王都-009 箱庭のような庭の中
箱庭のような庭の中で、サテンは空を眺めていた。
レンガ造りの台からはスチームが吹き出し、巨大なシダの隙間から、秋空が見える。サテンは、籐の寝椅子に横たわり、クッションを背にうつらうつらと眼を閉じる。額に、温かい日差しが注ぐ。冬も間近で、朝には霜も降りだしていると言うのに、この庭は、じっとしていても、汗がじんわり浮いてくる。
サテンは朝から眠っていた。この暖かさが心地よく、小さな庭が、今の住みかになりつつあった。ララルーアは、男爵達を引き連れて、王宮へあがっている。敵対しているカエランラ家の龍と言うのが、なんとも素晴らしと言う噂だった。
「龍がそうそういるものか」
とサテンが言ったのだが、
「サテンよりもよほど龍に見える男を見つけて来たのかもしれないわ」
と言って出かけていった。宮殿流の挨拶はおろか、階級の序列も、会話の相槌の打ち方さえも身につけられないサテンに、イライラが頂点に達したようだ。本物の龍を、この目で確かめてくると言って出て行った。ついでに、ララルーアの抱える龍は、どの龍よりも気高く、品位があって、人見知りをするのだ、と言う噂を広めてくるわ、と言っていた。
ララルーアの愚痴に、サテンに冷やかに、「龍が人間らしくあるものか」と言ったのを覚えていたらしい。サテンの躾が無理なら、野生の龍とは人間とは全く違う生き物だと言うイメージで行こうと、昨夜は二人の男達と打ち合わせをしていた。軽く欠伸をして伸びをする。サテンを見下ろすバウンがいた。武骨で無愛想な男だが、よく働く。今も、バウンは、ララルーア達が持ち出していた書物を、書斎に戻すため、二階のテラスを横切ろうとしていた。
腕に地図や系図を抱えたバウンは、ふと庭の気配に立ち止まり、下を見たのだ。長い寝椅子に長い手足を伸ばした、刺繍の絹のガウンをまとった男が、気持ちよさそうに欠伸をしている。どう見ても、山の男と言うよりも寝室に潜り込みそうな間男に見える。こんな男を龍として王宮へ連れて行くのかと思うと、ララルーアの判断に、疑念がよぎる。
チェシェ村へ使いを出した。村に来る前の、サテンの素性を探らせるためだ。がしかし、遠く離れた山村のせいで、使いのものは未だに返らず、返事はまだない。バウンはうつらうつらした男の顔を見下ろしながら考える。金持ちの家へ潜り込もうとしていた男なら、この姿もうなずけた。カエランラ家では、それなりに見える人間を龍として探してこれるくらい、ララルーアの行動は筒抜けだった。あれほどひそかに探していたはずなのに、とバウンは苦さをかみ殺す。が、しかし、と思いなおす。
ララルーアは高慢で計算高いが、どこか抜けているところがある。カエランラ家以外でも、第五皇子の龍の話を知っている者がどうしようもなくたくさんいたのかもしれない、と思うのだった。あくびをした間男のような龍もどきが、そのままクッションを抱えて眠入り始めると、バウンは大股で歩き出した。書斎は二階の奥にある。書斎は楽しみのためと言うよりも、策略のために集められた資料で埋まる。
原産地の産物一覧や、それぞれの特徴をつづった論文に、さまざまな町の市街地図や紀行文に家系図に、過去の穀物値札表のようなものまであった。そして、最近のトレンドは龍の書物だ。
今、バウンが抱えている本も、子供むけの龍の神様が出てくる童話や、龍の宝物が隠されていると言ううそくさい宝の地図や、龍の家系図に、果ては龍が書いたと言う恋文だった。
「なんで、人間の文字を龍が書くんだ?」
と言うサテンの問いかけに、ララルーアは、
「人間に恋をしたからよ。あたりまえでしょう? じゃなきゃ、王家は龍の血を引くことができないのよ?」
と一息で言った。サテンが一言、
「混血なぞいるものか」
「それは、王宮で言ってはならない一言よ。振舞いリストへ入れてちょうだい」
と切って落とすように言った。
そう言われ、リストへ書き込んだのは、テス子爵で、サテンではなかったのだが。中庭のガラステーブルには、テス子爵の装飾過多の読みにくい字で埋まったリストが積まれている。
サテンが読むとは思えないのだが、ララルーアはイライラを抑えるために置いていった。「帰って来たら試してみるから、覚えておきなさい」と言っていたのだが、サテンはひたすら眠っている。
バウンは奥の書斎の中で、書物を棚に戻し始めた。




