名脇役の(非)日常
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高貴な吸血鬼がおっさんと親交を深めるお話です。
気分次第で更新予定
俺は佐藤 林太郎。何の変哲もない中年……というには早い気がしなくもないが……
まあ、おっさんであり、とある男の人生の脇役だ。
33歳で元社畜。ヤニカスで彼女やそれに近しい存在どころか友達すらいないしタバコ以外の趣味もない。
まあたまに気になるゲーム作品の新作が発表されたときにプレイしたりはするが、まあその程度だ。
これはそんな俺の日常が、とある非科学的な存在によって破壊される話……
「あぁ……疲れた……」
帰宅して早々、1週間蓄積された疲労感と共にソファに体を落とす。仕事終わりの体にはソファの柔らかさは至高の薬だった。
ここに酒とツマミがあれば疲労感なんてものはもはやどこかへ吹き飛んでしまうわけだが、生憎とストックがない。
ならばと俺は癒しを求めて胸ポケットに手を突っ込む。そこにあったのはもはやお馴染みのとある箱。そう、煙草。これがないと俺の”休息”は始まらない。室内で吸うわけにもいかないので重い腰を上げてベランダへと向かう。
夜の闇を見上げ、咥えた棒に火をつける。この毒を肺へと取り込む瞬間がたまらなく愛おしい。
刹那、ポケットが震える。スマートフォンに通知が来た合図だった。メッセージアプリを開くと、そこには主人公の名前があった。
輝間 唯希、文武両道・品行方正・眉目秀麗で人たらしのクセに鈍感。俺の従兄弟に当たる人物で天性の主人公体質。俺の人生の意義はこいつの人生をハッピーエンドにすることだ。
内容は『このあと林太郎の家行っていい?』だった。まあ察するに何か相談事があるんだろう。普段は無断で来るのにこうやってわざわざ事前にメッセージを送ってくるのは気分が沈んでる証拠だ。
「はぁ……まあしゃあねえか……『いいよ、泊まってくか?』」
返信はすぐに来た。『いや、今日は泊まらないかな、親にも言ってないし』とのことだ。丁度いい、ならばあいつが帰った後にコンビニにでも行って軽く晩酌するとしよう……そんなことを考えながらスマホから視線を外す。
眼下に広がるのは、住宅街とその中にひときわ目立つ公園。この時代の日本に噴水公園が街中にあるって冷静に考えておかしくないか?
そんな噴水の前、とある2人の影が見えた。こんな時間に公園で何してんだ……?と、目を凝らしてみると
「片方……血流してないか?」
そこにあったのは、あまりにも非現実的な光景。女性と思しき影が、男性と思しき影の首元に食いついている。そこからはまるで生命の終わりを告げるかのように血が流れていた。
「……おいおい、冗談だろ……嫌なモン見ちまったな……」
そんな光景を目にした俺は、自分でも驚くほど冷静だった。見なかったことにすればいい。確かに目撃はしてしまったが、そんな近距離じゃないし、嗅覚や聴覚が刺激されたわけでもない。現実から目をそらしさえすれば何も問題はないのだ。そう考えて部屋へと踵を返す。しかし……そんな幻想は、
「あなた、見たわよね?」
その甘美と恐怖を孕んだ声によって打ち壊された。
噴水を振り返る。確かに影があったその場所には、神隠しでも起きたかのように人がいた形跡は消えていた。夢なんかではない。夢だったらこの硝煙の味も、耳を突く声も、どこからか感じる気配にも説明がつかないのだ。
「いや……なんのことだか……逆に聞くが、あんたは誰だい? 不法侵入とは感心しないね?」
「ふふ、あなた面白いわね。一切動揺してない。本当に人間?」
「さぁ……人間として生活はしているけどね、昔は歯車だったが今は少なくとも生物にはなれてると思うよ」
声の主が背後にいるのは明白だったが、振り向くことはできなかった。生存本能が、振り向いたら死ぬと警鐘を鳴らしていた。落ち着け、会話を続けるんだ。焦ってはならない。吸いかけの煙草を1口、もう1口と吸う。
「ねえ、それ吸わないでくれない? これからする食事の味が落ちちゃうじゃない」
「腹減ってるなら飯作ってやろうか? 俺は優しいから飯と茶くらい出してやるぞ」
「いや……いらないわ、あなたももうわかってるんでしょう?私のご飯はほかでもない……あなただから」
目を瞑る。よくよく考えれば死は怖くない。もし俺が死ねば、俺の家に来た唯希はきっと絶望し悲しむだろう。そしてその絶望を特別な存在と乗り越え、人生を添い遂げるパートナーを見つけて幸せをつかむ。だとするならば、今は脇役の退場シーンとしてこれ以上ないシチュエーションだ。生存本能が体を震わせるが、理性が現実を受け入れた。
「ちょ……あなた、何してるの?」
「何って?」
「いや、察してるでしょう? 私吸血鬼よ? 血を吸われたら死ぬのよ?」
「吸血鬼なんて存在しない。ありえないな。だから俺は死なないんだよ」
「……私が怖くないの?」
「ただの不法侵入してきた女の子だろ? 俺は大人だぞ。何をビビることがあるんだよ」
「それに、俺みたいなおっさんの血肉を食っても美味しくないし、もし本当だとしてもすぐ捕食をやめるだろうよ」
