第60話 狂気の終着点
堂々と殺すと言われると、なんとも言葉に詰まってしまう。ドルハダスなのだから当然、そういう理屈に至るのは想定できていた話だが。
ぽつんとひとり食堂に残り、粛々と片付けをする。その間も色々と考えが頭の中をぐるぐるして、なんとなく落ち込んだ。自分の非力さでは変えられないものがあるのだと分かっているからこそ、余計に。
「皆に良い報告ができるといいんだけどな……」
良い歳したおっさんが何を奮起して取り組んでいるのかと笑われてもいい。自分の背負ったものは、自分だけが知っていればいい。ただ、上手くいってほしい。間違っていない選択だったと信じたい。今はただ、不安ばかりが押し寄せた。
がらごろとワゴンを押して食器を運び、静かな城の中を歩く。
「ん?」
足を止めた。少し先、廊下の角で誰かが覗き見ている。
(まさか幽霊とかじゃないよな……。元々は人間の町だったし……)
ワゴンを押す手がぎゅっとなる。慎重に進んでみると、蝋燭の灯りが仄かに照らす、いくらか見慣れた顔がじと目でシレントを観察していた。
「……えっと、ゼロ。君はそこで何を?」
なぜ寝室に戻ったはずのゼロが此処にいるのか、と動揺する。
「料理を……してほしい……」
「え?」
顔を赤くして俯いたゼロが、口先を尖らせて視線を泳がせた。
「なっ、仲間の手前、その、余の威厳を保たなければと」
「なるほどね。……じゃあいっしょに厨房へ行こうか」
幽霊でなくてよかったとホッとする。薄暗い廊下を二人で歩きながら、いつの間にかドレス姿になっているゼロが気になって、ふと尋ねてみた。
「前もそのドレスだった。甲冑はいつも着てるわけじゃないんだな」
「あれは魔力で出来ている。こちらが本来の服装だ」
「そうなのか。だとしたら凄いな。あれ、かなりの強度だろ」
ゼロはこくりと小さく頷く。
「苦心した。生まれたばかりのときからそれなりに魔力はあったが、余はそれほど強いほうではなかった。同時に生み出されたドルハダスの方が強かった」
「同時に……つまり、それこそ本当の兄妹みたいに?」
「ああ。だが、奴と私の性質は真逆だった」
表情に陰が差して、フッと笑った。
「貴公らは知らぬだろうな。各地に存在するクリスタル、あれを余らの封印と思っているだろう。それは半分正しくて、半分間違っている。強大な封印魔法によって、本来は力を奪われ永く異空間を漂うはずだった。余らの寿命はそう長くない。五百年もあれば本来ならば死を迎える。余らは自らのクリスタルの中で時間の概念から一時的に切り離された状態で封印されたのだ。その結果は、無残なものだったが」
聞いたこともない話にシレントは質問を重ねていく。
「クリスタル……って、僕らにとっては魔物を生み出すものであり、君たちを封印してるものだと思ってたが。時間を切り離すっていうのは?」
ゼロは過去を淡々と語る。悲しみも怒りも、言葉には乗せられなかった。
「魔物を生み出すのは余らの防衛機能のようなものだ。各々の魔力に呼応する形で、それに見合った魔物が召喚される。あのクリスタルの中にいれば、余らの時間は進まない、いわば身を守る殻の役割がある。余らは咄嗟に無為に死を待つのを避けるために殻の中に閉じこもった。それが、逆に精神汚染を引き起こした」
クリスタルの中に閉じこもったときに起きたのは、封印魔法がクリスタルに作用してしまったことだ。元は魔力を限りなく消滅に近い形で失わせるものだったが、咄嗟に閉じこもったことでクリスタルに作用した。
鋼鉄のドアが、さらに太い鎖で外部から封鎖されたも同然。内側からの干渉を強く阻まれ、封印魔法の効力が弱まるそのときまで、彼らはひとり残らず身動きが取れなくなった。そのまま、五百年もだ。
「中に閉じこもれば魔力による干渉を許さない限りは身動きが取れない。自死さえ許されない五百年を余らは強制された。そのせいで何人もが精神崩壊を引き起こし、生き残ったのは人間への憎悪に煮えたぎった者ばかりだった」
理性を保てたのはゼロを筆頭に五人ほど。ヴォリーダ、ドルハダスは特に強い精神力を持っていた。憎しみや渇望を抱えていても、理性に従って生きた。
「……ドルクトスは若すぎた。醜い殺意の衝動だけで生きるようになった魔族は、我々の同胞たる資格すら失った獣だ」
「そういえば、残りの魔族にもドルハダスが会いに行ってたね」
何気ない会話のつもりが、ゼロはやんわりと微笑んで────。
「全員始末したのだろう。我々が最後の魔族となる」
「は? えっ、なんで?」
生きている魔族たちがいれば十分な戦力になる。ひとりずつが強大だ。にも拘わらず、自分たちの手で同胞を殺したとゼロは言った。
「もはや同胞は醜悪にも殺意に取り憑かれた怪物だ。余らには、あれらを止める術は持たぬ。皆が余を崇拝するかのように従うわけではない」
「でもだからって……。君にとっては家族同然の存在じゃないのか?」
自らが兄弟と呼んだ仲間たちのはずだ。魔族同士の結束は強いと思っていた。もちろん、ドルクトスに対しては辛辣だったのだが。それでも人間に対する憎悪は共通するものであり、皆がゼロへの全幅の信頼を置いている、と。
「理性を失い、ただ壊すだけの獣に成り下がった覚えはない」
「……それならドルハダスはどうなのさ。あれはかなり狂人では」
「ああ、狂っている。だが、もとより狂っているのだ、あれは」
戦うことを愛してやまない怪物。殺したいのではない。戦いたいのだ。その先に待ち受ける、自分の死を今も夢見ている。狂った価値観はゼロでさえ隣に立っていながら、どこか遠い場所にいるような錯覚を引き起こさせた。
「最初から壊れたものは、それ以上壊したところで何も変わらない。五百年の飢餓に耐えたのも、その先に〝死ねる戦いがある〟と信じていたからだ。……そしておそらく、あれは貴公らに正しい形で敗れるだろう」
ドルハダスの強さは想像を絶する。シレントが手も足も出なかったアルバートでさえ、翻弄される始末だ。ゼロは人類の大きな敗戦を知りながら、必ず人類側が勝利するという。その根拠はまるで見えてこなかった。
「どうしてそう思うのか、聞いても?」
悲しくなった。家族の未来を知りながらも、ゼロが涙ひとつ零せないことが、あまりにも残酷な彼女たちの生き方を表しているように感じて。
だが、そんな彼の想いとは裏腹にゼロは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「諦めを知らぬ者は強くなる。貴公らも大概、狂気染みているゆえ。それは奴にとって最大の幸福だ。余は、その幸福を願っているのでな」




