第66話 一夜の夢を
朝までは時間がある。皆、それぞれがやり残したことや、やるべきことのために部屋を出て行った。他に用事の無かったシレントとレアナだけは部屋に残り、特に会話もないままに時間が過ぎていった。
ベッドに寝転がり、シレントはなんとか眠ろうとしたが、どうにも視線を感じて眠れない。そっと振り向いてみると、レアナがじろっと見つめていた。
「……あの、レアナさん? どこも行かないんですか?」
「何いきなり敬語で喋ってんだよ。見てて悪いか」
「そりゃそうだろ。悪いっていうか……こう、落ち着かない!」
少しだけ休んでからアルバートたちと現地での行動について相談しようと考えていたので、ちっとも眠れないうえに考えも纏まらない。邪念を送られている気にさえなってきて、申し訳ないとは思いつつも叱った。
「そっか。……なあ、皆しばらく帰ってこないかな?」
「え? まあ、たぶん。それなりに忙しい子ばかりだから」
クローディアとシャーロットは自分たちが不在の間に都市の運営と防衛をエッセレに引き継いでもらうため、その情報共有に時間を割いている。ルルも出発までの時間で許されるかぎり、ヴァーリーとの稽古に励む予定だ。
「君も休めるうちに休んだ方がいい。明日はもしかしたら、」
「生きて帰ってこれるか分かんねえんだろ」
「……それは、うん。否定しようがない事実だ」
必ず生きて帰れる保証はどこにもない。ドルハダス、ヴォリーダという二柱を前に、待ち受けるゼロまで相手できるかと言われれば不可能に近い。総力戦だ。全員で生存する可能性はないに等しかった。
申し訳なく、シレントは俯きがちになって、前を見れない。
「君はヴォリーダと戦うんだろう。僕はきっと、その邪魔をしないし、誰にもさせないと思う。だけど、そうなったら君は……」
「ああ。高い確率でゼロとの戦いで命を落とすだろうな。下がる気はねぇ」
そう言いながら、シレントの顔を両手に、そっとあげさせた。
「レア────」
触れ合う唇の感触にシレントは思考が吹き飛んだ。
柔らかさが名残惜し気に離れていくと、レアナは照れくさそうに微笑む。
「死ぬかもしれないなら、せめてやり残したことくらいはしとかないとよ」
「……あ……いや、でもなんで……?」
困惑するシレントを押し倒してまたがり、レアナはくすっとする。
「別なんでもいいじゃねえか。私はどうせ死ぬし、その前にヤることヤって、後悔は無くしときたいんだよ。お前も男なら、私くらい抱けんだろ?」
シャツの下に手を入れて、ゴツゴツとした体に触る細く柔らかい手にシレントは照れながらも掴んで止めた。
「駄目だ、レアナ。それは生き残って、本当に好きな人が出来たときにすべきことであって、僕みたいな枯れかけの人間に許すべきことじゃない」
真剣に伝えたつもりだが、レアナは伝わっていないのか服を脱いでシレントの顔に被せ、彼が起き上がらないように肩を押さえながら。
「私はさ。好きな男なんてひとりもいなかった。色んなパーティに入って、そのたびに気が合わなくて抜けた。そりゃ仲良くなったのもいたがよ。心まで許せたのは、お前が初めてだ。んで、これが最後かもしれない。分かるだろ?」
押さえる手が震えていた。当たり前だ、覚悟はできていても死ぬのが怖くない人間はいない。レアナは自分がどうなるかを想像しただけで怖かった。それでも戦場に立つ勇気がある。そのときにはきっと、震えも忘れて戦いに臨み、そして死ぬことを簡単に受け入れてしまう。だから思い出が欲しくなった。
死んでも忘れられないような強い思い出が。
「私の親父がどう死んだかなんて言いたくもねえ。だけど、あれは正直、かなりショックだった。全部忘れさせてくれよ。それでカッコよく死なせてくれ」
「レアナ……。でも、もし生き残れたら────」
ふと、視線を感じて扉にちらっと目をやったとき、薄っすらと開いているのに気付いた。見覚えのある紅い髪。普段は釣り目の少女は、今明らかにじと目で、この光景を『信じられないものをみた』とばかりに覗いている。
(み、見られてるぅ────!? 大変よろしくない現場を!)
ルルだ。絶対にルルだ。どこか瞳の奥に蔑んだ感情が見えた気がした。『シレントさんってそういうのが好きなんだ』みたいな感情に満ちた目が────ぬるっ、と引っ込んでいった。
「……? んだよ、誰もいねえじゃねえか」
「いやいやいやいやいや! いた! 絶対に今いたって!」
「ったく、うるせえなあ。いいから黙って────」
ガタッ。と音がした。扉の向こう側から。
今度はさすがにレアナも気付いて、そっと片手にシャツを握って胸を隠しながら、扉の向こう側でぎゃあぎゃあと小声で騒ぐ声をしばらく聞き、気付いていないと分かると勢いよく扉を開けた。
「何を覗き見してんだ、てめえらは」
ルルだけではない。クローディアもシャーロットもいた。
「ち、違うんだってば。アタシは師匠との稽古に使う本を取りに……」
「わたくしとクローディアはエッセレさんへの引継ぎがもう進んでたので」
「そうだ、吾輩たちは悪くない。皆の部屋で乳繰り合う貴殿らが悪い」
正座しながら言い訳をする三人に、レアナは肩を竦めて特大のため息を吐く。
「こっちが勇気出して誘ってんのに当たり前のように覗きやがって」
「まあまあ、レアナ。これも明日生き残る暗示だと思おうよ」
シレントがシーツを持って、レアナの肩から掛けて肌を隠す。
「とりあえず誤解は解かないと。ほら、廊下で座ってないで部屋に入ってくれるかな、他の人に見られると最悪だから。主に僕の心象が」




