第33話 居場所
そうして、目を覚ましたのが深夜をまわってからだ。重たい体を月明りが照らす中で、もぞもぞとシレントは起きあがって、外を見た。今は何時だろうか。深い眠りについていた気がすると同時に、大きなあくびが出た。
「……風呂、入らなきゃ」
結局、自分の荷物を広げるのも忘れていた。灯りを点けてボンサックの中から自分の着替えを取り出して、浴室に向かう。家の中は真っ暗で、きっと気を遣って誰も起こさなかったんだなあと優しさにしみじみする。
そうして洗面所の扉に手を掛けた瞬間、中からうっすらと漏れる灯りに気付く。だが、反応が少し遅い。薄っすらと眠気が覚め切っていなかったからか、開けてしまった。まだぼんやりとした視界には、半裸でタオル一枚を首から掛けるクローディアが映った。ほかほかの空気を纏い、歯を磨いている最中だった。
「……あ……その、閉めて頂けると嬉しいのだが……」
クローディアも目の前の光景に戸惑いながら、冷静に対処する。
ようやく事態を把握したシレントはただ無言で扉を閉めた。
「ごめん……完全に寝ぼけてた……」
「いやあ、気にしなくても構わん。同居していればよくある話だろう」
申し訳なさにシレントは扉に背を預けてずるずると落ちていき、座り込むと両手で顔を覆った。疲れているとはいえ、またマズいことを。
「よくあっちゃ駄目なんだよ。これで二度目だぞ」
ぎい、と扉が開いてそのままシレントは後ろに倒れた。
「……えっと。クローディアさん、服を着てもらえませんか」
「タオルで隠しているだろう。それより二度目とはなんの話だ」
明らかに侮蔑的な視線が怖い。シレントはぎゅっと目を瞑って話す。
「ほら。前にレアナと宿にいただろ。あのとき、偶然同じところに泊まりにきてさ。レアナが一緒の部屋でいいって安く済ませたから……できるかぎり目を逸らしてたんだけど、あっちはなんというか……」
「ダイレクトに見たという話を私は聞かされているのか?」
冷ややかな声に黙って頷く。
「うむ、まあ……レアナ殿は傍目に見てもスタイルが良い。剛腕の割には華奢で筋肉も程々だ。魔力による強化幅が大きいのだろうな。私にはそれがない」
否定はされず、それどころか悔しそうな声が滲んできて、ついシレントは目を開けてしまった。と同時に、ふわっとタオルが顔に掛かった。
「ごめん」
「別にいい」
自然と視界が遮られるとシレントもホッとする。
「そういえば、話し方がいつもと少し違うね。甲冑も着ていないのに自然に話ができてるし……もう僕らには慣れてもらえたってことかな?」
「昔の仲間は視線が明らかだったが、貴殿らにはそれがないだろう」
甲冑に身を包む前は軽装で、どこのパーティでも姫のような扱いを受けた。当然、男たちに下心があったのは視線で丸わかりだ。いっそ男であればどれほど楽だったかと思うほどの屈辱。騎士でありながら戦力として数えられず、ひどいときは『優しくしてればあれくらいチャンスあるだろ』と陰で言われていた。
侮辱にも程がある。実力で冒険者の地位を得てきたはずなのに、気付けば功績は彼らのものとなって、自分はお飾りとして扱われた。最悪の気分だった。
「私が求めたのは自由だ。冒険者になって周りを納得させられるだけの実力を得て、古い鎖を断ち切り、自由を手にするのが夢なのだ。自分の立場も捨てて、気の合う仲間と共に過ごす……。此処は私の理想だ、シレント殿。レアナ殿にキツく当たったりもするが、決して私に忖度しない彼女らの態度は少し嬉しい」
何度も何度も、新しい仲間を得ては別れてきた。メリー・バンチのパーティ募集の張り紙を見て『これを最後にしよう』と決めて藁にも縋る思いで足を運んだ。もしかすると、ここも変わらないかもしれないと不安を抱きながら。
『印象のすれ違いなんてよくあることだろ。今後に期待させてもらうさ』
そのひと言に救われた。シレントやレアナにとっては何気ない会話のひと言だったはずだ。それでも、自分に実力を求められていると分かって嬉しかった。自分の居場所は此処だと実感した。
「私は神へ信仰を捧げるように、貴殿らと共にあることを誓う。いつか、このパーティがなくなって別れるその日まで、絶対だ。何があってもな」
「……うん、そっか。それじゃあ、僕がおじいさんになっても仲間だ」
荷運び人はいくつになっても変わらない。足腰が壊れて二度と立てなくなるそのときまで、シレントは荷運び人だ。クローディアは嬉しそうに微笑む。
「期待してるよ。それでは失礼したな、もう着替えたからタオルを取っても良いぞ。目を塞がれて窮屈しただろう、申し訳なかった」
「いやあ、僕が悪いから……。おやすみ、ゆっくり休んでよ」
タオルを取って、ようやくクローディアの顔が見れたと笑った。
「うむ、おやすみ」
嬉しそうに2階へ上がっていくのを見届けて、シレントも湯浴みの準備をする。洗面所の鏡に映った疲れた顔を自分を見て、がっくり落ち込んだ。
「二十代の頃とは全然違うなぁ……。しわも増えたし、なにより体力が落ちた。偉そうに言っちゃったけど、本当に死ぬまで荷運び人続けられるかな」
若い頃と変わらないのは鍛えられた身体の見かけだけだ。中身はなんともしょぼくれた性能にまで落魄れてしまった。疲れは溜まりやすくなり、寝落ちすることも随分と増えた。脂っこいものは胃もたれすることが多い。
食べる量もいくらか減った。今はもう、ただレアナたちが若いというだけで羨ましくなってしまうほど彼女たちの元気たっぷりな姿に自身の老いを感じる。シレントもこれにはトホホと目に涙を浮かべた。
(いまさら若い頃に戻してくれなんて思わないけど、皆に負けないくらい努力しないとなぁ……。戦闘もほとんど役立たずだから、できることはやらないと)
魔族のことばかり考えてもいられない。今後、パーティの専属荷運び人を続けていくうえで、彼女たちの足手まといになってはならない。慈悲で席を与えられるようでは駄目だ。鏡の前で頬をばしっと叩いて気合を入れた。
「よしっ、明日からもっと鍛えよう。皆と肩を並べられるくらいに!」




