第34話 大事な相談
ただ泥臭く生きてきた。それでいいと思っていた。
背負うのは積み荷と、無事に送り届けるという責任だけだった。
だが、それは少しずつ変わっていった。良くも悪くも、ディルと知り合ったことでシレントの人生は大きく動き始めた。知らなかったことまで知り、会うはずのなかった人々と出会い、縁を繋いできた。
もう手放したくない。ヴォリーダとの戦いで、心底思わされた。
「……強かったな」
今はすっかり塞がって綺麗な、穴の開いていた場所を手でなぞる。
どんな魔物が相手でも立ち回って逃げてきた。戦って隙を作ることもあった。荷運び人として初めての敗北。死を覚悟した瞬間は、思い出してもゾッとする。
「弱気になってたまるか。僕だって……やれるよな……?」
シャワーを浴びる間、ずっと撃ち抜かれたときの光景が蘇った。レアナなら弾いたか。クローディアなら躱したか。そのどちらもが叶わなかったとき、自分なら守れたか。どれも否。想像を超えているのだ。
「はあ……。やっぱり和解できたら一番だよな」
戦えばどれだけの犠牲が出るかも分からない。国の支援が仮に無条件で得られたとしても、大勢が命を落とす結果になれば精神が耐えられない。
今は考えても仕方のないことだとすっぱり諦める。無理に頭を使ったせいか、まだ少しぼんやりした感覚も抜けきらない。浴室を出て、少しは頭の冴えもマシになるかもしれないと深呼吸をして落ち着く。
新しい服に着替えると気分もさっぱりする。
「あら、深夜に誰がと思ったらシレントさんだったのね」
「あ、ルル。どうしたんだい、こんな夜中に?」
「ううん……喉が渇いただけ。でも起きてるなら少し話せるかしら」
「いいけど、ここは寒いから僕の部屋でいいかな」
浮かない表情に、きっとよほどの悩みがあるのだろうと感じた。
なにしろルルはパーティの中では支援魔法中心で、どちらかといえばシレントと同類だ。戦うことは出来ず、護ることに特化している。
「さあ、どうぞ。ベッドにでも腰掛けてくれ」
「ありがとう。あなたにはいつも世話になってばかりよね」
「僕にできることって少ないからね。それで、話って?」
ルルはなかなか言えなかった。
本当に良いのかどうか迷いながら、ぎゅっと膝の上で拳を握った。
「レオさんを紹介してほしいの」
「彼女を……確かに、それはいいかもしれないが」
最強の魔法使いの指導があれば、せめて今よりは成長できるはずだと信じてのルルの頼みに、シレントは難色を示す。
「あの人が教えるのは最初から強い子だけだからなぁ。仲良くなれば僕みたいな例外もあるが、あてにするのは無理だと思う」
「そっ……そっか……。残念、アタシの贅沢な悩みだったかしら」
がっかりするのを隠しきれない。必死になって沼の中をもがくような苦しさに、いつまでも浸かってはいたくない。どうにかして自分にも師匠ができればと期待を抱いたが、見事に透かされた感覚だった。
その代わり、シレントは指をぴんと立てて、ひとつの提案をする。
「せっかくなら他に良い知り合いがいるけど、どうかな」
「……シレントに他の魔法使いの知り合いが?」
「うん。レオの友達で、おじさんより少し若い子。才能はずば抜けてるよ」
「あ、会う! その人でいいわ、強いんでしょ!?」
目にギラギラと熱意を滾らせて迫った。
きっとこれが最初で最後のチャンスになる、と。
「強いよ。少なくとも、君の期待は多分大きく上回るような人だ。けど、めちゃくちゃ厳しくもあるから……明日、連絡を取ってみようか?」
「そんなに早く会えるのね。お願いするわ!」
熱心だなあ、と圧されてシレントも苦笑いしてしまう。
魔法使いでも支援に特化した者は少なく、ルルはそのひとりだ。後衛で戦闘に加わるのは些か勿体ないのでは、と考えが過った。
