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健康になろう!

アクセスしていただきありがとうございます。


高貴な吸血鬼がおっさんと親交を深めるお話の第2話です。


気分次第で更新予定

 俺は脇役だ。とある男の人生を薔薇色に彩るために俺は存在している。その男の名は輝間 唯希(ひかるま ゆいき)。脇役は主人公を引き立たせるために全てをかけるべきであり、そのために存在感を示すべきなのだ。そんな俺だが……


「で、あなた今日ご飯は食べたの?」


 なぜかこの吸血鬼、ガーネットと契約を結んでいた。人外との出会いは主人公の特権なはずなのに、それが俺を享受してしまっているのだ。

 こんなことを避けるために俺はひっそり生きているのにどうしてこうなったのか?脚本家の気まぐれに翻弄されるのはいつも俺たち演者だ。


「ちょっと、無視しないでくれない?」


「あぁ、悪い……さっき返ってきたところだから飯はまだだ」


「そ、じゃあ私がご飯作るから。しばらく待ってなさい」


 時刻は気付けば22時を回っていた。あまりにも非日常なことが起こったために時間を忘れてしまっていた。ちなみに何が起こったかというと、この吸血鬼は俺に食事現場を見られた結果、なんやかんやで俺と契約して俺を健康にするなどと言い出したのだ。

 俺はもう33だぞ?健康なんか気にしても遅いと思うんだが……と、情報を整理していたところ、ガーネットの声で意識を引き戻される。


「ねぇ、私の目がおかしいのかしら? 冷蔵庫にもやしと調味料しかないように見えるのだけど」


「どうやらお前の目はずいぶんと優秀らしいな」


「……あなたどうやって生活してるの?」


 もやしは至高の食材だ。水切りして調味料と混ぜるだけで飯が進むおかずになる上安い。そのおかげで煙草に金を回せるんだから俺はこの食材に感謝してもしきれないのだ。だがこんなことを馬鹿正直に言ってしまえばまた嫌味を言われるのは明白だ。だから俺は嘘をつくことにした。


「まぁ……普段は自炊してるんだけど、今日はたまたま食材がないんだよ。買い物に行こうと思ってたんだけど忘れててな……あはは……」


「はぁ……もっとましな嘘つけないの? 普段ちゃんとまともなもの食べてたらすべての食材が丁度0になるなんてありえないわよ。特に人間は食事へのこだわりが強いんだから普通いろいろと入ってるもんでしょ?」


 なんでわかったんだ?俺のポーカーフェイスが崩れていたのか?いやそんなはずはない。俺の嘘が見破られた事など記憶の限りでは1度たりとも無いのだ。


「まぁ察するに、煙草やお酒のためにお金使って食費抑えてたってとこかしら?」


「いや違うな。煙草と酒を買ってたら気付いたら食費が減ってたんだ」


「それの何が違うのかしら?」


「煙草と酒のためにわざわざ食費を抑えてたわけじゃないってことだ、ここは大きな違いd……いたっ!?」


 言い終わる前にガーネットは俺の頭に拳を沈めていた。嘘がバレただけでなく、その理由までも言い当てられてしまっては最早これ以外に否定のしようがなかった。どうやら俺は思った以上にダメ人間に見られているらしい。


「今後は煙草は禁止、お酒もしばらくは禁止だから」


「冗談だろ?じゃあ俺は何を楽しみに生きればいいんだよ!」


「知らないわよそんなの自分で考えなさいな。どうせ私が死ぬまで死ねないんだからその間に趣味なんていくらでも作れるでしょう?」


「とにかく、近くでまだ開いてるスーパーとかないの?」


「そういえばあそこ23時まで営業してた気がするな……」


 思い出したのは俺がいつも通っているスーパーとは違う、少し遠目のスーパーだった。徒歩で片道20分といった距離だ、別に行けない訳じゃないが行こうと思うとちょっと覚悟をする。そんな距離だ。


