第37話 ギルドの受付嬢
玄関を開けて視界に飛び込んできたのは、ルルが既に指先で魔力の球体を形成し始めている姿だった。まだ形を維持するのが難しそうだが、真剣な顔をして二人が部屋に入って来たことにも気づかないほど集中していた。
しばらく二人で黙って眺めていると、ルルの指先から魔力が弾けて消えた。集中が切れたというより、過剰な魔力の放出によって体内の生成が間に合っていない。しばらくの休憩を挟まねば、とても続けられる状態ではなかった。
「そこまでだ、ルル嬢」
「あ……ヴァーリーさん。でも、うまくいかなくって」
なんとなくのコツは掴んだが自分の魔力の足りなさに嘆いて、悔しさと悲しさで指先をぎゅっと握りしめた。
「魔力を増やす訓練が足りていないのだよ。どうせ帰るところもない根無し草だ、しばらくは町に滞在してあげるから、此処へ通うといい」
「え。じゃ、じゃあアタシ、弟子にしてもらえるんですか!?」
驚いて顔をあげる少女の期待に満ちた輝く眼差しが、ヴァーリーは眩しすぎて視線を逸らしながら、こほんと咳ばらいをして言った。
「君ほどの腕なら二週間くらいで冒険者として独り立ちできるだろう。シレントの仲間には少し頼りないかもしれないが、なに、短距離で強くなれるのは選ばれた人間だけだ。君は私と同じように時間を掛ければいい」
レオのもとでどれだけの修業を積んだか。ヴァーリーの実力も一朝一夕のモノではない。ルルの表情に花が咲き、緊張が消える。
「アタシもヴァーリーさんみたいになれますか?」
「もちろん。シレントのようにサボらなければね」
二人の視線が流れてきて、シレントがしらっと顔を逸らす。
「僕はいいんだよ。魔法使いじゃないし、レオにも性格的に向いてないって言われたから。荷運び人として皆に認めてもらえればそれでいい」
これ以上はいじられるばかりだとシレントは両手を挙げた。
「おじさんが二人も揃って言い争うなんてルルも見たくないだろ、話はここまでにしよう。とにかく、弟子に迎え入れられたのなら僕はそれでいい。……それで、ヴァーリー。ひとつお願いがあるんだけど」
「安い仕事で頼むよ。あまり深く関わりたくないのでね」
釘を刺されたが、シレントはどうあれ頼むほかなかった。
「ルルを家に送り届けてほしい。僕は少し用事があるんだ」
「……あまり良い用事ではなさそうだが、まあいいだろう」
深く会話を重ねる必要はない。シレントの眼差しを見れば、いかに彼が真剣で大きな問題を抱えているかは分かる。髭を触りながらひとつ頷いた。
「仕事があるなら行きたまえ。彼女の送迎くらいはさせてもらおう」
「はは、ありがとう。今後とも頼むよ」
急ぐようにしてシレントは二人を残して家を出た。
帰ったら怒られるだろうな、と思いながら向かった先は冒険者ギルドだ。
相変わらず淡々と仕事の処理をするエッセレが彼に気付くと書類に判を押すだけの退屈な仕事をやめて、柔らかい笑みで迎えた。
「いらっしゃいませ、シレント様。今日はこれといって皆様向けの依頼は来ておりませんよ。銀級程度の討伐依頼なら来ていますが────」
「廃都インサニアへのポータルを開いてほしい」
思わずエッセレは笑顔のまま固まった。頭の中で処理するのに時間が掛かり、シレントが何を言っているかを理解した瞬間に呆れた顔をする。
「現在は封鎖中です、ご存知でしょう。それに死にかけた場所へ単身でとは、さすがの私でもオススメはしません。何か落とし物でも?」
「落とし物といえばそんなところ。深くは潜らないから大丈夫だ」
「……困った人ですねえ。嘘を吐くのが下手だと苦労するでしょう」
ぎくりとして、シレントは冷や汗を浮かべながら何のことやらとぎこちない愛想笑いを浮かべたが、エッセレは眼鏡をくいっと持ちあげて拒絶する。
「駄目といったら駄目です。付添人が必要ですから。おひとりで来られたということは、仲間にも伝えていらっしゃらないのでしょう。残念ですが許可できません。お引き取り願うか、あるいは誰かを付添人にしてください」
「ええ~……。そこをなんとか頼むよ、エッセレさん。何か奢るから」
金で釣ろうとされると、明らかに不機嫌になった。
だが、エッセレは立ち上がると「少し待っていてください」と言って奥の部屋に消え、しばらくするとベルトに小さい鞄を下げて腰に巻きながら戻ってきた。
「そこまで言うなら私が付添人になりますよ」
「えっ! で、でも金級のダンジョンだよ!?」
「わかってますけど。なんですか、弱いとでも言いたいんですか」
はあ~、とあきれ顔で特大級のため息を吐く。
「どうせ事務仕事ばかりで食事すら栄養もロクにないものばかり食べてますよ。食べてるものもジャンクなら私自身もジャンクってことですよね。あなたみたいな冒険者から見れば私も所詮はただの小娘ですから仕方ないですけど。でもそういう偏見ってどうかと思うんですよ。近頃は若くたって強い人がいくらでもいるじゃないですか。レアナ様やクローディア様は、まさにその典型例だと思うのですが、シレント様の価値観は随分とレトロなところで留まっていらっしゃるようで────」
あまりの早口ぶりにシレントは気圧されてしまう。普段はギルドの天使とまで言われているエッセレが、ここまで毒が強いとは思わなかった。
「わ、わかったわかった! おじさんが悪かったよ! でも、本当に金級のダンジョンに入っていいのかい? もしかしたら命の危険があるかも……」
すっ、と何かが差し出された。ギルドの職員証だろうかと手に取って、目が飛び出しそうなほど驚いた。『冒険者ギルド特別白金級認定証』と書かれてある。
エッセレは自分の認定証を一緒に見ながら指を差して言った。
「冒険者同士の行き過ぎた喧嘩を仲裁するときもあるので、それなりに強くないと駄目なんです。だからスタッフの皆さんも大体は銀か金級の認定証をお持ちですよ。白金級は本当に数人しかいないので、ちょっと不足気味なんですが……もし荷運び人の仕事が上手く行かなくなったら、シレントさんもうちでどうですか?」
勧誘されて、シレントは引き攣った笑みが浮かぶ。
「か、考えておきます……」
「そうですか。じゃあ納得して頂けたので、さっそく行きましょう!」




