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epi2



マリアンヌ、モラーハルト共に10歳の頃。あの断罪劇から6年前まで話は遡る。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳

わたくしの名前はマリアンヌ・ガセット。

10歳。

ガセット公爵家の一人娘。


千年に一人の美姫、薔薇の妖精などと呼ばれ、誰もが羨む美しい容姿を持っている。



先日そんな美しいわたくしと、この国の第二王子、モラーハルト殿下との婚約が決まった。

そして今日はその初顔合わせの日。

日当たりのよいお花に囲まれた南のガゼボで、モラーハルト殿下とお茶を飲んでいる。


モラーハルト殿下もまた、絶世の美少年と呼ばれる美しいかんばせをしている。

わたくしの横に並ぶに相応しい殿方。



「マリアンヌ嬢、すまないが僕は少々席を外す」


ずっとソワソワしていたモラーハルト殿下が下腹の辺りを手のひらで押さえながら席を立つ。

随分顔色もよろしくない。


あら、お花摘みかしら。


「まぁ、大切なご用を思い出されましたのね。どうぞわたくしにお構いなく、ご用を済まされてきてくださいまし」


わたくしは『何も気付いておりませんわよ』という体を装い、にっこりと微笑んで快諾する。


「ああ、では少しだけ失礼する」


お尻を押さえながら、慌ててご不浄へと走るモラーハルト殿下。


便意をもよおすのは生理現象なのだから仕方が無いけれど‥‥

10歳にもなって、もう少しスマートに出来ないものかしら。


あの感じでは結構な時間がかかるだろう。

わたくしは後ろに控える侍女に声をかけ、席を立った。


「わたくしは少し庭園を散歩して来ますわ。貴女はここにいてモラーハルト殿下がお戻りになったらそう伝えてちょうだい」





美しい花々にうっとりしながらしばらく歩いていると、どこからか甘い香りが漂ってきた。

あら、この香りはチョコレート、ね。

そう言えばわたくし、チョコレートが大好きだったわ。


そんなことを思いつつ甘い香りに引きつけられるように足を進めた。



広い王宮の庭園をどれほど歩いただろうか。

香りを辿って行きついたそこは北のガゼボだった。

色とりどりの美しい花々が咲き乱れる南のガゼボと違い、雑草がまばらに生えた北のガゼボ。


そこに奇妙な仮面を被った少年が見えた。

こちらには全く気づいていない様子。

少年が椅子に腰掛け、その仮面をゆっくりと外した瞬間。


わたくしは強烈な吐き気をもよおした。


な、なんて醜悪なお顔をなさっているのでしょう!

あのような汚らわしい醜男は生まれて初めて見ましたわ!!

何故にあのような者が王宮の庭園に‥‥?


わたくしはえずく胸元を激しく上下させ、何とか扇で口許を隠しながらも、何故かその醜悪なかんばせの少年から目が離せない。


少年が雲一つない空を見上げてギュウッと目を瞑る。

何かに耐えるように、苦しそうに顔を歪めて。


「‥‥くっ!うう‥‥っあ、あああっ‥‥はっ、はぁ、はぁ」


少年がくぐもったうめき声と荒い息を吐いた瞬間、チョコレートの香りが更に強烈に広がった。

甘い、甘い、むせ返るような、そして痺れるような、幸せな香り。


少年はブルリと身体を震わせると、一気に脱力して椅子の背もたれに寄りかかった。

虚ろな瞳で空を見る恍惚としたその表情は、まるで情事の後のような気怠げな色気を醸し出している。


ふと、わたくしの気配に気付いたのであろう少年が、ビクリと肩を揺らした。



そして彼は、ゆっくりと、わたくしを、見た‥‥



わたくしの足は地面に貼りついたように一歩も動けない。

瞳も彼の顔から一寸も逸らすことが出来ない。


お互いにどれほどの間、微動だにせず見つめ合っていただろう。

わからない。

それは長い時間だったかも知れない。

もしくはほんの一瞬だったかも知れない。

それでもわたくしには時を止めた永遠のように思えた。


「──さま!マリアンヌお嬢様ーー!!」

侍女がわたくしを探す声が聞こえる。


彼はその声に我に返ったように首を振り、人差し指を立てると


「眠れ、そして忘れよ」


そう言ってパチンと指を鳴らした。


ぱーーーーんと、わたくしの頭の中で何かが弾ける音が聞こえた。


ああ、わたくしの脳みそが弾けてしまったわ。

わたくしの脳みそは風船で出来ていたのかしら。


ねえ、貴方のお名前は?そう聞いてみれば良かったわ。




わたくしはそのままゆっくりと意識を手放した。










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