議場-018 サテンは王へ無表情な顔を見せた
サテンは、王へ無表情な顔を見せた。
「ならば答えてやろう。私の連れて帰りたい龍は、ここにいる。足元だ。第五皇子を、アヤノ皇子を連れて行こうと思う」
と言った。これに王の悲鳴のような声が上がった。
「何を!」
「この皇子だ。それが、龍の、私の意志だ」
「嘘を申すな!」
「ならば、私が龍だと言うのは嘘だったのだ」
「違う。違う。そんなことではないは! おまえは、ミカゲを連れに来たはずじゃ。第一皇子こそが龍だと思うておるはずじゃ」
必死さに、懸命さがこもった。いつもは悠然とした王が、泣いているのではないかと言うような声を出した。サテンは静かに言い返す。
「王よ、おまえが言ったのだ。連れて帰りたい龍はどれだ、と」
「ごまかすな!」
王は絶叫していた。まっすぐな目で、怒りをむき出しにした、血走った目で。しかし、まるで泣いているような声だった。廊下の途中で、第一皇子が立ち止まって振り返っていた。その表情は見えなかった。驚いているようにも、これ以上傷つかないように用心しているようにも見えた。そうして、じっと、現実をかみしめていた。第一皇子は、それほどまでに、王は自分を追い出したかったのかとと感じた。王が、わざわざ龍を信じたふりをして、偽者かもしれない者に、土地を与えてまで龍だと言わせて、自分を遠ざけたかったのか、と。ぐっと何かを飲み込んだ。さっと背を向けた。そして、走るまい。最後には威厳くらいは見せたい。恥ずかしい姿をさらすまい。と言うように、肩に力を入れて両手を脇で握りしめた。肩が揺れているようにも見えた。すると、王がその姿に気づいて、階段を駆け上がった。杖が必要な体で、足を曳づるような具合の悪さの中、必死に駆け上がって、廊下の向こうへ消えようとする第一皇子を見た。そして、サテンへ怒鳴った。
「サテン、何をしている! なぜ、あれを龍だと言わぬ! サテン! あれがいなくなっても良いと言うのか。おまえが迎えに来たのはあれだ。あれのはずだ。あれでなければならぬ!」
サテンはぴくりとも動かない。王はさらに言い募る。
「サテン。あれを龍だと言え! わしが命ずる。龍だと言うのだ!」
「第五皇子こそが、我が龍である」
サテンの言葉に、第五皇子は満足したような顔を見せた。ララルーアが青ざめた顔で何か叫んでいる。王は廊下に出た。そして、怒鳴った。王の喉が避けそうな叫びだった。
「サテンよ、あれを龍だと言ってくれ! なんでもしよう、全てをおまえにやっても良い」
第一皇子が振り返る。まるで、王が泣いているような気がしたのだ。あの王が、王陛下が。その時、王が、サテンを睨みながら、
「龍は、独りでは生きていけぬ。龍は人にはなれぬのじゃ! 人間の中にいては命を落としてしまうのだ。龍は、どちらじゃ!」
第一皇子は廊下の端で王を見つめていた。何を言っているのだろうと言うように。サテンは、穏やかに聞く。
「王よ、わが答えを聞き、なんとする」
「大事な子がおる。何にでも懸命になる、敬意を眼の中で燃え上がらせるような、真剣に生きている子じゃ。これぞ世継と思うた子がおる」
第一皇子は身動きしない。できなかった。王は、前のめりになって、震える拳を両側で造って立っていた。王が、怒鳴った。
「王国なぞに縛られて、命を落とさせたくはない、大事な子じゃ! 己が身よりも国が大事で、我を慕いて、必死に生きる、そんな子がいる。今一度聞く。龍はどちらじゃ。おまえが連れていかねばならない龍はどれじゃ!」
サテンは静かな声で答えた。
「行きたくないと言ったのだ」
「何ゆえに!」
「敬愛する王がいて、愛する女と国がある。守りたい、と思うものがここにあり、捨ててはいけぬと言うたのだ」
「ばかなことを! その王も、国も、何もかもが、思うとおりにならぬではないか。疑われ、蔑まれ、最後には欲が過ぎると言われたのだぞ!」
言ったのは、王だったのだが。サテンは静かに答えを返す。
「それがなんだ? それで、愛することをやめよと言うのか? そんなことで気持ちが止まると思うのか? 龍なれば。心が変わる事は無い」
王は力が抜けたような声になる。
「守る事なぞ、別の者に任せればよいではないか。長く生きれば、生きてさえいれば、なんとでもなる。そうであろう? そのはずじゃ」
「今この一瞬を逃せば、悔いが残る。この悔いは、生涯残る。長い一生を後悔に埋もれて生きるには、龍の生は長すぎる。王よ、死ぬ以上に辛いことだ」
「わしに、再び、看取れと言うのか? 命短いはずのわしが、なすすべもなく、若者の命が尽きるのを見届けよと言うのか?」




