第54話 捨てられないもの
ドルハダスの言葉に希望を感じて、シレントとレアナは顔を明るくする。インサニアの城まで、ずっと重たかった気持ちがすっと楽になった。
しかしながら、ドルハダスが応じたからと言ってそれがヴォリーダの了承を得られるはずがないのは分かっていた。城の前に到着するなり、思いきり弓を構えられては、緊張感もまた戻ってくるというものだ。
「よくもおめおめと顔を出せたな、人間共。ドルハダス、貴様も何のつもりで連中を連れてきた。糊塗と次第によってはただでは済まさんぞ」
強い敵意で迎えられて緊張するシレントたちとは真逆に、ドルハダスはへらへら笑って臆することもない様子で、自分より小さいヴォリーダを見下ろす。
「偉そうにしやがって、あんたはいつもそうだ。誇りだけ大事にしてりゃ立派か。新人類を目指してた奴が聞いて呆れるぜ、ええ?」
鎖を短く掴んで鉄球を構える。一触即発の雰囲気にレアナが小さく、隣で固まっているシレントに声を掛けた。
「なあ、こいつら仲悪いのか?」
「魔族同士だし、ドルハダスは少し逸脱してるみたいだから……」
「めんどくさい連中だな」
いくらか呆れたところもあるが、魔族もまた感情を律して生きる存在。ただの魔物とは違う。誇りを重んじて、裏切った人間に強い敵意を抱くヴォリーダとゼロへの忠誠だけで踏み込まないドルハダスとでは感覚が真逆だ。
「俺の目指す新人類はゼロを起点にすべての人間を葬ることだ。貴様のような道楽で戦うだけの愚か者と考えるなよ。今回ばかりは看過できんぞ」
「だったら殺し合うしかねえな。俺はゼロ以外に従う気はねえ」
シレントたちをそっちのけで戦いが始まりそうになる。
これは困ったとレアナが間に入った。
「ちょい待てって。喧嘩なら後でやってくんねえか、今は話を聞いてほしいんだ。そっちの腕のデカいの、あんたもさ。頭固くしねえで話だけでもどうよ」
「……貴様は?」
鏃を向けられてもレアナは恐怖は感じず、むしろここが正念場だとばかりにヴォリーダへ近づいていく。
「レアナ。そのへんによくいる人間だ。あんたらには何年かかりゃ勝てるのかも分かんねえくらい、今はひよっこさ。それでも強くなりたくて此処に来た。あんたらに勝てるくらい強くなりたいんだ。人間とか魔族とか、私は正直どうでもいい」
鏃が額に触れそうな距離になり、レアナはようやくそこで足を止めた。
「どっちもどっちさ。殺して、殺されて。だけど私は五百年前の人間みたく、裏をかいてまで勝ちたいとは思わない。シレントが和解したいって言ってんだ。そのためにはあんたらくらい強くなくちゃ駄目だろ」
馬鹿げた話だとヴォリーダはレアナを愚か者だと思った。
だが、同時に、面白いとも思ってしまった。
「……死ねば強くなる機会も失われるというのに、馬鹿なのか?」
「その覚悟がなけりゃ此処に来るのは間違ってる」
まっすぐな瞳を見て、そのような人間をどれほど葬って来たかを振り返った。そして封印されるとき、ひどく後悔してしまったことも。
頭痛がして弓を下げると、頭を押さえながら背を向けた。
「全ての人間が、貴様たちのようであれば良かったのに。俺たちは人間を知らなさ過ぎた。貴様たちを信じるための時間も、なにもかも消え失せた。……ドルハダス、貴様が連れてきたのだ、責任は貴様が取るがいい」
ドルハダスはシレントと目を合わせてから、やれやれと両手を小さく挙げて肩を竦めた。これだからアイツはとでも言いたげな哀愁のある笑みを見せて。
「気にすんな、カリカリしてんだ。アイツは首都襲撃には反対だったからなァ。だがゼロがそれを押しきっちまった。『たかがひとりに試練を与えたくらいでは、人間に根差す感情を知りうることは不可能だ』とかなんとか言ってな」
意外な側面に、シレントは不思議そうに尋ねた。
「彼は人間を滅ぼしたかったはずだろ。どうして反対を?」
「ジレンマだろ」
馬鹿にするでもなく、フッと鼻を鳴らしてドルハダスがレアナを見た。
「嫌いな人間ばかりじゃねえのさ。言葉では人間を憎んでいても、奴は憎み切れていない。本気で憎んでりゃ、容赦なく殺してる。ゼロでもそうだ。機会は与えるが容赦はねえ。ヴォリーダはお前らを信じたかったんだろうぜ」
ゼロへの強い忠誠心がありながら。人間を滅ぼしてしまいたいと憎んでいながら。裏切るような人間ばかりでないこともヴォリーダは知っている。ドルハダスはあえて仔細を語らなかったが、そうなるだけの理由があるのだ。
裏切られさえしなければ共存できていた。そうでないのならば、自分たち知性を持った新たな人間に成り代われる存在こそが君臨すべきだ。新人類として。
だが共存を望むという人間の言葉を信じたがために裏切られた。二枚舌共めと何度も呪い、そして封印が解けてもなお、シレントやレアナのように嘘を感じないまっすぐな瞳と決意を見せた人間が憎めなかった。
「だが戦争はもう起きちまった。お前らの敗北っつう濃厚な絶望が広がって、人間は俺たちを信じなくなった。それは結果的にアイツの望みも奪った。ゼロは多分、気にもしてねえだろうが……ヴォリーダはゼロとの未来か、新たな人類との共存か。その選択肢に板挟みにされてずっと悩んでたからなァ」
腰に手を当てながら、ドルハダスが大声で豪快に笑った。
「なまじ知性ってのは感覚を鈍らせるモンよ。信じてきたものが揺らいだ瞬間、ろくに矢も射れない。強くなりてえってんなら、俺が手伝ってやる、小娘。ただし────俺たちを殺せ。それが約束できんなら構わねえ」
瞳に宿った狂気。戦いをこよなく愛する男の言葉。ゼロやヴォリーダとは違う。芯から魔族である彼にとって、恨みつらみなど爪の先ほどの興味もない。
「俺たちが倒されればゼロも黙っちゃいねえだろうが、そうでなきゃならねえ。シレント、お前もそうさ。和解ってのは対等な立場で初めて起きる交渉だ。弱い奴が共存を求めるのは屈服だ、勘違いしちゃいけねえ。分かるか?」
認めたくない。だが現実はそうだ。
「……クローディアも似たようなこと言ってたよ。どうしても君たちとは戦ったうえで説得しないと駄目なんだな。それが魔族だからなのか」
悲しそうに眉尻を下げたのを見て、ドルハダスがくくっと声を堪えた。
「お前たち人間同士も争ってきた歴史がある。それを見りゃ分かるだろうが。弱肉強食。それが自然の摂理。それが生物の性質。俺たちが差し伸べた手を振り払ったのは、お前たちの祖先だ。その尻拭いのときが来ただけの話よ」
軽く頭をばしっと叩いて先を歩きながら、手招きする。
「ゼロに会え。どうせ俺と大して変わりゃしない意見だと思うがね」




