第53話 和解のために
ヴァーリーとルルに見送られて、二人はギルドへ向かった。新しいボンサックを嬉しそうに脇に抱えるシレントを見て、レアナは少し羨ましそうにする。
「なんでお前だけなんだよ。私はなんもなかったぞ」
「ハハハ。僕はこれがないと仕事にならないからねぇ」
荷運び人らしい活動に欠かせない魔法のアイテムは、シレントにはもう欠かせない相棒のようなものだ。それをゼロに引き裂かれてしまったのは精神的に辛いところもあった。エッセレの件で、そのときは彼も実感がなかったが。
「ギルドで色々売ってるから持っていこう。せっかく貰ったし」
「おお、そりゃいいや。メシも詰められねえかな」
「できないことはないけど、出したときに飛び散っちゃうかもね」
「……じゃあだめか」
ちょっぴりガッカリして肩を落とす。
「でも果物とかならいいと思うよ」
ぴくっ、と反応したかと思うと今度は元気いっぱいになった。
「じゃあ私はリンゴがいいな! あとあれだ、グレープフルーツ!」
「僕は梨かなあ。置いてあればいいけど」
ギルドに着いたとき、受付にエッセレの姿はなかった。どうやら一時的に席を外しているだけのようで、さっきまで作業をしていたのだろう書類やペンはカウンターに散らかしたままだ。二人は先に買い物を済ませて荷物をボンサックに詰めた。
久しぶりに肩に担いだ感覚は懐かしさがある。こうでなくてはとシレントも自然と気合が入った顔つきに変わった。
「あら、お二人ともいらしてたんですね」
ちょうど、そこで受付にエッセレが戻ってきた。
「お出かけと、その前に君に会いに。あれから一ヶ月経ったから」
「そうですねえ。見ての通りピンピンしてますよ」
ドルハダスの話は本当で、エッセレは下半身を潰されていたが、上半身が無事ならなんとかなるという奇妙な理論で見事復活を果たした。その後も遠くまで吹っ飛ばされたが、最後は加減されていたのか五体満足のままだった。
ただ疲れで動けなくなり、回復するまでは建物に隠れてやり過ごして、騒ぎが収まってから現場に戻ってきた。エッセレはそれを申し訳なさそうに笑みを浮かべて、自分は誰も救えなかったと残念そうにする。
「随分な被害が出てしまって、私はともかくギルドで働く子たちも何人かが犠牲になったそうです。……非力っていやですね。皆さんみたいに戦えたら、少しは違ったのかもしれませんが」
何気ないひと言だったが、シレントとレアナには深く突き刺さった。
エッセレがいなければ最初の段階でレオどころか、全滅も有り得たのだ。それを闘技場までの時間を稼いだと考えれば、十分に戦ったと言えた。
「僕らよりはよほどやってくれたよ。おかげでレオも助かった」
「ありがとうございます。でも、レオさんはまだ昏睡状態だと」
「すぐに目を覚ますよ。頭部の怪我が尾を引いてるだけさ」
「だといいんですけど……。そうだ、それで二人はどこへお出かけに?」
必要ならすぐにでもワープポータルを手配するといった顔をするので、シレントとレアナが心底気まずそうに口端を引き攣らせながら。
「廃都インサニアに行きたいんだ」
途端にエッセレの瞳が馬鹿を見つめる冷め具合で二人を映す。
「それだったら許可できませんよ。あんな怪物の根城になんの目的があって。皆さんを説得されるように言われたのでしょう、まだ入るべきではないと思いますが。こちらは何の成果も得られてないんですよ」
またゼロと殺し合うつもりなのかと言いたげな視線から、シレントは逃げなかった。忠告を受けてなお頷いて、それでも行くと決めていた。