「君の支援魔法も低級のわりにはかなり強力な補助が付くけど、それだと足りないって感じてるのか?」
「……そんなところ。シレントは魔法使いのこと、よく知らないでしょ」
言われてみれば、と思う。
ルルが話したそうだったので、耳を傾けた。
「そもそもから話すと、すべての人間は魔力を宿しているわ。でも、これは生まれつき差があるもの。ただし、特殊な鍛錬を積むことで魔力を増やせるの。世の中の魔法使いたちが消費の激しい魔法を使っても涼しい顔をする理由はそれね」
単純に魔法を使えば育つというわけでもない。本来は放出する魔力を待機から逆に取り込んで、限界を超える形で蓄える。そうすると肉体に負荷が掛かるが、慣れていくと蓄積できる基本的な量が増えていく。
すべての魔法使いはそうやって魔力を増やす。もちろん、ルルもそうしてきた。だから魔力だけは十分に持っているが、それを制御する術を持たない。
魔法は上級になるほど必要な魔力量と体力、加えて緻密な魔力の流れをコントロールする必要がある。僅かでも間違えば、自分の命を危険に晒すほどに。だからルルは危険の少ない支援魔法にのみ特化してきたのだ。
「ディルに見捨てられたとき、周りの魔物を蹴散らしたのはシャーロットよ。あの子は放っておいても金級になれる。でも、アタシは? どれだけ訓練を重ねても、足がすくんだりして、感情のせいで魔力のコントロールも怪しい。それじゃあ生き残れないどころか、仲間を死なせてしまう。それは違うって思ったのよ」
恐怖の克服と、さらなる魔法の習得。そのために優れた師匠を得て、もうひとつ先のステージへ進みたい。真剣にそう思い始めると、悔しさで涙が零れた。
「アタシじゃあ、あなたを救えなかった……。あのとき、もしレオさんがこっちへ来てくれなかったら、あと数秒遅れてたら、シレントさんは死んでた!」
悲痛な叫びを慰めるでもなく、シレントはへらへらと笑いながら返す。
「大げさだなあ。あれは君が処置してくれてたからレオが間に合ったんだよ。いくらあの人でも、死の間際まで迫った人間を救うのは無理だ。君が気を失うまで治療を続けてくれてたのだって大きい。ヴォリーダから逃げる隙を作ったのも君だろ。風の支援魔法で体が軽かったからね。でも、努力したいなら僕も手を貸すよ」
そうだ、と思いついてシレントがボンサックの中に片付けていた書簡セットを取り出して、高級な羊皮紙に書きなぐっていく。
「明日、時間があるときでいいから此処を訪ねてみてくれ。もしかしたら、今は都市にいるかもしれない。あいつはよく薬を買いにくるから家があるんだ」
「こんな高級な紙に地図……その書簡セット、数万は下らないでしょ」
「ああ、でも貰い物だからね。僕には大した価値じゃない」
誰かに手紙を出す習慣もなく、友人と言えば片手に数えられるほど。シレントには書簡セットなど、ただの邪魔でしかない。処分できる都合の良い理由にもなったと微笑んだので、ルルはなんとなく腑に落ちないものの地図を受け取った。
「なんて言って訪ねればいいかしら」
「ヴァーリーって男に、シレントの紹介で来たと言えばいい」
「わかった、ヴァーリーね。ありがとう、相談に乗ってくれて」
「僕でよければいつでも。さ、夜も遅いからそろそろ寝ないと」
名残惜しさもありつつ、ルルは仕方なく背中を押されるので部屋を出た。きっと疲れているはずだと思い直して、シレントに深く頭を下げた。
「今日はありがとう、シレントさん。また何かあったら頼らせてね」
「うん。じゃあおやすみ、ゆっくり休んで」
ルルが部屋に戻っていき、シレントは部屋の扉を閉めると静かにベッドに寝転んで、天井を見上げながら情けないため息が出た。
「……大事な話を聞くって、疲れるんだなぁ」




