第39話 驕り
ヴォリーダもドルハダスも話を聞く姿勢は見せつつも武器は構えている。聞くに値しないと判断した瞬間に殺すつもりだ。エッセレが小さく振り返って頷くと、シレントはこの好機を逃すまいと立ちあがった。
「なんでえ、脇腹が痛むのか? そっちは脆いな」
「多分、エッセレさんくらいに硬い子の方が珍しいと思うよ」
軽口を叩くと、緊張感が少し解れた。ドルハダスは容赦がないだけで、言葉さえ交えられれば気さくな男なのだろうと感じる。
「とにかく、さっきも言った通りだ。君たちはあまりにも強大すぎる。できれば戦わず、穏便に互いが生きてく方法を模索したいんだ。どうせギルド上層部や国は分かってくれないと思うけど……僕はなんとかしたいと考えてる」
ヴォリーダがチッ、と舌打ちをする。
「それが聞かせたい話か?」
「違う。ただ、君たちにも手伝ってほしくて……」
「五百年の怨みを耐えろと、馬鹿馬鹿しい」
「裏切ったのは五百年前の人間だ。少なくとも僕は裏切らない、約束する」
なぜ、こうも人間は腹立たしい生き物なのか。ヴォリーダは我慢できずに矢を番えてシレントを狙う。
「その首を差し出せと言われても、まだ協力しろと言うか!」
「首ひとつで君たちが人間を襲わないでいてくれるなら構わない」
真剣な眼差しがぶつかり合い、沈黙が生まれる。
見かねたドルハダスが獅子のたてがみを思わせる髪に手を突っ込んでガシガシと頭を掻きながら、鉄球を地面にごろんと落とす。
「俺ちゃんは反対だね。お前さんが裏切らないのは分かった、見逃してやるよ。そこのお嬢ちゃんと、そうだな、お前さんが信じられる仲間の命は保証してもいい。だがその他大勢の、俺たちと敵対する連中は話が違う。そうだろ?」
「だからそれを説得するまで待ってほしいんだ!」
必死の形相にドルハダスは虫でも見るように顔をゆがめた。
「気持ち悪い奴だな。人間と魔族は敵、その構図に何の問題がある。ある日突然裏切られた俺たちと、仲良しこよしで肩組んで生きてきたお前さんたちとでは命に対する価値は重ならねえ。わかったら────」
急にドルハダスが口を噤み、大きな手で顔を覆ってがっくりする。同様にヴォリーダも非常にマズいとでも言わんばかりに、背中を丸めて片膝を突く。
「貴公らが戻らぬゆえ様子を見に来たが、これはなんの真似だ?」
黒い竜巻が起き、その中から悠然とゼロが現れた。甲冑は身に付けておらず、今は漆黒の煌びやかなドレスに身を包んでいる。だが、片手に剣を握っていた。
「申し訳ねえ、ゼロ。この馬鹿な人間が俺たちと和解したいなんざ言い出すから、面白がって耳を傾けちまった」
「返す言葉もない。俺たちの非だ、首を差し出そうか」
怪物として映っていた二人も、ゼロの前では忠誠を見せた。
「不問と処す。しかし、二度も会うことになろうとはな」
「……君に会いにきたんだ」
「よい、許す。貴公の言い分は理解できる」
ゼロは剣をシレントの前に投げて転がす。
「余は争うことが嫌いだ。しかし裏切られた憎しみが癒えることはない。その剣を以て首を掻き切るがよい。されば今しばらくの時間は与えてやろう」
「どうしても、君たちと争うことになるのか」
剣を拾いながらも、シレントはそれを構えることはない。
求めたのは対話だ。対立ではないのだ。
「五百年前の君たちの話が真実だとすると、今の世の中に広がる戦争の話は英雄の話は全て噓だったことになる。僕はそう思いたくはない。でも、どうしても君たちが嘘を吐いているようには見えない。もう少しだけ時間が欲しい。そのあいだ、誰も殺さないでくれないか。もし説得が出来れば、きっと君たちの封印も……」
ゼロがすうっと手を水平にあげ、人差し指だけをぐんっと曲げた。
直後、エッセレの片腕がブツッと音を立てて千切れ飛んだ。
「────えっ?」
自分の片腕が吹き飛ばされたことを理解するまでに数秒かかった。エッセレは決して戦闘能力は高くないが、その防御に関しては他の追随を許さない耐久性を誇っている。ゆえにドルハダスの鉄球でも簡単には傷つかなかった。
なのに、今。鮮血を溢れさせながら、遠くへ転がった腕を見つめて膝を突いている。思わず意味もないのに傷口を手で押さえ、滝のように流れる血を堰き止めようとした。現実が体を突き抜けた瞬間、エッセレは呼吸が浅くなっていく。
「エッセレさん! ちょ、ちょっと待って、すぐポーションを────」
剣を捨てて、すぐボンサックの中から薬を取り出そうとする。
「ならん」
残りの指が全て下げられた瞬間、シレントのボンサックがズタズタに引き裂かれた。なんでも入る代わりに重量が格段と増える以外の、もうひとつのデメリット。壊された瞬間、魔法は消滅して異空間の中にアイテムは失われてしまう。
「な────」
血だまりの中に、エッセレは力なくべしゃりと倒れる。シレントが慌てて体を抱いて支えたが、彼女の虚ろな瞳まではどうしようもない。
「どうしてだ、ゼロ……! 争いは嫌いだと言っていただろう!?」
「それが貴公らを殺さぬ理由になるのか?」
どこまでも深い憎悪に満ちた瞳。人間なぞどうなっても構わないという、かつては温かさすらあったであろう瞳の強い軽蔑がシレントをつっぱねた。
「しかしながら、そうまでして余らに縋る必死さに免じて、ひとつだけ譲歩する道を示してやろう。その娘を捨てていけ。それを貴公の余に対する忠誠として受け取ろう。さあ、選ぶがよい。時間はそう残されていない」
小さな命ひとつを救うか。あるいは犠牲にして大勢のために動くか。
選べるわけがない。小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「……無理だ。僕は彼女を助けたい。僕なら死んでもいい、交渉は決裂で構わない。だがせめて、彼女は巻き込まれただけだ。此処から逃がしてほしい」
今日ほど自分の選択を後悔したことはない。レアナたちを危険に晒したくないがために、エッセレを連れてきてしまったのは傲慢だった。自分ならば言葉を交わせるという尊大な驕りが招いた結果だと。
涙すら流す男の姿をゼロはただジッと見つめて、背中を向けた。
「帰るぞ、ヴォリーダ。……ドルハダス、後の処遇はそなたに委ねよう」
黒い竜巻の中へゼロとヴォリーダは消えていく。残されたドルハダスは、両手をあげて肩を竦めながら、目の前にいる男にへらへらと嗤った。
「おっかねえよなァ。いくら頑丈なお嬢ちゃんでも、ゼロにかかりゃあ赤子の手を捻るみてえなもんだ。最初に比べて良いツラしてるぜ、お前さん」
鉄球を拾い、ぐるんぐるんと回し始める。風を裂く音が耳に痛い。
振り下ろされた鉄球はシレントたちから逸れて離れた場所を叩き割る。
「おっと、外れちまったか」
「……!」
シレントは何も言わない。ただ、エッセレを抱きかかえて走り出した。
逃げていく小さな背中をドルハダスは追わなかった。
「さあて、俺も帰るとするかね。ゼロのご機嫌を取らねえとな」