「彼らのことも知らずに説得は無理だ。五百年前の出来事が、彼らの言葉が真実であることを証明して、互いに和解できる道を探す必要がある」
「今回は私もついてくから、いざとなったら二人で逃げるさ」
信じていいものかどうかと迷った末に、エッセレは額に手を添えてため息を吐く。どうせ言っても聞かないのが彼らのいつもなのだと。
「わかりましたよ……。じゃあそこのポータルは使っていいですから、無事に帰ってきてくださいね。約束ですよ。私たちの命も預けてるんですからね」
しつこいくらいに注意しておけば慎重になってくれるだろうと期待して、エッセレは二人を送り出す。表情には不安が色濃く出ていたが、シレントとレアナはいつもの調子でへらへらしながら「行ってきます」とだけ言ってポータルを使った。
廃都インサニアの状況は相変わらずで、目の前には寂れてしまった都市の姿がある。緊張して門の前で顔を見合わせてから、せーので足を踏み入れたとき、魔物の気配がない代わりに待っていたかの如くドルハダスが立っていた。
「おう。早いじゃねえの、話が纏まったのか?」
無理だっただろう、と遠回しに言われている。
シレントは首を横に振り、まっすぐに彼を見上げた。
「まだ説得してすらいない」
「ンだよ。じゃあ何か、殺されに来たのか。自暴自棄はよせ、つまんねえ」
シッシッと手で追い払い、小指を耳に突っ込んで嫌そうな顔をする。
「俺は自殺願望のある奴を相手したいわけじゃねえ。死にたがりはもっと強くなってからにしやがれ。今はゼロも眠ってるから、帰るなら────」
「僕たちをしばらく一緒にいさせてもらえないか?」
思わず動きが止まって、何を馬鹿げたことをとドルハダスは呆れた。
「んなもん無理に決まってるだろ。俺はどっちでも構いやしねえが……まあ、ヴォリーダが許さねえんじゃないか。ゼロの決定でもない限りはな」
「ならゼロに会わせてくれ。直談判できるならその方がいい」
ぐいぐい来るので、ドルハダスも流石に苦笑いを浮かべて頭を掻く。
「できりゃ苦労しねえよ。今は眠ってんだ、また次の機会にしな。完全に封印が解けてない分、一日の活動時間が決まってる。寝込みを襲われないために、俺とヴォリーダが見張ってんのさ。流石に無防備がすぎるってもんだ」
大将首をみすみす獲らせる真似をする馬鹿はいない。突っぱねられるのも当然だが、それでもシレントは諦めずに食い下がった。
「僕らは丸腰だ。君たちと戦えるほどの状態じゃないし、傍で常に監視してくれてもいい。……皆を説得するために、君たちを知りたい」
「言い分は分かるがよ。そっちの嬢ちゃんは素手でも十分だろ?」
レアナと既に戦った経験から、寝込みを襲えば素手でも殺せると見極められている。到底、おひざ元まで案内するわけにはいかない。
だが、彼女が真っ向から、見当違いだと答えた。
「私はコイツと目的が違ぇ。会いに来たのはお前だ」
「あァ? 俺ェ?」
目を丸くして驚き、馬鹿馬鹿しいと手で顔を覆って空を仰ぐ。
「掠り傷ひとつ付けられねえ奴に俺は用なんかねえよ、嬢ちゃん」
「私はあるんだよ。……鍛えてくれねえかと、思って」
悔しさと恥ずかしさが相まって、口先を尖らせながらボソボソと呟く。
ドルハダスが意外な答えにニヤッと笑った。
「なんで俺を殺す気でいる奴を俺が育てるんだよ、馬鹿なのか」
「そうでもしねえと超えられねえだろ。私は強くなりにきたんだ」
「……はあ、やれやれ。お前さんたちは頑固だな」
どうしたもんかと顎を擦ってから、くるっと背を向けた。
「来な。今はヴォリーダが傍で見張りをしてる。話がしたきゃ俺じゃなくてあっちを納得させろ。それが出来なきゃ俺が外に追い出してやるからよ」




