第31話 お断りだ
姑息だとは分かっていても、シレントは明確に拒否できなかった。
レアナの性格が前のめりな姿勢なのを見抜いて、つけ入る隙を与えたのだ。決闘で勝てば期待通りの成果が得られるという餌を撒いた。無知のふりをして。
ただの女好きであればいい。だが、スカンダリは狡猾だ。勝てる算段もなしに決闘を安易に提案するほどの間抜けではない。確実に裏がある。一度は言葉を呑み込んで様子を窺おうとしたシレントも、流石にレアナを止めようとした。
「聞く耳なんか持たなくていいよ」
ふん、とスカンダリが鼻を鳴らして割って入った。
「本当にそうかね?」
大げさに手を広げて、さも素晴らしいことのように語り始める。
「俺の提案に乗ればいい。何も卑怯な罠を仕掛けようって話じゃない。こちらも相応に腕の立つものを用意するさ。こう見えてフェアな賭けは好きなんだ。それに勝っても負けても、君たちは俺の協力を得られる。国家を丸ごと君たちが動かすようなものだ。負けたとして、ひと晩だけ体を許せば君たちは英雄に出世できるかもしれない。俺も英雄の女を抱いたと箔が付く。互いに悪くない提案じゃないか?」
どんどんと前に出てきて、レアナに近付こうとするのをシレントが立ちふさがる。やれやれ、とスカンダリは煙草の吸殻を足下に捨てた。
「往生際が悪いぞ、シレント。君はあれか、人の恋路を邪魔するのが好きなのかね。悪い趣味だとは言わないが、控えた方がいい」
「気に入った女を手当たり次第に抱く方がいいですかね、皇太子殿下」
言い返されて、くたびれた雰囲気よりもずっと威勢が良く見えて驚く。
だが、その程度で折れるスカンダリではない。
「女も喜んで俺の部屋に来る。レアナ嬢もそうなるとも。ひと晩中、娼婦のように艶めかしく振る舞うだけで大きな特権を得られるのだ。権力は濃い味がするものさ。一度味わえばやめられないほどの高級な味わいがある」
シレントを突き飛ばして俯くレアナの前に立ち、その顎に指を伸ばす。
「さあ、答えを聞かせてくれ。もちろん、決闘を受けて────あがっ」
顔を鷲掴みにされ、ぐぐっと力を籠められて痛みにスカンダリは膝を突く。
「調子に乗ってんじゃねえよ、今ここで殺されてえのか?」
「な、なんふぉひって……」
とてつもない殺気が滲む。レアナの表情は、今ここで国賊になろうとも後悔しない、とハッキリ言えるほど冷え切っている。
「きもちわりーんだよ。最初は仲間のことも考えたが、そもそもテメーみたいな好きでもねえ男に見せてやるほど私の裸は安かねえ。ブサイクな面引っ提げてやがって、権力振り回せば女が誰でも尻尾を振ってくれるとでも思ったか」
ぐいっと押してスカンダリを転ばせると、背を向けて中に戻ろうとする。
「この生意気な女め! よくもやってくれたな、後悔するぞ……!」
「他人の怨みなんざいくらでも買ってきた。テメーのも買い叩いてやるよ」
みっともない姿を晒すわけにはいくまいとスカンダリは彼女を追わなかった。生誕記念のパーティで平民の女を誘ってフラれた挙句、尻もちをつかされたとあっては、あまりにもな生き恥だ。
そうして、レアナとシレントは中に戻るなり、近くにいた執事の男に声を掛けて休憩室まで案内させた。シャーロットたちが話を終えたら、さっさと帰ることに決めて二人で待つ。聞こえてくる声がひどく不快になった。
「悪ぃ。私が馬鹿だった」
「いや……僕は別に怒ってないよ」
「怒ってただろ、嘘吐くなって」
「あれは怒ってたというか、咄嗟に」
椅子に座ってうつ向いたまま顔を逸らすレアナを、シレントも直視できずに視線を別の場所に投げた。なんとも気弱なことだと思いながら。
「あ、っあのさあ、シレント。さっき言ったことだけど……、忘れろよな」
「えっ? ごめん、何を忘れろって?」
「いや、いい。別に分かんなかったならそれでいいんだよ」
「えぇ、言ってよ。僕に怒るのは分かるけどさ」
止めるためとはいえ、咄嗟に語気を強めてしまったのは事実だ。レアナを怯えさせてしまったのかもしれないと思って傍に寄り、きちんと顔を見ようとする。それは細い手によって顔をむぎゅっと押されて遮られた。
「えっと、レアナさん? なんで僕は顔を押えられ、いだだだだだ!」
指に力が籠められてこめかみを押され、シレントは痛みに悲鳴をあげた。
「うっせーよ、ばか。そんなに痛くしてねえだろ」
「思ってるより痛かったけど!?」
解放されるとこめかみを擦りながら、涙目に言った。
「さっきから変じゃないか。なんでそんなに────あっ」
レアナの顔が茹でたように真っ赤で、どこかバツの悪そうな顔をする。シレントのことが直視できず、どうすればいいかも分からんと歯痒そうに。
「お前もう喋んな。言っただろ、私だって羞恥心はあるんだよ」
「ごめん……。そうだよな、皇太子があんなに下品だなんて思わなかった」
「はあ?」
「いや、ほら。娼婦がどうのとか。君も気に障っただろ」
「ばっかじゃねえの、本当に」
どこまで鈍感なんだよと思いながら、胸倉を掴んで引き寄せた。
今にも唇が触れそうな距離で、レアナはうんざりな顔で見つめた。
「私がさっき言いたかったのはな────」
「すまぬ、此処に二人が来てると聞いたのだが……」
休憩室の扉が開かれた。先頭をクローディアに、その後ろにはルルとシャーロットもいる。瞬間、天使でも通り過ぎたような静けさが抜けていった。
「まあまあまあ……。こういうこともありますのね」
「アタシは何も見てない、アタシは何も見てない」
シャーロットは興味津々で、ルルは自分の被っていた帽子で顔を隠す。
クローディアがふたりを下がらせて、がちっとドアノブを掴む。
「場所を考えろ、不健全共が────ッ!」
吼えながら、壊れそうな勢いで扉を閉めた。
シレントもレアナもさすがにぽかんとしてしまったが、数秒もすると我に返った。それから同時に顔を真っ赤にして彼女たちを追いかけていく。
ずんずん歩いて帰るクローディアを前にシャーロットは楽しそうで、ルルは恥ずかしそうに帽子で顔を半分隠したままだ。完全に誤解されていると分かり、今度ばかりはレアナも必死になって否定する。
「あのな、そうじゃねえんだよ。あれはそういうのじゃなくて!」
「そうそう、ただ僕が怒らせたみたいで、こう、脅しみたいな?」
「それ! 私もちょっと叱ってやりたかっただけ!」
完全に閉じたバイザーの向こう側から感じる冷めた視線。
クローディアは立ち止まって、ぼつりと。
「我輩は、そういうのまだ良くないと思う」
「……えーっと。なんだ、お前。初心すぎやしねえか?」
また空気が悪くなりそうな気配を感じ取ったシャーロットが間に入り、どうどうとレアナを押し退けて、クローディアと腕を組む。
「まあまあまあ、今する話じゃないわ! ひとまず帰りましょ!」




