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最強パーティの専属荷運び人  作者: 智慧砂猫


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第36話 封印

 空のカップをそっと置き、期待に頬を赤らめて嬉しそうなルルを見る。風向きはまだ分からないが、少なくとも真面目な性格は評価できた。


「君は言われた通り、1時間のあいだにそれを完璧に仕上げたまえ。……シレント、久しぶりだから少し話さないか」


「ん? ああ、構わないよ。じゃあルル、頑張ってね」


 外に連れ出されたシレントは、せっかくならと煙草をもう1本取り出す。


「すまない、私にも1本貰えるかね」

「いいけど……やめたんじゃなかったのか?」


 差し出されて摘み取って咥え、ポケットの中にしまいこんでいたマッチ箱を手にして、退屈そうな顔で貧民街の人々を眺めた。


「吸わない理由がなくなった」

「えっ、もしかして奥さんと別れた?」

「違う違う、先立たれたのだ。元々病弱だったのでね」


 何も言わずに差し出せばよかった、と気まずさにしかめっ面をする。

 そんなシレントを横目に、ヴァーリーは煙草をくゆらす。


「三年は君に会っていないから伝えるのを忘れていたな」

「手紙でもくれれば良かったのに。葬儀は?」

「きちんと済ませた。今度墓参りにでもきてやってくれ」

「もちろん。彼女の好きだった銘柄の酒を持っていくよ」


 たっぷりの煙を吐いて、ふとシレントは尋ねた。


「それなら、どうして此処に」

「……長年の癖だな」


 妻を忘れられずにいたヴァーリーは、都市へ来てから意味もなく大量の魔法薬を買い込んだ。それからすぐに、もういないではないかと途方に暮れてしまった。


「持って帰っても良かったのだが、結局このあたりで配って歩いたよ。あれを見てみたまえ、あの駆け回る子供たちを。服どころか、体つきまで貧相だ。安い薬だってろくに買えやしない。どうにも放っておくけなくてね」


 気まぐれだったのかもしれない。あるいは天啓だった可能性もある。妻ならそうしたという囁きに身を委ねたとも言えるだろう。


 どこか懐かしむような視線を、シレントはふいに。


「昔の自分でも重ねた?」


 言われてみると、ヴァーリーは違和感の正体にそれとなく気付いていたが、はっきりと言い表せなかった。妻との出会いの証でもあり、自分の身に起きたことでもある遠い昔の話。フッ、と彼は微笑む。


「そうかもしれない。私自身、貧しいときに妻に助けられたからな。もしくれてやった薬を使うでも、売るでも、彼らの助けにはなるはずだ」


「……そんなに稼げないものかな。彼らの父親だって冒険者とかなら」

「冒険者であるだけで家族を養えるのなら、こんな光景にはならいない」


 シレントの言葉を窘めるように、ヴァーリーが続ける。


「近頃はその冒険者とやらも、稼げる人間は数が限られてくる。供給の足りた素材を誰が高値で欲しがるものか。少し前までは彼らが見下していた荷運び人の方が、今では安定した需要で稼げるような逆転が起きつつあるのだよ」


 まだ表面化していないだけ。シレントも気付いてはいた。最近のギルドでの素材の買取価格は下落の一途を辿り、銀級ですら稼げるのは上澄みだけだ。だからこそディルたちも金級への昇格を急いだところもあるはずだと分析する。


 一方、荷運び人はその職業自体が数が少なく、あらゆる場所へ荷物の配達が行えて死体運びまでするのだから、需要が尽きることはない。少ない収入の割には過酷な労働環境だと馬鹿にされてきたが、冒険者の中でも取れた素材に左右されない、どんなときでも安定した収入を得られる職ではあった。


「なるほどね……。それで、君の見立てだとどれくらい掛かりそう?」


「二十年で完全に逆転する。そもそもダンジョンが存在し続けると考える連中がおかしいのだ。私の予想では、もっと早くに今のシステムは崩壊していい」


 突如として各地に現れた謎のクリスタル。それらが放出する魔力によってダンジョンは構築される。今は場所によって優劣があるものの、誰も知らないような怪物がある日突然に召喚されて、人々を蹂躙しておかしくない。


 ヴァーリーはそもそもダンジョンから魔物が出てこないこと自体を不自然に考えていて、最近では個人的に調査まで行っていた。


「君は各地のダンジョンに存在するクリスタルを、一度でも壊そうと考えたことはあるかね。それが壊れたとき、どうなるかを考えたことは?」


「いや、ないけど……。君はあれをどう考えているんだ、ヴァーリー」


 興味のある話に、煙草を吸うのも忘れて耳を傾けた。


「少し前、とある方からゴブリンの巣窟に現れたクリスタルの調査を頼まれてね。調べたところ、大当たりだ。あのクリスタルには何かが封印されている」


「……封印? ごめん、もっと具体的に聞きたいんだが?」


 うんうん、とヴァーリーは自分の仮説を珍しく食い入るように聞くシレントを良く思い、勤勉になったものだと饒舌に語った。


「そもそもからして、魔力が魔物を発生させるだけあって邪悪なものが秘められているが、特殊な装置を使ってみると、クリスタルの中心部に異常な魔力を検知したのだよ。そこで私は仮説を立てた。あれは何か凶悪なものを封じ込めていて、内部の抑制しきれない何かがクリスタルを通じて魔物を発生させているのではないかと。あくまでただの仮説でしかないがね。ご静聴に感謝だ、シレント」


 普段ならばレオとしかしないような会話ができてご満悦だったヴァーリーは、ふとシレントを見ると深刻そうな顔をしていたので、眉間にしわを寄せた。


「私の仮説に何か疑問でもあったか?」

「いや、どちらかというと全面的に支持したい。そのうえで聞いてくれ」


 めいっぱい煙草を吸って、しっかり煙を吐き出す。

 リラックスしてからシレントは伝えた。


「ダンジョンを無暗に壊滅させると、そのクリスタルの中にいる厄介なのが目覚めるのは間違いない。もう何体かが目を覚ましてるのを僕は見たんだ」


「見た? 君が?」


 半ば信用しきれない問いが返ってくると、シレントは頷いて吸殻を足下に捨てて踏み潰してから────。


「レオも廃都で遭遇してる」

「……なるほどな。どおりで妙な仕事を頼んでくるわけだ」


 調査の依頼人はまさに、その当事者たるレオだった。ヴァーリーの腕を見込んでのことで、仮説を立てる上での先入観を排除するために具体的な説明は省かれていた。事実を知ると、彼は口ひげを少し強めに摘まんで引っ張った。


「それで、なぜ事実が公表されていない。何か問題でも?」


「ギルド側の都合だよ。ともかく、僕らはこの件で色々と考えていて。実は、その魔族と会話ができた。もしかすると和解もできるかもしれない」


 なんとも馬鹿な考えを、とヴァーリーはつい鼻で笑ってしまった。


「いや、失敬。そんな大それた馬鹿がいるとは思わなかった。……まあ、それが君らしくもあるというか。たかが荷運び人の抱える夢にしては大きすぎる」


「だからこそやり甲斐がある。もしよかったら君も手を貸して────」


 ばっ、と大きな手が彼を制止した。


「その先は言わんでくれ。私も長生きはしたい、妻のためにもね」

「……ああ、そうだな。ごめん」


 調子に乗った、としょんぼりするシレントの中をばしっと軽く叩く。


「理解したならいい。久しぶりに話せて良かった、もうそろそろ中に戻ろう」

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