第74話 背負った想い
ゼロにとって思いつくかぎりの譲歩。生かしたいと願った。
たった数日の触れ合いで、殺すには惜しい人間ができてしまったから。
「シレント。余は貴公を殺したいとは思わない。貴公の友もそうだ。これほどの差がありながら、なぜまだ闘士の炎が消えぬのだ?」
理解が出来ず、眉をひそめた。シレントは倒れている仲間たちにポーションを飲ませて少しでも傷を治させ、彼らをひとつの場所に集めた。なぜ、そうまでして仲間を大切にするのかがゼロには理解できない。
「大勢を犠牲にした僕らに、何が残るんだ?」
「命だ。貴公らが彼奴等に踊らされることもなくなるだろう」
「それで、彼らを見捨てろと言うんだね」
シレントはボンサックの口を大きく開いて、戦うことのできない仲間たちに何かを囁くと、次々に中に入ってもらった。口を緩めたまま、放り投げて転がす。
「なら諦めることはできないな。彼らにも家族がいる。好きで此処へ来るわけじゃない。君たちが殺した家族のために剣を取った者もいるんだ。私利私欲のために来てる奴まで知ったこっちゃないが、死ななくていい人は助けたい」
シレントのギラギラと熱の宿った瞳にあてられて、ゼロは立ちあがった。
「ならば貴公は、余を打ち負かすと言うのだな」
「当たり前だ。そのうえで君たちも助けたい」
「……戯れ言を。良かろう、余は卿を此処で殺す」
剣を手に軽く振っただけで斬撃が壁を真っ二つに切り裂いて崩す。インサニアの景色が広がる、決戦の舞台ができあがった。
「卿の決意がどこまで保つか、見せてもらおう」
「そう簡単にはいかないってとこを見せてあげるよ」
腰に提げていた丸いケースの中から丸めて入っている羊皮紙を一枚取り、びりっと破いた瞬間、ボンサックからいくつかの武器が飛び出す。アルバートのブラスナックル。レアナの壊れた戦斧。クローディアの聖剣。ルルの魔法の杖。ヴァーリーの魔法の指輪。シャーロットの槍。全て仲間の使っていたものだ。
「下らん。斯様な武具で余と渡り合う気か」
「その通りさ」
ブラスナックルを嵌めて、一歩を踏み出す。
ゼロが驚愕する。シレントの動きが、想定を超えた速さだった。
「────なんと。卿はそれほどまでに力を隠して?」
予想だにしない一撃をゼロはぎりぎりで受け止める。
魔力の通ったブラスナックルに罅が入った。
「非難させるついでに皆の魔力を貰ったんだ。身体強化も此処まで来て、やっと君と対等に渡り合えるわけか。ドルハダスやヴォリーダが敬愛するのも分かる」
さらに何発かを撃ちこんだが、ゼロは悉くを受けきった。
反撃に振られた斬撃を躱すも、遠く離れた建物が吹き飛んだのを振り返って唖然とする。当たったら死ぬ、というような話ではない。消し飛ぶと思った。
「貴公と交わす言葉はない」
「あるだろ、もっと」
飛んで振り下ろされた剣をブラスナックルで受け流す。とうとう割れて使い物にならなくなると、外して今度は指輪に切り替えた。
構えた指から放たれた火炎の矢をゼロは何本も弾き落しながら前に進む。
「余は既に歩み寄った。それでもなお命を捨てて挑み、自らの正しさを証明するというのであれば、我らに必要なのは結果のみだ。この世は強き者が弱きを喰らう。余はその頂点に君臨する。今はもう、他に考えたくない」
一瞬だけ、悲しそうな表情が見えた。期待していたのは共存の未来。信じ合える者たちだけの世界。だが、シレントの描いた願いとはまったく違う。手を取り合うのではなく、傍に置くだけであれば、ただの支配者と変わらない。
そうではないだろう。シレントは心の中で、悔しさを抱いた。此処まで話して、まだ分かり合えない。分かり合おうとしてくれないのか、と。
五百年の憎悪と苦しみがゼロを蝕み続け、魂を時の牢獄に縛り付けている。
