議場-013 離れ始めた偽バイローン
廊下の向こうへ歩きながら、偽バイローンが振り返って、第一皇子へ告げる。
「龍王こそが至高の存在である。一介の人間なぞちり芥も同じ。わきまえよ!」
と言うと、衛兵がひざまずいていない人々を、そばの者から順番にねじ伏せるように膝まづかせだすのだった。第一皇子も衛兵は腕を掴まれ、抑えるように座らされる。
「陛下、申しわけございません。しかし、もしも龍王への無礼が過ぎれば、我が王国こそが存属の危機」
と申しわけないような声を響かせながらも動きを止めない。いい加減、王ではない、皇子である、と言い返すのもばかばかしくなっていた。そんな中、サテンに対しては、誰一人として手を出そうとしなかった。ただ立って、皇子を見て、離れ始めた偽バイローンを見て、第一皇子へ告げた。
「あの男。閲兵の間に集まった軍に、洗脳を掛けるのではないか?」
と第一皇子の顔色が変わる。サテンは淡々と、
「もっとも手早く軍を掌握する方法、と見た。見事である」
と言うと、第一皇子は必至の声で怒鳴った。
「離せ。その手をどけよ!」
兵達は身じろぎ一つしなかった。ただただ窓を見て、恍惚としている。第一皇子は、離れていく偽バイローンを睨み、そして、その誘導に逆らえずに騙され続ける人々を睨み、腕を掴んで膝づかせる衛兵を睨み、かっと目を見開いた、そして、叫んだ。
「我を阻むな、許さん!」
びりっと空間が揺れた。人々がはっとした顔で、第一皇子へ顔を向けた。第一皇子の腕をつかんでいた衛兵が、一瞬身をよじる。何に恐怖したのか、衛兵は分からなかった。しかし、皇子が、
「触るな!」
と無表情に一括すると、さっと手を引いて規律した。衛兵は微動だに動かず、皇子をまっすぐ見つめたまま、たらりと額から冷や汗が流れた。なぜ、これほどの我らの陛下を組み敷こうと思ったのか、と恐怖の中で、考え続ける。なぜ、自分はあんな態度を取れたのか、と思いながら恐怖する。なぜ、これほど怖いと思うのか、と思いながら。どこか光を放っているような気高い皇子を顔を見つめながら、考え続ける。皇子はゆったりと立ちあがる。そして、一瞬立ち止まり振り返った偽バイローンに向かって、
「止まれ」
と一言言った。この一言に、なぜか偽バイローンは足が一歩も踏み出せなくなる。全ての足止めをして、悠々を抜けようとした廊下の真ん中で、身動き取れずに立ち止まり、ゆっくりと歩き出した第一皇子に危機感を感じる。ついさっき程まで皇子の中にあった、穏やかさや人の良さが微塵もなかった。いかつい、若い日の王と瓜二つの顔、と言われていた皇子の顔が、やけにすっきりと整っているように見えた。面長な目じりのつり上がった、はっきりとした口が、やけに大きく見えるその顔は、どこかサテンを彷彿つさせる顔へと変貌していた。脇で見ていたサテンが、「母親に似たか」とつぶやいたのだが、聞いている者はいなかった。
第一皇子の姿は、髪がいつの間にか茶色の跳ねた髪から、青光りするさらさらとした銀色の髪に変わり、その目の色は底知れぬほど濃い色の海の青に変わっていった。その腕は長く、甲の高い指はほっそりと長く、歩く足は一歩踏み出すごとに長くなっているようにも見えた。身長は伸び、高い上背や姿の美しさから選別される儀仗兵よりも高くなっていた。偽バイローンの下にたどり着き、その手を伸ばして襟首をつかんだ時には、全ての者にとって、第一皇子、と言う言葉が心から消えていた。皇子と言う言葉もない。ただ、そこには、何か巨大な存在が立っていて、名前や言葉を拒絶しているようみえた。
「我が王の居城を揺るがす事は、許さぬ」
第一皇子がゆったりとした声で言うと、人々はひっと声を飲んで頭を下げた。より大きな恐怖を避ける為に逃げる事ができずに頭を抱えて顔を隠した。できればすべてを隠したいほど怖かった。偽バイローンは血の気が引いて真っ白になりながら、それでも、第一皇子へ問いかけた。
「あんたは何者だ?」
「第一皇子である」
と簡単に答えると、第一皇子は軽く、まるで、小さなぬいぐるみでも掴んで放るかのように、偽バイローンの襟首をつかむと、そのまま、衛兵の前へ軽々と片手で投げた。衛兵が慌てたように偽バイローンの下へ集まる。が、肩から落ちた偽バイローンを救おうとしたわけではない。
「捉えよ」
と言う、第一皇子の言葉に従っただけだった。




