第69 リベンジマッチ
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翌日、朝を迎えてすぐにシレントたちはインサニアの前に集まった。まだ人の気配はなく、軍も到着していない。しかし、いつ到着するとも分からない。予定は予定に過ぎず、半日早く到着することもある。
シレントはボンサックを肩に背負い、都市の門に見える荒廃した町の景色に息を呑んだ。今度こそ戦うときが来たのかもしれないと。
「皆、行こう」
メンバーはメリー・バンチのいつもの五人にアルバートが加わっている。戦力も、以前よりは皆がそれなりに鍛えて強くなった。特にレアナはヴォリーダとの特訓で彼らに対抗できうる可能性が最も高い。
だが、それでも胸のざわつきが収まらない。何か、問題が残っているような気がしてならなかった。たとえ命を落とす覚悟であっても。まだ何か。
「行こうぜ、シレント。大仕事だ、さっさと済ませちまおう」
「……ああ」
揃って都市の中に入ると、入口近くの建物の上で、りんごを齧りながらドルハダスが彼らを見下ろしていた。何も言わない。ただニヤついて、芯までばりぼりとかみ砕きながら、彼らを一瞥して遠くを眺めた。
「大所帯がこっちに向かってたと思うが、どうしたんだ?」
シレントはみあげて、首を横に振った。
「止めていない。多分、こっちに向かってる」
「だろうなァ。お前さんたちが来なけりゃ良かったんだが」
どっこいせ、と立ちあがって建物から飛び降りた。
「来ちまったら仕方ねえよな。もう殺すしかなくなっちまった」
「……やっぱり、力で解決するのが先か?」
「そうだ。話がしたいなら力ずくで。この先に進みたきゃ倒していけ」
掴んだ鎖を振り、担いだ鉄球が空を潰しながらぐるんと回転する。
「覚悟キメて来たんだったらビビるこたねえ。お前さんたちは理解しなくちゃならん。俺たちは獣。殺すか殺されるか、生きる道はひとつだけだ!」
振り抜かれた鉄球をアルバートが前に出て叩き落す。
拳に嵌められたブラスナックルを見て、ドルハダスは驚いた。
「素手にこだわり持ってるかと思ってたぜ」
「生憎と片腕で君を嘗めて掛かるほど誇りには生きてないのでね」
鉄球を引き戻そうとすると、アルバートは即座に鎖を掴んで妨害を試みる。だが、その細い体は巨躯の前では枝も同然。軽々と宙に持ちあげられた。
「このまま叩きつけてや────」
側面から迫る殺気に気付いたドルハダスは鎖を手放して下がる。巨大な斧が鎖をブチッと千切り、火花を散らせた。
「レアナ……! ちっ、鍛えたのは間違いだったかぁ!?」
「嘘こけ、嬉しそうな顔して言うことかよ!」
武器を失ったと見るや、シレントがボンサックの中から煙玉を投げた。煙幕に包まれたドルハダスは、視界を遮られて周囲を警戒する。そして、背後から近づく二つの気配に振り返った。斬撃と刺突。クローディアとシャーロットは速度を活かして、煙の中で無理にやり合わず、ヒット・アンド・アウェイに徹する。
「ぬう、小賢しいことをしやがるじゃねえの。だが本命は────こっちだな。ようお嬢ちゃん。強くなっても気配がダダ漏れじゃバレバレだぜ」
煙の中、動きを見透かしたドルハダスが振り下ろされた斧の刃を手で掴んで止める。人間の身体では、やはりビクともしない膂力があった。
「ぐ、このやろ……!」
「考えはいい。正面切ってじゃ俺には勝てねえもんなぁ!」
斧を突き返して体勢を崩したレアナの身体に拳を叩き込もうとまっすぐ突いたが、魔力の壁が寸でのところで防ぐ。ドルハダスは手の感触に顔を顰めた。
「ちっ。ここまで頑丈な壁を誰が」
煙が晴れてきたとき、レアナの数歩後ろにいたルルが杖を構えていた。
奇襲に失敗した場合の保険が効いた。
(あのチビ……。大した魔力もないのによくやるじゃねえの)
フフッ、と笑って高く飛び跳ねた。レアナが本命。だが、二の矢を用意してないはずがない。まだ薄っすらと残った煙に紛れて迫った気配を躱す。
「そっちは何度も喰らわねえぜ、爺さん。前のときに痛い目見たからな」
「手厳しいね。前よりさらに火力もあげたのに」
どすん、と地上に降りたドルハダスは、全員をもう一度見て、口端からつうっと垂れた血を親指でぐいっと拭う。
(……掠っただけだってのに内臓に響きやがる。前より腕をあげたか、それともあのときはこっちの出方を窺った? いや、それ以上に厄介なのは────)
誰よりも後方に立っているシレントを見つめて、くふ、と笑い声が漏れた。
(驚いたぜ。さっきの煙幕には視界どころか音すら曖昧にされた。レアナの殺気が強くなけりゃ、あの斧で両断されてるところだ。こいつらの司令塔がシレント、お前だろうな。でなけりゃ、そんな後ろにはいねえ)
すーはー。腕を広げて深呼吸する。今まで見たこともない行動に全員が警戒して数歩下がり、戦闘には受け流すためにアルバートが立った。
ドルハダスはそんな彼らを見て、ただ残念そうに言った。
「ひとりも死なずには通れねえよ」
一瞬。アルバートの反応は僅かに遅れ、ドルハダスの踏み込みを許す。彼の狙いはシレントだ。そう理解できたとき、全員が彼を守ろうと動く。
「アタシがやるわ!」
分厚い土の壁を創り出したが、一歩も止まらず突撃して突き破る。レアナが大きく振りかぶった斧も躱して飛び跳ね、着地を狙ったクローディアとシャーロットの追撃は威力が低いと見るや全身に魔力を巡らせて硬さを底上げして耐えた。
「なんだよ、前より戦える奴ばっかりでゾクゾクするぜ。お前さんが死ねばどうなるか試してみたくなっちまうよな、シレント」
「……そうだな。でも、悪いがそんな簡単に負けるつもりはない」
瞳を見た。瞳の深い場所に、光を見た。絶望ではなく希望を知っている目。嫌に鼻に衝く笑みに、ドルハダスはハッと気づく。
「────お前さん、まさか」
「生憎と此処で負けられるほど、ちゃちな覚悟じゃない」
背後に迫った殺気に気付いた時には遅かった。ギラついた斧の刃が振り下ろされた。咄嗟の回避行動も間に合わず、片腕が切り落とされる。肘から先がなくなり、血を滝のようにどろっと溢れさせた。ドルハダスはチッと舌を鳴らす。
「やってくれたな。消せるんじゃねえか、殺気」
「よお。私にゃ出来ねえとでも。いい勉強になったろ?」
「それで片腕じゃ釣り合わねえだろうがよ」
ドルハダスの腕は瞬く間に傷口が塞がっていく。だが再生はしない。
ようやくひとつ、ハンデができた。
「やれやれ、雁首揃えて必死に奪ったのが片腕とはねえ」
足下に転がった鉄球を手で掴んで持つ。もう鎖は繋がっていない。武器を失い、素手になったのなら好都合だ。勝機がある。そんな楽な話があれば、だが。
手に持った鉄球を全力でぶん投げる瞬間、まずいと左右に散らばった。鉄球がまっすぐ抜けたとき、砲撃でもあったのかと思う破壊力で建物をいくつも粉々に吹き飛ばしてしまった。振り回しているときとは比べ物にならなかった。
「うん、本気を出せるのは久しぶりだな。じゃ、おっ始めようぜ」




