第38話 決死の交渉
そうと決まれば話は早い。申請するまでもなくギルドのワープポータルを使って、忌まわしき廃都インサニアを目の前にする。
肩を射抜かれた重たさが、汗を滲ませた。
「大丈夫ですか? 顔色が悪そうですが……」
「え、ああ、問題ないよ。行こう、探し物があるんだ」
「そう仰るのなら構いませんが、ところで何を探しに────」
封鎖されたダンジョンに踏み入った瞬間、ゾッとする気配が全身を貫く。
キラッと遠くから何かが光り、シレントがエッセレを抱えて前に跳んだ。
「おわっ、なんですか!?」
矢の一撃が壁を罅割れさせる。封印が完全に解けていないからなのか、ダンジョンの外まで影響を及ぼす威力ではないのは幸いだが、既に侵入者に対する警戒を抱いているのが分かる。シレントもさすがに不安を隠しきれない。
「今の矢を射った奴に話がしたいんだけど……」
「正気ですか? まさか敵と対話をしたいがために此処へ?」
躊躇なく射撃する敵に対話を仕掛けようとするシレントに、エッセレも困惑して顔を顰めた。そんなことできるはずがない、と。
ちょうどそこへ、ヴォリーダが姿を現した。相変わらずの巨躯と一方だけが長い腕がよく目立つ。顔を覆う汚れた包帯の隙間から見える赤黒い目が二人を捉え、どこか呆れたように、静かに息を吐く。
「死に損ないが二度も姿を見せるか。愚か極まりないな」
「そう言うなよ。今日は君と話がしたくて来たんだ」
「対話の必要などない。生きるか死ぬかの未来を選ぶだけでいい」
弓を構えようとして、シレントが両手を挙げた。
「それだよ。君たちは僕らと話ができる。魔族ってのは知性が優れた存在だ。と来たら、何も戦いで全てを解決する必要はないと思ったんだ」
「……馬鹿げたことを。対等な物言いをするな、劣等種めが」
脅しの一射が頬を掠った。シレントは避けず、瞬きもしなかった。
「真剣なんだよ、僕は。大勢の人間が君たちを討伐対象としても、僕は君たちと和解の道を探りたい。お互いに殺し合っても命の無駄遣いだ。それとも、君たちは他の魔物みたいに会話も成り立たない本能だけの生き物か?」
次は射抜いてやると構えようとした手がぴくっ、と動いて止まった。
「俺を、魔物如きと同じだと……。馬鹿を言うな。俺はゼロに選ばれた魔族のひとりだ。貴様ら人間よりも優れた存在を愚弄するのか!」
矢を番える。エッセレが庇うように前へ出た。
「また女か。前も女に守られていたな、不甲斐ない人間め」
「私の方が弱いとは思いますよ。でも盾としては丁度いいんです」
エッセレが口を挟み、ベルトに提げていたポーチからナイフを取り出す。
「あなた方が何者かは知りませんが、シレント様に会話の機会を与えてください。私も意味もなく殺し合うような真似はしたくな────」
突然。風を貫く音がした。ヴォリーダによるものではない。まっすぐ飛んできた棘のある巨大な鉄球がエッセレの側頭部を捉えて殴り飛ばした。
シレントも反応できなかった。気配がまったく感じられず、建物に激突してぶち抜いた鉄球が一気に引き戻されたのを見て、唖然とする。
「オイオイオイオイ……。なんだよ、なんだよ。あんたにしちゃあ随分と手緩いな、五百年前なら挑発なんぞに乗らなかっただろうがよォ」
鉄球を仰向けの手にずしっと持って現れたのは、ヴォリーダよりもさらに巨躯の魔族。真っ黒い革のコートを着てフードを被った怪物が、無精ひげの生えた顎をざらざらと触りながら、呆然とするシレントに目を細めた。
「どうした、チビ。俺たちと話がしたいとかなんとか言ってたな?」
「ドルハダス。俺の邪魔をするんじゃない」
ヴォリーダがドルハダスと呼んだ魔族に鏃を向けた。
「ひひっ、面白いねェ。なら聞かせてもらおうじゃねえか、このチビに。俺たちを襲った五百年前から人間サマの何が変わったのかを、よォ」
巨躯がシレントの顔をニヤつきながら覗き込んだ。
想像さえできなかった言葉に、シレントはただ、短く声を発した。
「……え?」
哀れな豚でも見るかの冷たい視線がシレントを嗤う。
「オーイオイオイオイ! まさかな~んにも知らねぇのかァ!?……あ、いや、待てよ。なんとなく想像はできてた。どうせ俺たちを悪だとでも教えてるんだろ。この際だから俺ちゃんが優しく教えてやろうか、ボウズ?」
