第72話 誰かの為でなく
黒い竜巻がドルハダスを包んで消えた。見覚えのあるシレントには、それがゼロによるものだと理解できる。安全な場所まで移されたのか、それとも。
いずれにしても、今、彼らが置かれた状況は最悪だった。息つく暇もない襲撃。もはや戦うほかないと分かった以上、覚悟はしていたが、ドルハダスとの戦闘で傷を癒す間もないのは厄介だ。
「シャーロット、ヴァーリー! ルルとクローディアを連れて下がってくれ! 今の二人は戦える状態じゃない、回復させる時間は僕とレアナで繋ぐ!」
シレントがレアナと同時に真正面からヴォリーダに挑む。
「……俺は強者だ弱者だと、ドルハダスのような戯れ言に興味はない」
放たれた一矢は左右に曲がり、シレントたちを躱す。
背後でルルたちを連れて下がったシャーロットと、結界を張って時間を稼ごうとするヴァーリーに狙いを定めていた。まして、その威力とくればドルハダスよりも地味に見えて高い貫通力を持ち、結界をあっさりと貫いてみせた。
「まず二人だ。いや、戦えない者を数えれば四人か」
シレントとレアナの攻撃にヴォリーダは自ら突っ込む形で懐に飛び込んで躱し、射抜いたシャーロットとヴァーリーが肩や足を押さえて倒れているのを見て、下らなそうにぼつりと言った。
「てめえ、そっちじゃなくて私を見やがれ!」
怒り心頭にレアナが飛び掛かったが、身軽に飛び跳ねて躱される。
「残念だ、レアナ。ほんの少し前に鍛えてやったばかりだというのに、もう弱くなったのか。それとも────俺に手を抜いているのか?」
言い返せない。図星だ。まだゼロとの戦いが残っている。できれば温存して、仲間といっしょにヴォリーダを止められればと甘い考えを持った。
「わりぃ、シレント。こいつとひとりで戦わせてくれねえか」
「は!? 何言ってんだ、ドルハダスとの戦いでもギリギリだったのに!」
「ありゃ相性が悪すぎた。あんな能力あるの知らなかったし」
斧を肩に担ぎ、レアナは落ち着き払った様子だった。
「こいつとの特訓は無駄じゃなかった。私は強くなってる。だけど、お前がいなくなったら誰がゼロを止められるよ。私にはアレは荷が重すぎら」
恐ろしくなるほどの実力差。鍛えても埋まらない差がある。戦いに生きるレアナだからこそ分かる、強さだけでは止められない相手。シレントだからこそ戦える。そう確信を持って言えた。
そして、一対一となるのであればとヴォリーダも彼らから狙いを外す。
「そうでなくてはな。俺を殺せるのは、お前でなければ」
歓喜に満ちた声。視線はシレントに流れ、小さく頷いた。
「シレント。貴様が死ぬべきではないのは俺も同意見だ。殺すつもりではあるが、子心のどこかで死んでほしくないと思っている。情けない話だが……」
薄曇りの空をみあげ、ただ己の中に積もり積もった感情を吐露する。
「人間は憎い。信頼に値しない。それでも、何度も打ちのめされて、なお立ちあがる貴様には興味が湧く。だからそこで眺めていろ。俺たちの戦いを」
絶対に覆せない覚悟を見せられて、否定の言葉は出てこなかった。
二人の約束の間に入ってはいけないのだと、シレントは背中を向ける。
「僕は仲間の治療をしながら、君たちの戦いを見届けるよ」
「そうしろそうしろ! 私がバッチリ勝つとこを見てな!」
ニカッと笑ったレアナの言葉を信じて勝利を託す。
ヴァーリーが息も絶え絶えになりながら張った結界の中に入り、ボンサックを地面に置いて中から高級なポーションを取って全員に飲ませていく。
「しばらくしたら皆元気になるはずだ。……でも、間違っても戦いには加わらないでくれ。レアナとヴォリーダの約束なんだ」
きっと互角だ。どちらも死ぬという未来もありうる。頭では分かっていても、レアナの背負わせてくれた想いを無駄にはしたくなかった。
共に戦ってきた仲間は、皆が同じ気持ちだ。レアナがやれると言うのなら任せるべきだと応えるために、ただ黙って見守った。
そうして二人が戦いを始めると、ドルハダスとの戦いとは比べ物にならないほどにインサニアの第一層は破壊され尽くしていく。空から無数に降り注ぐ矢も、大地を抉るほどの斧の一撃も、双方ともに徹底的に攻撃と防御を切り替えながら、小さな活路を掴んで致命傷を躱す。見ているだけで息が詰まった。
「シレント殿。レアナ殿はああまで強くなっていたのか?」
「ああ。かなりヴォリーダと鍛えてたからね。でも……」
クローディアが悲しそうに二人の戦いを見つめた。どちらも本気で戦って、互いを殺そうとしているのに、戦況が進むにつれて苦しそうな表情をし始めた。
息が上がっているわけでもない。なのにどこかが痛むように。
「僕にも分かるよ。あの二人は親友なんだ、きっと、種族も超えた」
傷がひとつ増えていく度に悲鳴が聞こえる気がして。
ぼろっと涙を溢れさせながら、悲しさを隠そうとしたレアナの顔が痛い。
「もしかすると、僕はかなり残酷なことを押し付けたのかもな」
相互理解を深めてしまったがゆえの殺意の中にある慟哭が、二人の戦いを悲しく染めた。殺したくないと思いながら、殺さなくてはならない。親友をその手に掛けることの痛みは、全身に刻まれた傷よりも重い。
「大丈夫ですわ、シレント様。彼女が決めたことですもの」
シャーロットの慰めが、背中を優しく撫でた。
「ああ、そうだね。今は信じよう、彼女が勝つことを」
二人の戦いがいっそう激しくなる。だが、その状況は徐々にレアナへ傾いていく。魔力を武器にするヴォリーダの方が消耗が激しく、体力の低下が著しい。ドルハダスが長期戦なら、ヴォリーダは短期戦だ。それぞれの役割が違うことこそが、ゼロの傍に居続けられた双翼としての強みであり、弱点にもなった。
戦斧が首にあてがわれ、つうっと血を垂らす。
「……なあ、私の勝ちだろ。もういいじゃねえか」
「この首が繋がっている」
弓は容赦なく構えられる。斬らないのであれば撃つ、と。
「頼むよ。そりゃ鍛えてはもらったけど、殺すなんて辛すぎるだろ。本当にどうしても殺さなきゃいけねえのかよ……!?」
「ああ。そういう約束だっただろう」
ドルハダスは弓を引き、レアナにまっすぐ狙いをつけた。
「俺は誰かのために生きるのではなく、俺自身のために死にたい。五百年の地獄はこれからも変わらない。ならば、この手で終わらせたいのだ。────仲間のために俺を殺せ。それが、お前が此処に来た理由なのだから」