「心当たりあるのね? じゃあそこに行くわよ」


「コンビニ弁当じゃダメか?」


「ダメよ、健康は食事からなんだから」


「そうだよなぁ……わかったよ」


 そういって引き出しの中の財布と煙草を取り出し、外出の準備は完了!いざ買い物へと思っていた矢先……


「煙草はダメだって言ったでしょ? てかなんでまだ持ってんのよ、捨てなさい」


「あぁ……悪いな、外出するときは煙草を持っていく習慣がついてるんだよ」


「……その棚、改めさせてもらう必要がありそうね」


「え?い、いやもう煙草もツマミもないから気にしなくていいぞ??」


「ツマミなんて誰も言ってないのだけれど?」


「あ……」


 普通に口を滑らせてしまった。ダメだ、人外が目の前にいるというのに、自宅だからか気が抜けてしまっている。


「はぁ……帰ってきたら家中ひっくり返す必要がありそうね」


「おいおい勘弁してくれよ……」


「じゃあスパッと諦めて禁煙禁酒することね。言っとくけど私鼻は敏感だから。吸ったらすぐ分かるんだからね」


「わかったよもう吸わないから……」


「どうだか」


 さっきもそうだが、俺は今日こいつと初対面なはずなのだが、なんか知らんが超が付くほどのダメ人間だと思われている。心当たりは……正直、いくつもあった。


「てか話変わるんだけどさ、お前その格好で人前に出るのか?」


 その格好は漆黒のドレスに大きく開いた背中からは俺の腕ほどもありそうな翼が伸びていた。その容姿は明らかに人ではない、もしくはクソ痛い中二病であることを周囲に知らしめていた。まあ前者で見られることはほぼないとは思うが……


「そんなわけないじゃないの、ちゃんと着替えるわよ」


「そうか、なんか魔力的なやつで姿形を変えるんだな?」


「何言ってるの? そんなわけないじゃない。翼は引っ込めるけど服は普通に着替えるわよ」


「……はい? 俺の家には女物の服なんてないぞ」


「別に格好なんてなんでもいいでしょう? あなたの服貸しなさいよ」


「いやまぁお前がいいならいいんだけど……」


 どうやら吸血鬼は人間とは感性が異なることがよくあるようだ。平気な顔をして異性の服を借りていくなんて何事だ?ありえないだろ……そんなことを思いながら当たり障りのなさそうな白シャツと学生時代に使っていたズボンを持ってきてやった。

 ガーネットの体格は少し大きめの女子高生くらいだろうか?上は問題ないだろうが下はぶかぶかかもしれないな……


「ほら、これ使え」


「あら、あなたのことだからダッサい服持ってくるのかと思ってたけど、案外シンプルなのね?」


「俺の事なんだと思ってんだよ……あとそれもうお前にやるから」


「そう? ありがと、助かるわ……よいしょっと」


 瞬間俺は衝撃と共に咄嗟に後ろを向いた。今こいつ何をした?アニメのキャラみたいに白い肩が一瞬見えた気がしたんだが?衣擦れの音が背後で響いている。

 どうやらこいつは今俺の前で着替えを開始したらしい。いくら人間と感性が違うとはいえこれは異常じゃないか?


「ねぇ、急に後ろ向いてどうしたのよ」


「お前が目の前で服を脱いだからだろうが!? 何考えてんだお前!」


「?? 何か問題がある? 別に見たいなら見てもいいのよ? 減るもんじゃないんだし」


「はぁ……もういい。あと俺は体も性格も年上のお姉さんしか認めない、お前みたいな子供っぽい体格のやつに興味はないんだよ。わかったらさっさと服を着てくれ……」


「はいはい、人間ってめんどくさいのね……ほら、終わったわよ」


 肩をポンポンと叩かれる。さて、どんな格好になったか確認してやろうと思い振り返ると……


「どう? 似合ってる?」


 そこにいたのはとんでもない美少女だった。オーバーサイズ気味のシャツはゆとりを感じさせ、ズボンは思ったより丁度良いサイズだったらしくスタイルの良さを際立たせる。……着替えたガーネットを見て気付いたが、こいつかなりスタイルがいい。それこそアニメのキャラクターがそのまま出てきたみたいなビジュアルをしている。