確認を取るようにヴォリーダを振り返る。彼は好きにしろとばかりに弓を下ろして、興味もなさそうにその場に座り込む。
「うんうん、いいぜ。そう来なくっちゃな。人間、名前はなんだ」
「シ、シレントだ……」
「そうかァ、シレント。特別に五百年前の真実を教えてやるよ」
ぐるっと背を向けて、鉄球をボールもかくやの軽々しさで投げては受け止めて弄びながら、ドルハダスは語り始めた。
「俺たちが生まれたのは正確には六百年前。全ての始まりはゼロの誕生からだった。魔物の持つ邪悪な魂に汚染された自然のクリスタルが、俺たちを創造した。当然、外見や力は魔物のそれをより強固にしたものだ。生命体としては人間よりも格がある。────だが、てめえらは俺たちの存在を許さなかったのさ」
するりと手から落ちた鉄球が地面にめり込む。
話を聞きながら、エッセレはどうなったのかと心配が尽きない。
「分かるか、ボウズ? ただ自分たちと違うという理由で排斥される側の感情が。分からねえだろうなァ。だからゼロは決起した。俺たちを集めて、人間に戦争を挑んだ。……あと一歩だったってのに、ゼロは人間に絆された」
鉄球に繋がった鎖を強く握りしめて、ぐるん、と振り始める。鉄球が風を引き裂いてブオンと音を立てた。
「てめえが今、ほざいたみてぇに人間サマはゼロに話し合いの場を設けた。謝罪がしたいと言い始めた。俺は聞くなと言ったのに、アイツはそれを信じた! だが奴らは話し合いの場に結界を創り、俺たちを封印しやがったときた! ハハッ、なんとも間の抜けた話じゃねぇか! 誰が信じるか、てめえらなんぞをよ!」
振り下ろされた鉄球を咄嗟に躱す。地面が叩き割れ、飛び散った破片が頬を掠めた。シレントは動揺が隠せない。彼らの話す歴史の正しさが分からなかった。そんなはずはないと、心で否定してしまった。
「聞け、ドルハダス! 君たちの怨みは分かるが、もう五百年前とは違う! 確かに人間の多くは君たちを敵に回すだろうが、僕は────ぐあぁっ!」
鉄球が脇腹に直撃して吹っ飛ばされる。いくつもの建造物はばらばらに消し飛び、いくつもの砲弾による破壊が起きたかのような光景を生んだ。
「ぐっ……くっ……! 待ってくれ、僕の話を聞いてくれ……!」
全身が悲鳴をあげながらもシレントは立ち上がろうとする。
砂を踏む靴の音が、ゆっくりゆっくりと近付いた。
「お、案外タフだな。だが悪ぃな、聞く耳は持てねえ。封印はもうじき完全に消滅する。兄弟たちが目覚めれば、二度目の戦争が始まるだろうよ。そうなりゃ次はねえ。この世は弱肉強食だ。それを教えたのはてめえら人間だろ?」
ああ、これは無理かもしれない。シレントが本気でそう思うほど、ドルハダスは今まで会ったどの魔族よりも〝冷酷〟という言葉がしっくりくる。
理知的でありながら暴力的で、既に結果に辿り着いた者を説得するのは難しい。それこそ力で止められなければ意味がない。暴力を止めるための話し合いをするには、まず暴力で解決しなければならないという矛盾を構えた怪物なのだ。
「じゃあな、ボウズ。理想は死んでから語れや、その気力があればな」
駄目か、とがっかりする。語らうにはひとりの人間では弱すぎる。
レアナたちを連れてこなかったのは、彼らと明確な敵対意識を持ってしまうからだ。余地があるなら彼女たちを連れずに行くのが正解だと考えた自分が愚かだったと、諦観を覚えた。後はなるようになるしかないのだろう、と。
だが鉄球は彼に当たらなかった。ふと俯いた顔をあげたとき、目を白黒させた。またしても鉄球を喰らっていたのは、エッセレだった。しかも二度目でさえ、また頭部に直撃していながら、彼女はピンピンした様子を見せた。
「話くらい聞きましょうよ、お互いに。そっちも随分とお喋りしたんですから、シレント様にも時間くらいは与えてあげたらいかがですか?」
怒りのこもった眼差し。強靭な精神力を見たドルハダスの表情が翳った。
「……頑丈なチビだな。俺の鉄球をまともに二度も食らって掠り傷もねえのか」
ジャラジャラと鎖を引き、呆れた連中だと鉄球を片手に持った。
「いいぜ、確かに一理あるが……ヴォリーダ、てめえはどうする!」
様子を見ていたヴォリーダが顔を背けたままふんと鼻を鳴らす。
「好きにしろ、お前が話し過ぎたのが悪い。それでは俺のことを言えんな」
「ひひっ。あんたのそういう性格は嫌いじゃねえよ、俺ちゃんは」




