第67話 思い出作り
結局、他に用事もないということでクローディアとシャーロットは部屋に戻ってきた。ルルはただ忘れ物を取りに来ただけなので、用が済んだらヴァーリーのもとへ向かった。絶対に強くなるから、と笑顔で。
「……で、なんで出て行かねえんだよ。普通は気を遣うだろ」
ベッドに腰掛けるシレントの隣に座り、足を組むレアナの機嫌はひどく悪い。生きるか死ぬかを決める戦いを前にして昂っていた感情が、勢いに任せて突き進んでいたものを邪魔されたのだ。不愉快極まりなかった。
「そう言われましても。わたくしたちの寝床も此処ですから」
「貴殿らこそだ。今回ばかりは気持ちも分かるゆえ責め立てはせんが」
対立する中で、シレントだけがニコニコしている。ただし、顔色は悪い。
膝の上でぎゅっと握った拳が冷たかった。
「あの……。話している途中で申し訳ない、というか、なんで僕を見ながら話すんだい? いや、もちろん悪かったと反省してるけどもさ……」
「反省すべきであろうな。当然。貴殿は、このうえなく」
クローディアの刺すような言葉がちくちくして、顔を逸らす。
「だってほら。僕だって予期してなかったというか。でも断ったんだよ、これでも。若い子におじさんみたいなのが手を出すなんてあり得ないじゃない?」
必死に言い訳を並べ立ててみるが、納得してくれるのは部分的なものだ。事実、彼女たちはレアナとの情事紛いの光景を目撃されているのだから。
「吾輩は別にどちらでも構わん。年齢の差など愛情で穴埋めできるものである。レアナが良いと言ったのであれば気に掛ける理由もなかろう。だが、吾輩は、あのままであれば、あれがそれしてこう、なんというか、貴殿も流されてた気がする」
「アバウトな説明だな。流されたは絶対にないよ。でも……」
横で不服そうにふくれっ面をするレアナの頭をぽんぽん撫でた。
「できれば、何か思い出は残しておきたいよなって思ってる。パーティの皆とか、他にも関わってくれた人たちと一緒にさ」
全員が生き残れればそれでいい。たとえ腕がもがれようと、足が千切れ飛ぼうと、生きてさえいれば。だが、そうさせてくれないであろう相手を前にして、都合の良い考えは持てない。
ゼロの強さから考えて、その姿形さえ残らないほどバラバラに引き裂かれてもおかしくはない。それが自分だったら。せめて何か、生きた形は残したい。
「そうは言ってもよ。人集めて何するんだよ、パーティか?」
「この時期にそんな大それたことしたら問題になっちゃうから」
どうするべきか、というのはまだ思いついていなかった。
シャーロットがそれなら、と手をパチッと叩く。
「名案がありますわ。最近開発されたばかりの記録魔石を使うのはいかがでしょう。音声だけでなく映像を記録して、魔力で当時の状況を再現するモノです」
「そんなもの手に入るのかい?」
「もちろんですわ。だって開発者は私のお父様ですもの」
ぎょっとするシレントとレアナをよそに、クローディアが思い出す。
「ああ、そういえば伯爵殿は副魔塔主も務めておられたな。しかし現物の保管場所は魔塔なのでは? 流石に、出発を明日に控えているときに遠すぎるぞ」
「問題ありませんわ、屋敷に行けば何個かあります」
すくっと立ちあがって、シャーロットはニコニコと自慢げな顔をする。
「使い方も熟知しています。今頃はお父様も貴族の代表として軍を率いている頃でしょう。少しお母様たちに嫌味を言われるかもしれませんが、こちらは命懸けの戦いに出るのです。脅してでも手に入れてきますね!」
恐ろしいことをさらっと言いつつ、風のように去っていった。
「……えーと、じゃあ僕らは何人かに声でも掛けようか」
クローディアも疲れた顔で立ちあがり、ぐぐっと体を伸ばす。
「吾輩はレオ殿を連れてこよう。此処まで来るのは大変だろうから」
「ああ、頼むよ。僕らはアルバートさんに伝えておく」
部屋を出てクローディアと別れ、シレントはアルバートの部屋に向かった。
相変わらず、隣を歩くレアナは不機嫌そうだった。
「そろそろ機嫌直してくれよ。僕だって色々考えてるんだから」
「あれだけ勇気出したのに、お前らはなんもわかっちゃいねぇよ」
「いや、僕だって気持ちは嬉しいさ。でもね、レアナ」
部屋の前で足を止めて、シレントは彼女に微笑んだ。
「きっと生きて帰れる。そのときに気持ちが変わってなければ、僕は受け止めるよ。ま、こんなおじさんを好きになるなんて、いっときの気の迷いさ!」
あっはっは、と笑い飛ばして扉を開ける。
その背中にレアナはチッと舌打ちで返した。
「……気の迷いじゃねえっての」
今までいくつのパーティを抜けただろうか。追い出されたこともある。冒険者など殆どが男所帯で、男勝りな性格のレアナにとって彼らの視線は苛立たしいものがあった。ときどき、そんな彼女の気持ちを察する者もいたが、察するがゆえに彼女の領域に踏み込んだことを言うので、何度も大喧嘩をしてきた。分かった気になりやがって。何度も、心の中でそう悪態を吐いてきた。
だが、シレントは違う。自分が求めていたものを見抜いて、そのうえで踏み込まない。自分の戦い方を否定もせず、異性ではなく仲間として大切にしてくれる。惹かれたのにもきちんと理由があったのだ。
(こういうのすげえ鈍感なんだな、コイツ……)
なかなかに手強い奴だなあとため息が出た。
部屋に入ると、葉巻の香りがふわっと漂う。
「なんだね。人の部屋に入るなり、ため息だなんて」
「あっ、わり。あんたのことじゃねえんだけど」
葉巻を吸うアルバートの横に、すらりと細身の鋭い顔つきをした男がいる。後ろ手に組んで姿勢を正しく、入ってきた二人を見ても彫刻のように動かない。
「アルバートさん、そちらの方は?」
「彼も闘士だよ。片手では葉巻が切れなくてね、彼に力を借りていた」
男は紹介を受けると、ようやく小さな会釈をする。
「ちなみにだが、彼も闘士の中では上澄みだ。我々が不在の間、町の警備を強化するにあたって彼が主導することになった。……ほら、名乗りなさい」
注意をされて、男は粛々と名乗った。
「グレン・アルゲオです。以後、お見知りおきを」
「彼はこう、無口で感情表現が苦手なんだ。君たちを歓迎はしているんだよ」
ふいっとグレンが視線を逸らしたので、シレントは本当にそうなのかと聞きたくなったのをぐっと呑み込んで、本題に入った。
「ありがとう、会えて光栄だ。それで、アルバートさん。実は出発前に皆で悔いが残らないように思い出を残そうって話になって。シャーロットが記録魔石を取りに行ったんだけど、戻ったら一緒にどうかな?」
アルバートは煙を吐いて、葉巻を灰皿にそっと置く。
「いいね、面白そうだ。こんな爺が映ったところでだが。それで、どこに集まるのかね。狭い部屋で記録するわけてはないのだろう?」
「ああ。せっかくなら闘技場の舞台で。きっといい思い出になるよ」