 そんな美少女が自分のシャツを着ている。彼シャツとかいうのが人気な理由がなんとなく理解できた。まぁそんな関係値ではないわけだが。それにしてもこれは……


「かなり、良いな」


「なんかキモイわね、あんまり見ないでくれるかしら? 不愉快だわ」


「なんでだよ、感想を求められたから言っただけだろ」


「なんか不愉快だったんだから仕方ないじゃない。まぁいいわ、早くいきましょう?もう半になりそうだわ」


「おいちょっと待てよ、1人で行ってもどうせ金ないだろお前」


 先に家を出たガーネットの後を追うように家を出る。道中で電気や戸締りをしっかり確認し、いざスーパーへと向かう。

 夜は日中より寒く、夜風は体の熱をこれでもかと奪っていく。家に半袖しかなかったのもあり、上着はこいつに渡している。そのため俺はロンT1枚でクソ寒い中、片道20分の運動不足のおっさんには少々しんどい道のりを歩く。別に行けるだろうと思い油断したのが間違いだった。心中には後悔の念が渦巻いているのだった……



 時刻は22時40分。目的のスーパーに着いた。普段ならわざわざこっちに来ることはないのだが時間的にやむなしだ。店員さんに悪いからさっさと入用の物を買って帰るとしよう。


「あなた何か食べたいものある?」


「なんでもいい」


「言うと思ったわ……もう献立は決めてるから、さっさと行くわよ」


 そういえばこいつは吸血鬼のはずだ、なんで人間の料理や社会制度をこんなにも理解しているんだ?買い物だってそうだ、吸血鬼の世界にもこんな感じの経済体系が確立されてるのか?


「なぁ、お前なんでそんな人間の生活に慣れてるんだ?」


「ん? あぁそんなこと、吸血鬼にもいろいろるのよ。当然魔界に生きてる者もいれば少数派だけど私みたいに人間社会に溶け込んでる吸血鬼もいる。まぁ吸血鬼に限った話ではないけれどね」


 どうやら吸血鬼だけではない、こういった異形の存在が住んでいる『魔界』という場所があるようだ。こいつはそこから来たらしい。


「だからこっちに越してくるタイミングで人間にちゃんと溶け込めるようにいろいろ学んでたのよ。その内に家事とか生活の事が含まれてただけ」


「へぇ……なんか、苦労したんだな? なんでわざわざこっちに来たんだよ」


「向こうでの私たちの食事って基本的には人間界から輸入した輸血パックなんだけど、私輸血パックの味嫌いなのよ。人間の鮮血が好きだからこっちにきた、それだけよ」


「ふぅん……」


「お前もしかしてさ……」


 俺の脳内にとある憶測がたった。つまり、こいつが人間界に住む目的は鮮血なわけだ。そして今こいつは俺の家に住み込む気満々。その食事を賄うのって……いやまさかな


「もちろん、私の今後の食事はあなたよ? 大丈夫よ、私が死ぬまであんたは何があっても死ぬことはないから」


「いやそういう問題じゃないんだが……」


 そんな会話を小声で話し合う俺たち、その間にもガーネットは値段と内容量だとか品質だとかを確認しながらカートに食材を集めていく。その絵面は完全に主婦だった。

 その横をついていきながら、俺は無意識のうちにアルコール類のコーナーに視線を飛ばしては頭をグリンと正面に戻されているのだった。



「さて、帰りましょうか」


「高い……高いよ……」


「大丈夫よそれくらい。大体ね、煙草なんて余裕でそれ以上お金かかってるんだからね? 特にあなた600円のやつ買ってるでしょ? それに比べたら安いもんよ」


「いや、あれは趣味だからいいんだよ」


 そういってレジ袋をひったくる。結構な重さだったが、俺の家には本当に食材類がもやししかないのでそれを考えるとこれくらいなら少ない方だろう。


「あら、持ってくれるの?」


「そりゃあな、俺は周りからの視線が気になるタイプだから」


「ふーん、後半部分がなければ紳士的だったのに、勿体ないわね。だから彼女いないんじゃない?」


「余計なお世話だ、もう諦めてるからいいんだよ俺は」


 クスクスとからかうように笑うガーネット。意外と子供っぽい笑い方をするんだな、と思った。

 口調からしてもこいつはそこそこ良い所の出身だろうことは察せたし、何もかもお上品なお嬢様なのかと思っていたが、意外とそうでもないらしい。親しみやすくて非常に結構なことだ。


