第76話 不意討ち
インサニアの魔物は、主にゼロのクリスタルから生み出されるために危険度が非常に高いが、その分、これまでは数が少なかった。湧いた数に対してヴォリーダやドルハダスが間引いてインサニアが破壊されるのを防いでいたからだ。
兵士たちは運悪く、その出現する時間に重なって飛び込んでしまった。
あちこちで響く雄叫びと大地を揺らす疾駆が混乱を招く。現れた魔物たちに種類は関係ない。人間を見つけると、獲物の奪い合いが始まった。魔物同士の争いだけでなく兵士たちも対処に追われ、司令塔である議会派の貴族たちは、自分たちが安全な場所にいられるという勘違いに気付いて恐怖で動けなくなった。
「これはいったいどういう状況に……」
シレントたちも呆気に取られた。魔物たちを操っているわけではない。ヴォリーダの死体が放つ強い魔力の気配に、彼らは上質な餌の匂いを嗅ぎつけてやってきた。その場所に人間たちがいたので、ただ喰らおうとする本能で暴れたのだ。
「おら、ボサっとしてんじゃねえぞ。お前さんたちの出番だろ?」
「もちろん、卿らにだけ任せるほど野暮ではないが」
先んじて魔物討伐に動いたのはゼロとドルハダスの二人だ。襲われて抵抗できない、あるいは怪我をした者から助けるように動いて魔物を狩り始める。
「シレント、私らも始めようぜ。連中に恩を売るにはちょうどいい!」
「ああ! ルルとヴァーリーは人命救助を優先、それ以外は戦闘だ!」
渦中に飛び込み、シレントたちも魔物を蹴散らしていく。それぞれがほとんど限界の状態だ。ゼロやドルハダスでさえも、数多くの魔物を圧倒しながらも肩で息をするほどだった。
押し寄せる波のような物量で攻めてくる魔物たちを蹴散らしながら、ルルとヴァーリーは退路を確保して、インサニアの外まで負傷した兵士たちを逃がす。
「こっちです、皆さん! アタシたちについてきて!」
「私たちが魔物の攻撃は防ぐ、急ぎたまえ!」
多くの者は撤退を選んだ。生きて帰りたいという願望に従って。
そうでない者たちは戦った。死んでもいいから仲間を助けたかった。
「レアナ、本調子じゃないみたいだから君も下がれ!」
「何言ってやがる! この状況で私だけ出てけっつうのか!?」
「武器がないんだ、無理をしない方がいい!」
ただでさえ状況が厳しい中、レアナは素手で何匹も殴り殺してはいるが、他に比べてはるかに限界が近い。落ちた片腕はヴァーリーのおかげでくっついたが、完全な治療が済んだわけではなく本調子ではない。動きがぎこちなかった。
「此処で死ぬつもりじゃないですわよね、レアナ様?」
「吾輩たちも限界だ、守ってやる余力はないぞ」
「うっせ、ばーか! わかってら、こんなところで死んでたまるか!」
シャーロットたちに釘を刺されてもレアナはなんのそのとばかりに戦闘を継続する。その光景をシレントは戦いながら、背中合わせになったアルバートと笑った。これが自分たちの在り方なのだと。
「愉快な子たちを集めたものだね、シレントくん」
「そこにはあなたも入ってるんだけどな、アルバートさん」
「はは、こんな老いぼれをパーティに加えるとでも」
「それがいいんじゃあないか。あなたもこっち側だ、そうだろ?」
「若い者に褒められると口の上手さで勝てる気がせんよ」
飛び込んできた魔物を同時に叩き潰す。さらに湧いた魔物たちが押し寄せてきたが、ドルハダスの鉄球が人間たちに当たらないよう鉄球を動かして排除していく。その後ろで、ゼロは息も絶え絶えに自らの剣を支えに立つのがやっとだ。
「悪いが、シレント! 大将を下がらせちゃくれねえか!」
「余はまだ戦えるぞ、ドルハダス」
「馬鹿言え。その剣使ってりゃそのうち死ぬぜ、お前さん」
「……そうだな。そうかもしれぬ」
剣が塵になって消えると、身体は少し楽になる。戦場は任せよう、これでシレントの望み通りになるはずだと安心した瞬間。
「死ねえ、ばけもの! お前たちさえいなければ!」
背後から剣で切られた。自慢のドレスが引き裂かれ、背中から血が跳ねる。誰もが呆気に取られた。やったのは兵士たちを扇動する貴族のひとりだった。
「我々の邪魔をするんじゃあない! 死ね、死ね! 死んでしまえ!」
混乱に乗じて、自分の立場を少しでも良くしようと近くにいたゼロを狙った。倒れた後も二度、三度と剣を突き刺して、ゼロが抵抗できないほど弱っているのをいいことにトドメを刺そうとする。だが、その直後に飛んできた鉄球が直撃して形も残らないほど上半身が潰れた。
慌ててシレントがゼロに駆け寄り、戦乱状態の中で彼女を抱えた。
「大丈夫か!? すぐ傷の手当を────」
「よせ。余はもう、いい」
自分を抱きしめるシレントの手にそっと触れて、やんわりと微笑んだ。
「仲間の傷を癒してやれ。もう彼らも限界だ。余は……余が、此処で死ぬことに意味があると思うのだ。英雄となるがいい、シレント」
「ふざけるな! 僕は君たちと和解するために戦って来たんだ、死なせるか!」
虚ろな目をして、ごぼっ、と血を吐いてゼロは苦悶の表情を僅かに浮かべた。
「……こ、の戦いで、余は既に敗北した……。五百年の怒りは、既に消えたのだ……。もういい。もう十分、卿らの可能性を見た……ありがとう」
空に二羽の鴉が飛んでいるのを見た。ゼロは、それが嬉しくなった。
「余は、どこで、何を間違えてしまったのだろうな。卿の作ってくれた料理は……美味しかった……また、食べたかったな」
「もういいから。もう喋らなくていいから、傷を治すから待ってくれ」
ボンサックの中にポーションは残っていない。レオの見様見真似で治療魔法を使うが、時間が掛かりすぎる。ルルやヴァーリーでさえ魔力の限界。治すのは難しい。どんどん弱っていくゼロを前に成す術が失われていく。
「シレント……もういい。その代わり、ひとつ頼みがある……こんな状況では、あるが……あの鐘のもとまで連れて行ってくれないか……」
断りたかった。絶対に治すと言いたかった。
だが、背後からドルハダスが肩に手を置いて首を横に振ったとき、シレントは戦場でまだ戦う仲間たちに視線をやった。皆が行けという合図を送ると治療を中断してゼロを抱きかかえた。
息は浅く、目は虚ろで、今にも死んでしまいそうなほどだった。傷は塞がっているが、ただそれだけ。魔力の無い状態でつけられた致命傷は、ゼロから生きる力を瞬く間に奪っていった。
「……わかった、すぐ連れて行くよ。あの鐘の塔まで少し我慢してくれ」




