議場-017 私は王にはなりません
第五皇子は、その声に、振り返りながら、楽しそうな声で告げた。
「私は王にはなりません」
議場中が聞いている中、第五皇子はさらに大きな声を出し、
「私は人の王にはならない。我が王は、龍の王。龍の収める国にしか興味がないのです。人間の国は人間が納めればよいのですから」
と言ったのだった。第五皇子は、ざわめく人々に対して、誇らしい声で、
「私は龍の子供です! 人の国を統べる資格はありません」
「資格も何も、あなたは人でしょ!」
そう悲鳴を上げたのは、ララルーアだった。そして、さらに、
「第五皇子、あなたは、私の子供でしょう!」
とサテンに走り寄って行く第五皇子に、ララルーアは金切り声を、悲痛な叫びを上げたのだった。静まり返った議場には、王の静かな声が響く。
「第五皇子、アヤノ・オオノ皇子よ。おまえは人の子。わしの子じゃ。龍ではない」
第五皇子は全く聞く気がないようで、今度は振り返らなかった。それに業を煮やしたのか、王は、第五皇子が向かう先、サテンに向かって大声で怒鳴りつけた。
「サテンよ! おまえは龍じゃ。わしはおまえを龍と認める。だから、ここで告げるがよい。わしはおまえに、龍は誰か答えよ、と命じたはずじゃ。今、ここで、この場で告よ。龍は誰じゃ? おまえの保護すべき龍はいずこじゃ?」
何事か、と議場中の人は思った。アントラックは、じっと王を見つめていた。しかし、驚いている様には見えなかった。ララルーアは悲鳴を飲んで棒の様に突っ立ったまま、手を胸の上で握りしめて王を見る。そんな中、第一皇子は気が付いた。王が正しい、と分かったのだ。自分は、王の孫ではない。龍の子だ。この容姿、銀色の髪に長い手足。サテンに近いこの長身。窓に映る自分の姿は、どこからどう見ても王の孫には見えなかった。だからこそ。と第一皇子は考えた。だからこそ、自分に王位を与えるわけにはいかなかった。簡単な事だった。王の子じゃない。それこそが、ここで事実で、問題だった。自分には、王位を望む資格がないのだ。王はそう告げたかったのだ。そう告げられなかったのは、第一皇子という名称を与えてしまったから、それを過ちだと周囲に伝えるわけには行かなかったから。第一皇子は一人静かに背を向けた。廊下の端へと歩き始めた。王は慌てて話し続ける。
「サテンよ、サテン・チェシェよ! ほれ、早く。おまえの認める龍はどれじゃ? すぐにも答えよ」
サテンは、廊下から、軽く腕を組んで、慌てる王を眺めていた。議場は静かな囁き声が満ちていた。王の言葉を聞きながら、王の奇妙な、あまり見たことのない慌てた様子を見つめながら、何事かと声を掛け合っていた。第五皇子は、今までの通り、意味の通らぬ言葉で話す。第一皇子はいつもの通り、王になじられているらしい。しかし、第一皇子の姿が違う。近習はじっと王の言葉の続きを待っていた。衛兵は周囲の動乱を抑えようと見張っているが、身じろぐ者はいなかった。王は、サテンへ向かって、上ずったような声を上げた。
「のう、龍よ! おまえの望む、おまえの欲しい龍を、答えを言えばよい。我に、答えを告げるがよい!」
それは奇妙な瞬間だった。まるで、何かを請うているようにも聞こえた。サテンは目を僅かに眇めた。すべてに背を向けた第一皇子は廊下の中ほどへ差し掛かっていた。第五皇子はサテンの前に来て、優雅に膝をついて、サテンへ王であるかのような礼を取り、恭順を示して見せた。わけが分からなかった人々は、サテンの言葉を息をのんで待っていた。王が睨むと、ついに、サテンが口を開いた。低いがよく通る声だった。
「王よ。私は偽龍である」
「何を言う。先ほど、時を止めたであろう。龍でなければできぬであろう」
「気のせいである」
「光り輝くおまえの気配が、時の止まった廊下にあれほどあふれていたではないか! あの気配。まだ、手足の鳥肌が消えぬわい」
黙るサテンへ、王は続けた。
「龍の血を引くわしが分からぬと思うてか? 龍を知らぬと思うてか! とにかく早く申せ! おまえは、連れて帰りたくて来たのであろう。仲間を求めてきたのだろう。龍とはそういうものだと言う。さあ、はよう申せ。連れて帰りたい龍はどれじゃ」
そう言って、王は、あわてたように廊下の向こうへ行きかけている第一皇子を見た。サテンは身体をガラス窓から起こした。そして、組んだ手を解き片手をあげた。