「そういえばだけど、あなたいつになったら私を名前で呼ぶわけ?」


「まあ気が向いたら」


「今あなたと私は契約関係なのよ、いつまでもそんな他人行儀でいるつもり? それに私は名前を『お前』なんて名乗ったつもりはないわ。ガーネットって呼びなさい」


「それで言うならお前もあなた呼びしてるじゃないか」


「あぁ、それもそうね。じゃあ次からは名前で呼ぶわね、林太郎」


「俺お前に名乗ったっけ」


「あのキラ男と会話してた時に聞いたわよ、あとお前じゃなくてガーネット。次お前って言ったら1日活動できないくらいまで血吸うわよ」


「おいおいやめてくれよ、わかったから、悪かったよガーネット」


「それでいいのよ」


 時刻は23時前、少し赤みがかった月は気付けば上り切り、今が深夜であることを物語っていた。帰路に着いた俺は、まだ風呂沸かしてなかったなぁ……と、軽く絶望をしながら夜風に背中を押されるように住宅街を歩いていくのだった。



「ふぅ……」


「随分と満足そうね? そんなに美味しかった?」


「ああ、それはもうびっくりするほどにな。店でも出せばいいんじゃないか?」


「あら、そんな褒めても何も出ないわよ?」


 とか言いながら明らかに上機嫌になるガーネット。意外とかわいらしい所もあるんだなこいつは。

 帰宅してすぐ、俺は風呂を沸かし、ガーネットは買ったものを仕分けて料理に取り掛かった。

 献立は焼き鮭やみそ汁など典型的な和食が中心だった。前に和食を食べたのがいつだったかはもう忘れたが、今まで食べた和食の中で間違いなく1番美味だった。


「じゃあ、俺は風呂に入るから」


「ダメよ、食事後の入浴は血行が悪くなるから」


「そんなこと知ってるけどもう眠いんだよ、今日だけ許してくれ」


「ダメよ」


 時刻はなんだかんだでもう24時前。普通に社会人として働いている俺はもう眠くなる時間だ。晩酌もしてはいけないだろうし起きている理由がないのでさっさと寝たいのだが……どうやらそれは許されないらしい。


「わかったよ……」


「ちょっと、私がいるのに無視してスマホ見るなんてどうなのよ」


「めんどくせぇな、乙女みたいなこと言うんじゃねえよ」


「私は乙女なんだけど?」


「そうか」


「なんでそんな冷たいのよ? せっかく話してあげようとしてるのに」


「必要ないってこった、俺は家では1人でゆっくりしたい人なんだよ」


 風呂は大体食事後30分~1時間程度時間を空けるのが理想らしい。その間やることもないのでSNSをみることにした。ゲームをやるには少々時間が足りないからだ。

 そんなことを思いながらSNSを見ていると、1つのニュースが目に飛び込んでくる。


「うげ、惨殺死体って……悪趣味なやつもいるもんだな」


「どれ?私にも見せて頂戴」


 スマホをのぞき込んでくるガーネット。そこに映っていたのは山間部で無残に殺された遺体が散らばっていたというニュースだった。調べたら写真も出てくるのだろうが、わざわざグロ画像を見に行く趣味はない。


