第61話 クーデター
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期日の一週間は瞬く間に過ぎていく。その間もシレントはゼロたちの傍を離れず、四日目には普通に会話をするまでになっていたが、最後まで彼らの考え方を変えるには至らない。魔族について知るためのついでだったので痛手ではないが、かといってそれなりの仲になっても心を開いてもらえない悔しさはあった。
「オイオイオイ、客が帰るってのに大将は見送りもナシか?」
ドルハダスが呆れて笑う。
「いいんだよ、ドルハダス。僕も贅沢を言う気はない」
「くくっ、見送りが贅沢とはいいねえ。それで、帰ったらどうするんだ」
「……仲間に話すよ。それから、町の人たちにも」
やっと魔族のことを少しは理解できた気がした。彼らとの対話の中でそれぞれの目的は違えど、歩み寄れる場所はあると感じられたのだ。今まで感じていた不安は消えて、やっとまた前に進めると信じて笑みが零れた。
「そうかい。そりゃいいこった。……なあ、シレント。ひとつ忠告だ」
ドルハダスは急に真剣な顔をしてまっすぐ目を合わせたが何も言わず、ただ数秒の沈黙のあとにふいっと視線をそらしてしまった。
「悪い、なんでもねえ。気を付けて帰れよ」
「……? ああ、ありがとう。良い報告を待っててくれ」
「期待はするなよ。せいぜい頑張りな」
魔物の肉を分けてもらい、シレントはボンサックの中に詰めて肩に担ぐ。
友好の証として、説得する材料にも使えるだろうと効果を期待した。
「帰ろうか、レアナ。ちょっと早いけど、みんなが待ってる」
「ああ。良い経験させてもらった」
一週間、レアナは食事と睡眠のとき以外は常にヴォリーダと戦い続けた。何度も負けて、気を失って帰って来た日もあった。
そうして諦めもせずにやり切った最後の日、レアナは間違いなく身も心も強くなっていた。以前のように自分の弱さに嘆く姿はもうどこにもない。
「にしても、一週間も不在にしちゃって怒ってるかもしれないな。僕ら、わりと無断に近い形で出てきちゃったから」
「怒ってんのはクローディアくらいだろ。ありゃ仕事が山積みだ」
ドルハダスの侵攻以後、町の結界は損壊したままになっている。魔塔からも魔法使いたちが結界の再構築に協力してくれてはいるが、規模の大きさから数か月は掛かると準備に時間が取られていた。
復興を続けながら度々侵入する魔物の討伐に追われ、必要な物資の要請を受けて商会とも連携を取りつつ、怪我人や病人のために皇宮を解放して、様々な問題に直接顔を出す……といった休みのない日々。
クローディアには、シレントとシャーロットだけが頼みの綱だった。
「流石に気まずいな、顔を合わせるの」
「まあ、土産も貰ったし良い報告はできるじゃねえか」
「……それもそうだね!」
深く考えるのはやめて町に戻った。小言を言われても仕方ないことをしたのだ。クローディアには自分たちの成果でめいっぱい詫びよう、と。
ワープしてギルド内に飛び、皆と会えるぞと喜んでいたふたりは、帰ってきた直後に誰かに引っ張られて、受付カウンターの下に連れ込まれた。
「いてて……んだよ、急に?」
「僕らが何か悪いことしたかな、エッセレさん」
二人を引っ張ったのはエッセレだ。顔色は良くなく、二人の軽い言葉にシッ、と静かにさせて周囲を警戒しながら「こっちへどうぞ」と職員の事務室へ案内された。そこには誰の姿もなく、気付けばギルドも静まり返っていた。
「あの、何かあったのか? 僕らがいない間に……」
「ええ。あなた方は今や指名手配中ですから」
腕を組んで、指をとんとん動かしながらエッセレは苦い顔をする。
たった数日の間に何があったのかを、彼女は悔しそうに語った。
「三日前、貴族たちによるクーデターが起きたんです。混乱の最中、王位を追われたスカンダリの失墜によってクローディア様が一時的な代理を務めていた最中、彼らがやってきて……今は地下牢に」
ほとんどの貴族たちはドルハダスの襲撃時、町にいなかった。自分たちの領地にいて難を逃れた者もいれば、パーティ会場での一報で危険を察して、しばらく不在だった者たちもいる。
彼らはスカンダリが裏で魔族と繋がっていた一件を知るなり、結託して私兵を連れ立って皇宮に押しかけ、ディナモス皇家は信用できないと言って城の者たちを次々に捕縛し始めたのだ。さながら自分たちが主権者のように。
「おそらくは事態終息後、すぐに彼らが計画を立てたのだと思います。城の人たちを人質という形で盾にしてクローディア様に詰め寄ったそうです。結果、ディナモス皇家への私的な断罪が始まり、次々に関係者は捕まりました」
「……レオはどうなった?」
クローディアは心配いらない。たとえ死にかけても剣を握るような女性だ。地下牢に押し込まれたくらいなら、むしろ休む時間が増えたと考えているのは分かる。だがレオは違う。意識がないまま、誰に与していたかも明白の状態で断罪が行われれば、治療を中断された恐れがある。シレントは顔を青くしてエッセレに尋ねた。
「問題ありません。既に目を覚まされて、今はヴァーリー様のご自宅に匿われています。難を逃れた方々はアルバート様を中心に闘技場を拠点として庇護を受けているそうです。引き渡しを命じられたそうですが、闘士の方々は断ったと」
はあ、と深いため息を吐いて壁にもたれかかり、天井をみあげる。エッセレは三日間、既に誰とも関与していないふりをしながら二人が帰るのを待っていた。
「今現在、話し合いで選ばれた貴族の方々十数名を元老院と呼び、急速に廃都インサニアへの侵攻計画が進んでいるそうです」
「はあっ!? 僕らがなんのために足を運んできたと……!」
声が大きくなったシレントの口を押えて、エッセレは首を横に振った。
「落ち着いてください。とにかく、彼らは今、ディナモス皇家の失態を吹聴しています。復興にばかり目を向けて魔族への対策ができていないとか、結界の修復が遅すぎるとか、事前の情報があったにも関わらず未然に防げなかったことを責め立てて、自分たちの成果アピールにインサニアを攻め落とすつもりなのでしょう」
シレントたちを指名手配しているのは、クローディアらディナモス派の人間として魔族と結託して都市を攻める恐れがあるからだ。そんな突拍子もない話を聞いて、シレントもレアナもどう反応していいか分からない。
「今捕まってるのはクローディアだけかい?」
「いえ。交渉を求めたシャーロット様も捕まっていると聞いています」
「……そっか、わかった」
壁に掛かっている雨避けのローブに気が付き、シレントは手に取った。
「レアナ、ちょっと待っていてくれ。ヴァーリーと会ってくる」
「ん。すぐ帰って来いよ」