「……」
「なんだ? やらないのか?」
そこで初めて振り返る。背後に立っていたのは、白銀の長髪に紅い瞳を携えた、まさに『絶世の美女』という言葉が似合いそうな女の子だった。その少女は今、ありえないとでも言いたげな表情で口を開けていた。
「あぁ、おっさんに噛みつくのは嫌か? まあそりゃあそうだろうな、ちょっと待ってろ」
その少女の横を通り過ぎ、キッチンから包丁を持ってくる。そして、腕に軽く刃を通す。瞬間、体中を走る激痛。軽く切っただけでこの痛みだ。リスカなどをしている人たちの覚悟は尋常ではないのだろうと、新たな知見を得た。
「なななななにやってるの!? 馬鹿じゃないの!?」
「てか臭い! 何その臭いまるで死臭だわ! どれだけ不健康な生活してるのよ!」
「……お前、元から食う気なかったろ」
彼女の体が『ギクッ』と音を立てそうなほどに硬直する。もはや言葉がなくともその反応だけで問いかけへの返事として成立していた。
「なんのために来たんだお前……」
「仕方ないでしょう……?食事するところ見られたから逃がすわけにいかないのよ……けど、もうさっきの食事でお腹いっぱいだから……」
「なら普通に殺せばいいじゃないか」
「私は高貴な吸血鬼よ? 食事にも美学ってものがあるのよ。私、食事以外で殺生はしたくないの」
命を奪っておいて美学だなんだと口走れるその豪胆さに驚愕しながらも、こいつに攻撃性がないことを理解できた。故に、恐怖の感情はすっかり鳴りを潜めていた。
「そうか、じゃあもう忘れたからどっか行け」
「駄目よ。このまま逃がすわけにはいかないわ」
瞬間、ガチャリと機械的な音が鳴り響く。唯希が到着した合図だった。
「お前、姿みられたくないし殺したくもないんだろ? ここにはもうすぐ人が来るけど、どうすんの?」
「ああ……いや待て、お前あいつに会えば? 俺の事はまた腹減った時にでも食えばいいだろ」
「はい?」
よく考えてみれば、彼女は絶世の美女と形容しても相応な見た目と高貴な口調をしている。唯希の人生のヒロインとして申し分ないんじゃないか?きっとあいつならこの化け物をうまく飼いならすだろう。
俺の死をこの怪異と共に乗り越え、種族を超えた愛を育む……王道中の王道だが、王道ということは多くの人が認めた美しい形であるということだ。
主人公の足音が次第に近づく。気づけば、先ほどの存在は背中で縮こまっていた。
「りんたろー、お邪魔しまーす」
「おう、いらっしゃい。今日はどうしたんだよ」
「実は……」
相談内容は、3人の女子が唯希を巡って口喧嘩しているというものだった、自分1人の手に負えないのだそうで、俺に相談を持ち掛けてきた。しかし、できれば3人には仲良くいてほしいのだという。案の定そういう内容だった。
いつもこいつの周りでは問題が起きては相談をしてくる。しかもそれには大抵の場合女が絡んでいる。女性経験のない俺にどうしろというのかわからないが、いつも通りにそれらしいことを言う。
「そいつらが喧嘩している原因はお前だぞ、唯希」
「……俺?」
「ああ、そうだ。お前だ」
「どういうことだよそれ、なんか失礼なことしちゃってるかな俺?」
「いや、そうじゃない。少なくともそいつらはお前にネガティブな感情なんか持っちゃいない」
「お前が何を思っているのか知らんが、自分の心に従うんだな。そいつらはお前の心の底を知りたがってるはずだぞ」
「お前なら、それができる。絶対な」
いや、どういうこと?
俺は何を言ってるのか全然理解していなかった。でもこいつはこういう適当なことを言っても……
「……わかった気がするよ、林太郎」
こうやってなんか知らんが勝手に解決するのだ。まあこういうタイプの主人公は普通ではあり得ない思考をするから、こうやって思考を軽く誘導してやれば勝手になんとかしてくれる。
「そうか、ならやるべきことがあるだろ?」
「そう……だね、行ってくるよ」
「おう、気張れよ」
そう言って部屋の鍵も閉めず走り去っていく。全く、いつ見ても嵐のようなやつだ。……で、あいつはどこへ消えたんだ?
「ちょっと、私を殺す気? 何よあのキラキラした人間は」
「あいつは俺の従兄弟で主人公だ。ああいうタイプの主人公の血はいい匂いがするだろ?」
「私はあーいう陽キャみたいな人間の血は嫌いなの。あんなの吸ったら1口で胃もたれしちゃうわ……」
「てかお前さっきどこにいたんだよ? さすがに背中にずっと上手いこと隠れてましたなんてことはありえないだろ」
「私は夜を支配する吸血鬼の一族よ? 闇に紛れるなんて造作もないわ」
こいつ、俺の影に隠れてたのか?本当に吸血鬼だとでも言うつもりかこの中二病は。
「そうか、で? どうすんだよ。俺は今日は疲れたからこの後晩酌をする予定だ。だからさっさと決めてくれ」
「ええ、言われずとももう決めたわ」
「あなた、私と契約しなさい」
「……はい?」
そんな素っ頓狂な声を思わず漏らす。契約って俺が知ってるあの契約か?漫画とかで良く出てくる?そうだとしてなんでそんな話になっているんだ?
