第32話 また明日
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スカンダリの馬鹿げた提案を蹴って家に戻ると、原型も忘れそうなほど贅を尽くされた大きな家が完成していた。庭の広さに対してならば小ぢんまりしていると言わざるを得ないが、しかし彼らにとっては大きすぎるくらいだ。
「お得意様がやっと帰ってきおったか」
ドワーフの作業員たちには疲れの色が見える。彼らの代表だけが涼しい顔をしていて、帰ってくるのが遅いと難癖をつけて値段を釣り上げようとする。
「随分前にできあがっておったぞ。待ちくたびれたわい」
「延長料は払わねえぞ、ジジィ。セコい手使って小遣い稼ぎか?」
「……チッ。相変わらずな小娘じゃの、口の利き方を知らん」
「こっちは払うもん払ったんだ、酒代が欲しけりゃ態度を考えな」
一歩も譲らないレアナに交渉は無意味だ。不満げにしかめっ面をして、ドワーフの棟梁はふんぞり返った態度で仲間を連れて帰っていった。
「あれで良かったのかい?」
「いいんだよ。下手にでりゃあ、つけあがるからな」
ドワーフと人間の関係は良好とは言えない。だが、生きていくためにはビジネスという繋がりが必要だ。レアナは、そんな彼らの技術に金を支払っているのであって、要求されれば金を差し出すほど寛容ではない。
金払いが悪くとも、ドワーフたちが仕事を断らないのを知っている。なにしろ毎回、払うのは山ほどの大金だ。数少ない大口の取引先を失うデメリットを鑑みれば、彼女との関係が最悪でも仕事を受けない理由はなかった。
「さ、とにかく中に入ろうぜ。私らの新居がお出迎えだ!」
おーっ! と声と足並みを揃えて、二枚扉になった玄関を開ける。入ればすぐにキッチンとダイニングがあり、前は4人くらいが精々の空間も様変わりして、今より売以上の人数がいても広々と快適な空間になっている。
「見て、シャーロット! お風呂すごく広いわ!」
「あらあらまあまあ。これなら五人で入れそうですわね」
「なんでシレントさんまで数に入れてんのよ」
浴場で盛り上がる二人をよそに、レアナは2階へ上がって自分の寝室を開ける。前と同様に広いバルコニーに繋がっているが、窓はより大きく光が取り込みやすいように変えられていた。開ければ風がびゅうっと飛び込んでくる。
「うわ、寒っ。壁全体を窓にしちまうとか大胆だな。カーテンは?」
「こっちに畳んであるみたいだよ。僕が掛けようか」
「さっすが、シレントは旦那向きだな。気が利いてて最高」
些細なことで褒められると、シレントも少し照れた。
「別にこれくらい僕じゃなくてもやるよ」
「馬鹿言うなよ、あのディルとかいう奴がやると思うか?」
「あ~……それはなさそう……」
女を道具として見ていたのだ。どちらかと言えばカーテンを掛けるように指示する側に違いないと思うと、なぜだかフフッと小さな笑いが零れた。
「おお、ふたりとも。我輩の部屋も広くなっておったぞ。前は二部屋しかなかったのに、上下階合わせて8部屋ほどある。シレント殿もソファ卒業だな?」
「お、いいな。じゃあ1階の部屋を貰おう。朝食の準備とかしやすいし」
掃除、洗濯、料理とあらゆる家事はシレントの仕事だ。ダンジョンへ行けばレアナやクローディアが中心となって戦闘を行うので、それでは突っ立っているだけに近い荷運び人として仕事の配分が不公平だと考えて申し出た。
これまではソファだったので疲れが取れないことも多々あったが、今度からはベッドでゆっくり眠れると思うと、シレントも楽しみが増す。
「ところで、我輩としてはふたりに聞きたいことがあるのだが」
「ん? なんだい?」
「その……なんだ。パーティ会場で何かあったのか?」
最初は休憩室で口づけでも交わすような距離で話していたので、クローディアも不健全だと叫んだが、バルコニーへ出ていた2人とスカンダリが話し込んでいるのは見ていた。わざわざ聞き耳を立てるのも失礼だと思って言わなかっただけだ。
「あのアホの皇太子様が、私にテメーの娼婦になりゃ支援を出すとかほざいてたんだよ。あんな間抜け面のくせして自分がモテてるとか勘違いしてんだろ」
思わぬ言葉にクローディアもぎょっとする。
「よもや皇太子殿下がそのような……いや、女遊びをしているとは聞いていたが、そこまで随分な下種に成り果てていたとは」
「クローディアは彼について知ってるのか?」
シレントが尋ねると、彼女はバツが悪そうにふいっと顔を逸らす。
「知らぬ。ただの噂が偶然、耳に入っていただけだ」
「……そっか、わかった」
深追いはしない。兜の向こう側に隠れていても、クローディアが話したがらないのには理由があるのだと納得して話を終わらせた。
「んん~っ、それにしても流石に疲れたね。細かなことは明日にして、今日は風呂にでも入って眠ろう。僕は先に部屋で荷物を整理してくるから」
「おう。風呂が空いたら声掛けにいくぜ」
ありがとう、と手を振ってシレントは自分の部屋に向かう。
ようやく手に入った自室の扉を開ける瞬間は、ここ最近でなによりわくわくした。少年が初めて部屋を貰うときのように。
(おお、広い。机もベッドも手作りで寸分の狂いもない……。ドワーフが見た目よりも手先が器用なのは知ってたが、家具職人も廃業しそうなレベルだ)
バッグを窓辺に置き、ベッドに腰掛ける。マットまで用意してくれているとはありがたい、と体を横たわらせて、天井を仰ぎ見た。
冒険者になって五年。今のパーティを組んで、まだ日の浅いうちに、あまりに多くの出来事があった。振り返ってみればよく生きてたものだと自分に驚く。
特にヴォリーダに肩を撃ち抜かれたときは死を覚悟した。たった一本の矢が骨まで抉った、痛みすらも分からないほど瞬間の出来事。二度と経験したくない記憶。もしあの場にルルとレオがいなければ命を落としていた。
「……うん。再会できたのはツイてる」
大きなあくびが出て視界がぼやける。まるで夢のような毎日が続いていて、未だに実感が湧かない。荷運び人が仲間から頼られる。助けてもらえる。そんな幻想があっていいのだろうか、と思ってしまう。
君ならできると言ってボンサックを譲ってくれたレオがいて、仲間は多い方が楽しいと思わせてくれたレアナやクローディアがいて。命懸けて助けてくれたルルや、弱い自分でいたくないと、護りたい仲間として見てくれるシャーロットがいて。ただの荷運び人で、それもいい歳をした男が、こんなに幸せでいいのか。
そんなことを考えて、また明日が来ることを願いながら眠りに落ちた。