「ふーん、物騒ね。ちなみにこういうのって私たち魔界の住人が起こしてたりするのよ?」


「というと?」


「魔界からこっちにくるやつなんてごく少数なの、それはさっき話したでしょう?」


「そういうやつらがわざわざでてくる理由なんて1つしかないわ」


「人間の存在か?」


「えぇ、魔界に人間はいないからね。私は生きてる人間の血を吸いたいからだけど、人間と仲良くなりたいとかそんな奴もいるわね」


「でもそんなやつばっかりじゃないのよ、人間を殺すのが楽しいとか人間を生け捕りにして研究したいとか、そんな理由のやつもいるわ」


 まぁそりゃあそういうやつもいるか、俺たち人間だって食事のために美味しいからって理由で本来殺す必要のない生物を必要以上に殺しているし、今の生活があるのはいわゆる下等といわれる生物で実験を重ねてきたからだ。その対象が人間になったからって誰も文句は言えないだろうな。


「ガーネットだってとらえ方によっては人を殺したいからじゃないか?」


「まぁ否定はできないわね。でも私はわざわざ必要以上に殺したりしないわ。でもそういう連中は必要以上に人間を殺したり捕まえたりするのよ」


「ふーん、怖いもんだな」


「まぁでも、林太郎は大丈夫よ、私がいるもの。契約関係にある相手を殺させたりしないわ」


「はは、それは随分とありがたいことだな。じゃあ俺は契約が切れないように不健康のままでいたほうがいいかもな?健康体になったら終わるんだろ?」


「いや、実はそうじゃないんだけど……」


「ん、どういうことだ?」


「うーん……そうね……ちょっと複雑だからまた今度話すわ。まぁとにかくこの契約関係は私が死なない限り永遠に続くから安心して私に尽くされてなさい」


 そんな不穏なことを口走るガーネット。もしかして俺は今後数百年生きることになるのか?不老ってわけでもなさそうだし、勘弁してほしいものだ。


「さて、そろそろ風呂に入るわよ」


「あぁ、もうそんな経ったのか……ん?なんでお前も入るみたいな言いぐさなんだよ」


「え? そう言ったんだけれど」


「え?」


 その言葉の意味を理解することを俺の脳が拒んだ。なんでわざわざ俺と一緒に入ろうとしているんだこいつは?感性が違うの次元が違いすぎる。


「あぁ、勘違いしてそうだから言っておくけど、別に風呂に入ることが目的じゃないから。どうせ林太郎髪とか適当に洗ってるんでしょう? 私の契約者になった以上は外見にも気を使ってもらわないと困るの。だから私が髪は洗ってあげるわ。顔や体は自分でできるでしょう?」


「あぁ、そういうことか……まぁそれくらいならいいか……」


 嘘だ。ぜんっぜんよくない。でも変に否定して意識してると思われるのも不愉快なのでこのまま嘘をつきとおす。こいつの感性なら別に不思議には思われないだろう。


「どうせ美容用品とかないだろうと思って今日いろいろ買ってきたから。ちゃんと林太郎に合うやつ探すのはまた今度よ」


「お前は俺の親なのか?」


「親みたいに世話焼かないといけない生活していたのは林太郎でしょう?」


 そういって風呂場まで背中を押される。なんでこいつ家の間取り把握してんだ?と思いながら、されるがまま風呂まで誘導されるのだった。


 結論から言えば、人に頭を洗ってもらうというのはやはりとても気持ちの良い体験であった。美容院とかでも洗ってもらえるがあれとはまた少し違う。

 どうやら俺は頭を触られるのが結構好きらしい。若いころの気持ちを思い出せたようで少し嬉しかったし、これから毎日ガーネットが頭を洗ってくれるというのですこし風呂の時間が楽しみになった。

 ……まぁ、33歳のおっさんが人に頭を洗ってもらって乾かすところまでやってもらうのは少々恥ずかしかったし、ガーネットの裸を見るわけにもいかないのでずっと目を瞑っていたのでリラックスはできなかったわけだが。