「契約をしなさいと言ったの。2度も言わせないで頂戴。光栄に思いなさいよ? 吸血鬼との契約なんて普通の人間じゃありえないんだから」
「あなた、ずいぶん不健康な生活をしているから血がとんでもない臭いになっちゃってるけど……私にはわかったの。その中にあまりにも芳しく食欲をそそる香りが漂っていたことがね」
「……はぁ、で?」
「私はそれを1口でもいいから味わいたい。だから、私があなたの生活を管理して健康体にしてあげるわ」
「いや……いらないんだけd」
「残念ながら拒否は認めないわ。私を拒否するなんてことはどんな生物であっても許してないの」
「……」
何を言ってるかわからなかった。俺は脇役だぞ?美少女と契約を結ぶだ?それは主人公の役目だろう。少なくとももうおっさんの俺には分不相応だ。
挙句の果てには俺の血が臭いだ芳しいだと抜かしている。本当に病院に連れていくか悩みどころだ。
「そのかわり、あなたは私が死ぬまで死ねない。まあつまりは寿命が延びるってことね。あなた、あのキラ男に執着してるみたいだし、これであの男にいろいろしてあげられるんじゃない?」
「……それは、正直悪くないな」
年齢的に、俺はあいつの行く末を見届ける前にくたばることになるだろう。輝間 唯希という人間の壮大なストーリーの中で脇役として華やかに散る予定であったが、彼女は俺に舞台袖から行く末を見届ける権利をくれるというのだ。乗らない理由がないだろう。
「そう、やっぱり私って賢いわね♪ 初対面の人間の欲を満たす契約をその場で思いつくんだから」
「じゃあ、首を出しなさい」
「なんでだよ、吸血鬼だとしたら契約方法なんてどうせ俺の中にお前の血を流し込むとかだろ?腕で充分だろうがよ」
「確かに方法はそうだけど、腕じゃダメなのよ。私たちが行う契約は口約束や書類上のものじゃないの。あなたという生命の根幹に植え付けるものよ。だからその生命体の命にかかわる部位じゃないとダメなの。人間の場合はそれが首なのよ」
「はぁ……わかったよ、間違っても殺すなよ? 確かにさっきは死のうとしたが、自殺願望があるわけじゃないんだから」
「それはあなた次第よ。それで死んだらあなたはその程度の存在に過ぎないってこと」
瞬間、首にチクりとした痛みが走る。
その生命体が人間ではないことを証明するかのように、鋭い牙が白く輝き皮膚に当たる。そしてその牙は皮膚を破り、肉を貫き、血管に穴を刻んだ。
いやでも理解した。この生命体はまごうことなき本物の吸血鬼だ。
体中が命の危機を叫ぶ。その叫びはやがて痛覚となり全身に襲い掛かった。
「ぐ……あぁっ……っく……」
声を上げようとする口を必死につぐむ。ここで叫び声をあげればきっと俺は隣人から危ない人間として認知されてしまうだろう。そんな一瞬の理性は、全身へ流れ込む甘い感覚に押し流された。
激痛の後、俺を襲ったのはあまりにも熱く、心地よさすら覚える快感だった。
目の前の少女の血液が全身を巡る感覚。心臓の鼓動が加速する。神経が麻痺する。体温が上昇する。脳が快楽に溺れる。
感じたことのない快楽が全員を走り抜ける。『契約』と銘打たれたその行為は、彼女にとっては一瞬で、しかし俺にとっては永遠にも思えるほど続いた。
『契約』を終えたのか、首に噛みついた吸血鬼は俺の首から口を離した。
「さあ、これで契約完了。さっそくだけど、その胸の煙草は捨ててくれる? 白米と生のゴーヤを一緒に食べたりしないでしょう?私にとってそれは生のゴーヤと同じレベル……いや、それ以上に不愉快なの」
「いや、これは俺の唯一の楽しみだ。そんなことできるわけないだろ」
「残念だけど、契約は絶対だから。それを捨てないなら今ここで死ぬことになるわよ?」
「……わかったよ、わかったから怖いこと言うなよ」
「賢明な判断ね。じゃあ、私今日からここに住むから。名前はガーネット。よろしくね?」
「はぁ……なんでこんなことに……」
かくして、脇役だったはずの俺の人生にとある怪異の少女が現れたのだった。
その少女は『ガーネット』。偶然か必然か、その名が示す宝石は俺の誕生石であった。これが運命の出会いであるのかそうでないのかは今はまだ知る由もないが……きっと、退屈はしない予感がする。
そんなことを思いながら、『そういえば晩酌どうしよう……』などとのんきなことを考えているのあった。
ご拝読いただきありがとうございます。次回もお楽しみに




