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──俺という人間は本当に生きている価値がない。




入学式のあの日、ピンク女がモラーハルトに魅了の魔法を掛けていた。


マリアンヌを泣かせるなら容赦はしないと、マリアンヌを守ってやると、そう思ったはずだった。



それなのに、俺がやっていることはまるで正反対だ。



マリアンヌに馴れ馴れしく近付き、頻りに話しかけている見目の良い生徒たちに嫉妬した。


マリアンヌの名を呼ぼうとする者の口を塞ぎ、肩に触れようとする者の手を弾く。


皆、不思議そうに首を捻りながらもマリアンヌの側から去っていく。


ピンク女はそんな生徒達に次々と魅了魔法を掛けて落としていった。

愚弟と二人してマリアンヌの事を悪し様に語り、どんどんと孤立していくマリアンヌ。



俺はそんなマリアンヌを見て‥‥

歓喜に震えた。



そうだ、それでいい。


誰も、誰も、マリアンヌに近付くな。

マリアンヌをその目に映すな。

マリアンヌの美しい瞳にお前達が映ることは許さない。

彼女を見つめるのは、俺だけだ。


そんな感情に、腹の底から喜びが溢れてくる。


たとえ君の瞳に俺の姿が映ることはなくても。

その身に触れることが出来なくても。

姿を隠して君を見つめて、心の中で愛を囁く。


どす黒い嫉妬と独占欲が、俺を支配する。


俺は歪んでいる。

狂っている。






✳✳✳✳

愚弟とピンク女が口づけをかわしていたらしい。


マリアンヌを傷つけると解っていて、いや、わざと傷つけてやろうと学園の裏庭という衆人の目がある中で口付けたのだろう。



『あら、まぁ、下位貴族の令嬢と不埒に戯れるなんて殿下も困った方ですわね。ドブール男爵令嬢も簡単に殿方に唇を許すなど‥‥いったいどういう貞操観念をお持ちなのかしら‥‥』


マリアンヌはモラーハルトの事など1ミリも愛していない。

その証拠に、眉ひとつ動かさぬ淡々とした物言いと態度。

マリアンヌにとって愚弟はただの政略結婚のために国から命じられた婚約者。

あんな馬鹿で性格の悪い男をマリアンヌが愛するはずがないんだ。



そう思っていたのに‥‥‥‥



マリアンヌはチャイムが鳴っても、誰もいなくなった廊下に一人ポツンと佇んでいた。


その美しいかんばせを誰にも見られぬように深く俯き、まろい肩を小刻みに震わせている。


マリアンヌが‥‥泣いている。

あんな馬鹿な弟を想い、傷付いている。

ああ、マリアンヌ。

まさか君は本当はモラーハルトの事を愛しているのか‥‥?



駄目だ!許さない!!!

君があんな男を愛するなんて絶対に許さない!!!



モラーハルトを今すぐに殺してやりたい衝動に駆られながらも、マリアンヌの震える肩から目がそらせない。


ああ、お願いだ。

頼むから、あんな男の為に泣かないでくれ‥‥


俺は、彼女の周りを暖かい春の空気で包み込んだ。

マリアンヌの肩の震えが治まり、俯いていた顔を上げた。

その目に涙のあとは無く、ただ気持ちよさそうに目を細め、俺が作り出した春の空気を感じている。

俺は思わず彼女に向かって手を伸ばした。



何故、彼女の髪に触れてしまったのか。

分からない。

無意識だった。



鮮やかな黄緑色の、しっとりと吸い付くように柔らかい髪に触れた瞬間。

手のひらに甘い痺れが走って我に返った。


やってしまった!

彼女に触れてしまった!!

覗き見する変態から、ストーカーに。

そして今、俺は痴漢魔に成り下がった!!





逃げるように王城の自室に転移してそのドアに鍵を掛けた。

この部屋に誰かが訪ねて来たことなど一度も無いのに。


ベッドの端に腰掛けて、震えの止まらない自分の手のひらを見つめた。


しっとり柔らかな感触と、甘い痺れがよみがえる。


その手を顔前にかざし、すうっと匂いを嗅いでみた。


優しい香りが俺の鼻孔をくすぐる。

マリアンヌの、香り。



ああああ、マリアンヌ、マリアンヌ、マリアンヌ!!


俺は夢中でその香りを吸い込みながら、己の劣情を吐き出した。


もう、駄目だ。


俺は君に触れたい。

その髪に、手に、肩に、背中に、頬に、唇に。

そして柔らかい躰を掻き抱き、俺の腕の中に閉じ込めてしまいたい。


俺は君を俺だけのものにしたい!!


欲望はもう、心の内にとどめることなど出来やしない。

目を瞑ると、あられも無い姿の君が俺を誘うような瞳で見つめている。



その夜俺は夢の中で、何度も何度もマリアンヌを穢した。




















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