ろうと思うた。その瞬間からあれはわしの孫になった」
「ならば、大事にいたせ。命が短いのは、何もあれに限ったことではあるまい」
人も同じだ、とサテンの声は言っていた。
「龍の絆は固いと聞いた。望めば全ての龍が動くと聞いていた。ならば」
「望まぬのならば、だれ一人として動かぬのだよ。それが龍だ」
「わしは信じぬ」
「信じぬでもよい」
サテンはそいうって、第一皇子ではなく、第五皇子を振り返った。
「第五皇子、一緒に参るか」
「はっ。陛下」
「まて、サテン!」
王が止めた。するとサテンは穏やかに、しかし、はっきりと、
「この第五皇子の心は疲れている。欠け落ち磨滅した心を龍王への忠誠で埋めている。我が保護すべき者とは、この者のことだ。もしも、我が、賢族ではないと言えば、とたんに心は壊れ、命の基とも言うべき心が消える。すぐにも命を落とすだろう」
「だから、代わりに第一皇子を置いて行くと言うのか?」
サテンは笑った。
「龍が人の代わりになるとは思えぬ。あれは人だ」
そう言って、サテンは一瞬で窓際に戻った。廊下の向こうで、第一皇子が立ちつくしていた。サテンは、何も言わなかった。ただ、第一皇子に背を向ける。第五皇子が、サテンの後を追って駆け出した。ララルーアが金切り声をあげて叫んだのだが、第五皇子には全く聞こえていないようだった。第一皇子は、サテンに何か言いたくなって手を伸ばす。王の言葉を聞けたのは、サテンのお蔭だ。サテンが王に最後の最後に、その心を語らせてくれたのだ。十分だった。第一皇子は、自分もついていこうとした。踏み出して、立ち止まり。龍でも人でも皇子でもない自分を思って手を降ろす。どこにも行けない自分がいる。と、そこに、王の声が上がった。はっきりと響く、腹にびりびりと来る声で、
「ミカゲ皇子。第一皇子! 軍議を始めよ! ペルシール地方の内乱は本物である。アントラックの話をまとめ、兵を集め、平定すべし!」
第一皇子がぼんやりとした目で王を見た。王の声は耳に響く。自分はこの王陛下の孫ではない。王の横に立つ身ではない。それがわかる。じっと自分を手を見つめた。すると、王が、
「ミカゲ皇子、今、この余には、我が世継ぎはその方のみじゃ。この内乱の最中、全てを無くし、わしにこの国を崩壊させる気か!」
と言う。第一皇子はゆっくりと顔を上げた。王は苦々しい顔で、そして、何かをあきらめたような顔になり、しかし、いつもの皮肉に満ちた声で言った。
「わしが教えた王としての教育を、おまえはすべて忘れてしまったとでもいうのか、馬鹿者よ!」
王が怒鳴ると、第一皇子の手が揺れた。その途端、節の高い剣だこのある手に変わる。第一皇子が王を見る。王はため息をつき、ゆっくりとうなずいて、
「今この瞬間に、指揮を任せる事ができる者は、おまえくらいしかおるまいて。龍はようく、人間を見ておるわい。わしの孫じゃ。おまえは人じゃ」
と言った。言われた途端に、第一皇子の髪は、銀色の光を放つ不思議な髪から、茶色の縮れたいつもの髪に変わっていった。そして、第一皇子がおそるおそる廊下から議場の間へと歩き出すと、背後でかっと光があふれた。議場の間は一瞬騒然とするのだが、王が再び、
「第一皇子、はよういたせ! 反乱は狂信的な信徒による、村落の襲撃では無かったか! 今この瞬間、民が命を落としているかもしれぬ!」
と言うと、第一皇子は駈け出した。自分の望む場所へ、自分のありたかった場所へ、つまりは王の信頼を得て、王の右腕となって働く場所へと、議場の中へと駈け出していた。