 そうしてあまりにも忙しい金曜日を過ごした俺は、柄にもなく新たな日常の足音に少しワクワクしてしまうのだった……



「じゃあ、俺はもう寝るから……俺はソファで寝るから、お前は俺の部屋で寝ていいぞ」


「なんか、林太郎って変なとこで紳士的よね……でもそれはダメよ。体が痛くなるでしょう?」


「じゃあどうすんだよ……いくら人間じゃないといえ俺は女子をソファで寝させるとかいやだぞ、寝つきが悪くなる」


「じゃあ一緒に寝ましょうか? 人間は人と寝たほうが安心感を感じて寝つきがいいみたいだしね」


「もうそれでいいよ……早く寝させてくれ」


「随分眠そうなところ悪いけど、寝る前に血を吸わせて頂戴」


「……なんで?」


 そんなことされたら痛みで眠気が覚めかねないんだが?それにこいつお腹いっぱいだって言ってなかったか?


「健康チェックみたいなものよ、血を吸えばある程度は体の状態が分かるのよ。理解できたかしら?」


「まぁ……痛くしないなら別にいいぞ」


「それはあなたの痛覚次第よ」


 瞬間、既知の感覚が首元に走る。

 契約を結んだ時のものと同じ激痛が走る。ただガーネットの優しさなのか、治りきっていない前回の傷の場所からはズラしてくれているらしい。いつまでも治らないのは困るのでありがたい。そういえば普段と比較して傷の治りが異常に早い気がするが……契約の影響だろうか?

 そんな事を考える余裕が出来ている自分に驚きつつも、その痛みの後に走った先ほどとは違う未知の感覚に一瞬にして脳を支配される。

 採血などとは違う、血液を無理矢理吸い出される感覚。血管がジンジンと痛み、先ほどの激痛と合わせて耐え難い苦痛を身体に叩きつけていた。睡魔はとうに死んだにもかかわらず、身体は力を手放す。体内を巡る液体を強烈に吸い出される感覚が抗い難い脱力感をもたらす。声は出なかった、正確には、出している感覚があったが喉はそれを放つことが不可能な状態になっていたのだ。

 時間にして3秒程度であったが、その3秒は人間が感じる3秒で最も長いものだったに違いない。


「さっきまでの死臭はいくらかマシになったみたいね、それでも不味いことには変わりないけれど、飲めるようになっただけマシだわ」


「それに、たったこれだけの生活の改善で香りが変わるなんて、やっぱりあなたは私が見込んだ通りの人間だったわ」


「っはぁ……っはぁ……なんか……さっきより痛かったんだけど……」


「今回は軽く吸う程度だったから魔力を流さなかったのよ。その影響で痛覚が麻痺しなかったからでしょうね」


「お前……」


「まぁ悪かったわよ、次からはちゃんとするから」


「ほら、眠いんでしょう?さっさと寝なさい。急だったし悪いこともしちゃったから寝かしつけてあげるわよ」


「いらない……」


「素直になりなさい。顔色悪いわよあなた」


「もう……勝手にしてくれ……」


 そういってベッドにうつ伏せに倒れこむ。もはや会話をする気力すら残ってはいなかった。いずれこの感覚に慣れる日が来るんだろうが、今はまだ無理だ。

 ガーネットはそんな俺の横に入り込み、小学生を甘やかすかのように背中を軽く叩いてくれていた。

 20年以上ぶりのその行為に安心感を感じた俺は、先ほどの激痛など忘れたように意識を手放すのだった。



 私は高貴な吸血鬼。ひょんなことから私はこの男と契約を結ぶこととなってしまった。

 当初はとんでもないクズ人間と契約をしてしまったと思っていたが、めんどくさがりなだけで思ったよりは悪い人間ではなかったみたいだ。

 むしろ彼は非常に気を遣える男だったようで少し安心した。とはいえマイナスが0に近づいただけに過ぎない。この男との契約を切るかどうかは今後の生活次第なわけだが……


「……ふふっ」


 今は林太郎のこの年齢にそぐわない愛らしい横顔だけで満足だ。吸血鬼は基本昼に睡眠をとるが、これからは夜に睡眠をとることにしようと、睡魔を探して目を瞑るのであった。

ご拝読いただきありがとうございます。次回もお楽しみに

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