「考えろよ、ゼロ! 君の裏切られた悲しみも憎しみも、今度こそ手を取り合って変えられる未来があるかもしれないんだ!」
シレントの言葉に、ゼロが怒鳴って返した。
「知ったことか! 余の五百年はどうやっても戻ってこない! 同じ苦しみも知らぬ卿が、どれほど羨ましいかも分からないくせに!」
────なぜ、殺してくれなかった。
「閉ざされた殻の中で漂い続けた五百年、傍にいた仲間たちは皆が狂った! 気高き狩人だったヴォリーダでさえ死を望み! ドルハダスは己の野心すら封じ込めて余のために何度も言葉を投げてきた!」
────なぜ、手を取り合ってくれなかった。
「復讐に取り憑かれた同胞は、もはや同胞と呼ぶに相応しくないまでに醜く堕ちた! 家族だなんだと喚き散らしおって、ならば余の家族はなぜ死ななければならなかったのか答えてみろ、シレント!」
魔力の壁を張って斬撃を防ぐ。ガラスのように砕け散った光の壁。魔力の捻出に耐え切れず指輪に嵌っていた宝石が割れる。
ゼロの攻撃を躱して、杖を拾いに走った。
「逃がすと思うな!」
宙に剣を投げ、掲げた手を振り下ろす。剣はくるりと回ってシレントを捉えて槍のように飛ぶ。間一髪で拾った杖に魔力を籠めて何層もの壁を張った。
「君たちがどれほどの痛みを被ったかは分からない……。僕が簡単に寄り添っていい問題でないのは分かってる。僕が生きてきた、たった四十年でさえ君が羨むほどの自由だったのも理解してる。でも、ここまで来たんだ。全てを捨てる必要はない、君さえこっちに踏み出してくれれば、僕はいつだって助けられる!」
全ての層をぶち抜いて剣がシレントの肩に突き刺さった。だが、威力は幸いにも落ちていて、強い痛みに耐えながら剣を抜き捨て、傷口を掴むようにして治癒魔法を使う。レオのようにはいかないな、と完璧に塞がらないことにため息を吐く。
「ゼロ。もう一度、よく考えてくれ。僕らと共に来るんだ」
杖が灰になって崩れていく。足下にある槍を手に持った。
「……百年、遅すぎる。なぜもっと早くに生まれてくれなかった。卿が、余たちをもっと早くに見つけてくれていれば。此処まで苦しまなかったのに」
魔力の鎧が霧散する。かつて見たドレスを纏って、シレントの前に立つ。
「はは、そっちも結構辛そうだな?」
「そう見えるか。であれば試そう、余の全力で────」
突然、背後からの気配なき斬撃に伸ばした腕を切り落とされた。
鮮血が飛び散り、振り返ったゼロは瞳孔を開いて、何者かを見た。
「いつの間に……」
「悪いな。私に気付かなかったてめえの負けだぜ」
レアナが片腕のまま、壊れた斧に残った刃でゼロの腕を落としたのだ。
勝ち誇った表情に、ゼロは微笑みを浮かべた。
「そうか。首を落とされなかったのは運が良い」
溢れた血を操り、落ちた腕を形作っていく。
外殻が剥がれるように固まった血が落ちると、完全に再生されていた。
「……ああ、これが敗北感という奴か」
ほとんど魔力を使い果たした。魔力によって顕現した剣を維持するだけでも、かなりの消耗だった。それをシレントに凌ぎ切られ、挙句の果てに、いつから隠れていたとも分からないレアナの奇襲で腕を再生させたことで余力もない。
ボンサックからは次々と仲間たちが吐き出されて、ゼロとの決着を見た。彼らの勝利を見て、ただ孤立したゼロは、寂しそうに目を瞑った。
「さあ、首を獲れ。思い残すべきことは何も────」
「あるだろうが、大将」
遅れてやってきたドルハダスが、一瞥してから頭をぼりぼり掻いた。
「ちぇっ、こりゃひでえや。今後の生活拠点を変えねえとな」
「……ドルハダス。卿は何を言って?」
「俺たちは生き残っちまったのさ。家族ふたりで生きてくのも悪くねえだろ」




