第62話 喪失
急いでヴァーリーの家に向かう。エッセレの話で事態の凡そは把握したが、城内にいたであろう彼から話を聞くのが今後の対策に繋がると考えた。
壁に張られた手配書には、高額の懸賞金が掛けられている。ディナモス王朝を批判する強い声明と共に、王党派筆頭として手配書は何枚も張られていた。シレントだけではない。レアナにルルまでもが、殺しても構わないという文言付きだ。
「……困ったことになってるな」
皇帝の死。スカンダリの失脚。そしてドルハダスの襲撃。復興を進めていても魔物への対応が疎かであるという議会派によって、クローディアは投獄された。救出しなければ、待っているのは公開処刑だ。彼らが最も摘みたい芽なのだから。
ヴァーリーは無事だろうか。そんな気持ちで玄関の扉を叩く。しん、と静まり返っていて返事はない。だが、扉に耳を澄ませると中から物音は聞こえた。
「すまない、ヴァーリー。僕だ、開けてほしい」
あまり大声を出せないのは辛いところだが、なんとか中に届いた声は扉の鍵を開いた。中に入ってこいという合図だ。シレントは周囲に誰もいないかを確かめてから玄関の扉を開け、もう一度周囲を確認してから閉めた。
「思ったより早かったではないか、シレント」
「おかげさまで。そっちの状況は思わしくないみたいだね」
「……ああ。まさかクローディア殿が捕まるとは」
健康ではあるが、心労が積み重なってヴァーリーの顔色は良くなかった。
「ルルはどこに?」
「二階だ。寝室でレオと話している」
「よく隠れられたな」
「探知阻害の結界を張っている。並の魔法使いでは気付きもしない」
さすがはレオと共に魔法を学んできた男だとシレントは感心して頷く。
「少し話せるかな。レオの具合が悪ければ、ルルとだけでも」
「行けばいい。私は此処で誰も来ないか、念のために見張っているよ」
「ああ、悪いな。ありがとう」
急ぎ足で二階の寝室へ行く。扉を開けた瞬間、ルルとレオが振り向いた。
「やあ。久しぶりだ、よく無事だったね」
「シレントさん! 良かった、また会えて……!」
元気そうな二人を見て安堵する。
シレントはローブを脱ぎ、丸めて腕に抱えた。
「魔族の皆とは少し打ち解けられてね。でも、こっちの状況が悪い」
「ああ、その通りだ。君がいない数日で町は大きく変わった」
レオも苦笑いの惨状に肩を竦める。
「此処へ来たなら誰かから聞いたんだろうが、もう町はボクらを罪人扱いさ。君がインサニアへ向かったのを誰が掴んだか、これみよがしに反逆の兆候だと貴族様方は吹聴してまわってる。クローディアの処刑も行われる予定だ」
「……いつ?」
深刻な表情で尋ねるシレントに、レオはにこっと微笑む。
「まだ数日先さ。────その前にインサニアへ大規模侵攻が行われる」
「馬鹿な。ということは既に兵士が?」
「出発済み。人数が多すぎてポータルを使えないから行軍するそうだ」
「インサニアは遠くないから、二日もあったら着くだろうね……」
二人の会話に入る隙を見て、ルルがびしっと手を挙げた。
「あっ、あの! 今なら城は手薄だと思う!」
レオも腕を組んでうんうん頷いた。
「その通りだ。兵士の九割以上が出払ってる。城には最低限の警備しか残っていないから、見つからずに助けるのは難しくないよ」
「だったら、そっちを先に処理だな。手伝ってくれるか?」
笑顔で話すシレントに対して、レオとルルは急に温度が下がっていく。
どう切り出したものか、とルルがレオを振り返って────。
「ボクから話そう。ルルちゃん、少し部屋の外へ」
「……はい」
二人きりになると、レオはため息を吐いてベッドに横たわった。
「申し訳ないけどボクはもう手伝えそうにない」
「なんでだ? 人払いしてまでなんて、何か大きな理由が……」
「魔力を失った」
たったそのひと言で絶句した。魔法使いにとって魔力とは生きていくうえで命同然の価値がある。それを失ったと、レオは言ったのだ。
「な……なん……で……?」
「自分の頭を吹き飛ばせばそうもなる。脳に異常が残ってるそうだ」
やれやれ、とレオが残念そうに目を瞑った。
「魔法もまだまだ進歩が遅いよねえ。ボクには時間を巻き戻す力もなければ、自分の治療ができないんだから。これで二度とボクは魔法は使えない。君たちの戦力にはならない。今は無力な普通の小娘になったってわけさ」
想像していなかった言葉に息が詰まりそうになる。ドルハダスに頭を潰されかけた瞬間の判断は、レオの未来を閉ざしたも同然だった。
「まあ、ボクはあれを正しかったと思ってるよ。こうして生きてる方が君の役に立っただろう。あそこで死んでたら、それこそ君は心が折れたはずだ」
「……まさか、あのときわざと僕のためにやったってのか?」
「君はボクより強い。いや、君たちと言うべきかな」
シレントに背を向けて横になり、レオはシーツを肩まで被った。
「ルルちゃんは才能がある。本当ならボクが教えてやりたかったのに、ヴァーリーめ。横取りしやがって、ああいう性格が嫌いなんだよ。君だってそうさ。他人の才能も見抜けやしないくせにボクを頼らないんだ。本当に君たちは……」
肩が震えているのを見て、シレントも背中を向けてしまった。
「ごめん……。僕がもっとしっかりしていれば……」
「いいってことさ。それより伝えておくよ」
レオは、ひとつ深く息を吸い込んでから────。
「ボクの住んでいる家に魔導書がある。世界に一冊しかない最高峰の魔導書だ。なにしろボクが書いたものだからね。……それをルルちゃんにあげて。もうボクには無用の長物だ。使える子が使ってくれた方が良い」
言うだけ言ったら、レオは満足したようにふうっ、と息を吐く。
「さあ、行けよ。ボクのことは気にするな、ヴァーリーが守ってくれる。だから、全部手に入れるつもりで好きにやってみろ。気持ちだって運べるだろ?」
「……ああ、わかった」
すすり泣く声を背に、シレントはローブを羽織った。
「行ってくるよ、師匠。始めたことを終わらせに」




