表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才錬金術師の正体は影武者の私でした 〜私を捨てた姉の薬が効かなくなった頃、呪われた辺境伯様は私だけに懐きます〜  作者: P作
第1章「捨てられた本物」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/39

第1話 影武者は、笑って馬車に乗る

王都じゅうが讃える、天才錬金術師ヴィオラ。

その薬を最後の一滴まで調合していたのは、影武者の妹であるこの私だった。


誰も、知らない。知ろうともしなかった。


公爵家の大広間。磨かれた床に、私の旅装の鞄が無造作に投げ出されている。

それを見下ろす双子の姉ヴィオラは、今夜、王宮お抱えの錬金術師に召し抱えられたばかりだった。


「あなたは、ただ薬を“混ぜていただけ”でしょう?」


扇の陰で、姉が嫋やかに笑う。丁寧な言葉ほど、ヴィオラの口にかかると、よく切れる刃になった。その笑みひとつで、私の十八年が片づけられていく。


混ぜていただけ。そう、混ぜるだけで人が治るのなら、薬師なんてとっくに絶滅している。月光草は夜露の乾く前に摘まねば香りごと効能が飛ぶ。銀苔は煮立てた一瞬で薬から毒へ裏返る。同じ処方書でも、その日の素材の“声”を聴き分けて配合を変えねば、出来上がるのはただの泥水だ。


その「聴く」ことだけは、姉にはどうしても出来なかった。


だから姉は、私を影にした。賞賛も、宝石も、王宮の招きも、ぜんぶヴィオラ。私は屋敷の奥の工房で、姉の名で売られる薬を、十二の歳から六年、ひとり黙々と組んできた。


(混ぜていただけ、ね)


胸の奥で、そっと笑う。いいでしょう、お姉様。なら、試してごらんなさい。私のいない工房で、あなたの“天才”が、いつまで保つのか。


「父上、本当によろしいので」家令が遠慮がちに口を挟む。


けれど父は、私を一瞥もしなかった。


「ヴィオラが王宮へ上がる以上、レーゲンドルフに“予備”は要らん。ちょうどいい。北のヴェルンフェルト辺境伯が、呪い除けの薬師を兼ねた花嫁を欲しがっていた。一年の契約だ。式は挙げぬ、仮初の婚姻。役に立つ限りは続き、役に立たねば、一年で白紙に戻る。――お前を、やる」


ヴェルンフェルト。その名に、広間の空気がわずかに強張った。


北の辺境ヴェルンフェルト。痩せた土地、絶えない凶作。そして何より、そこを治める若き辺境伯が“呪われている”という噂で知られる地だ。近づいた者は呪いに中てられ、嫁いだ娘は三月と保たない。まことしやかに、そう囁かれている。要するに、厄介払いと口減らしの一石二鳥。死ねと言われたのと、大して変わらない。


縋って泣けば、誰かの溜飲でも下がったのだろうか。


けれど私の頭をよぎったのは、まったく別のことだった。


(呪い、か。本物の呪いなら……薬で、和らげられる類のものかしら)


気づけば、私は深く礼をしていた。


「謹んで、お受けいたします」


姉が、意外そうに目を細めた。泣き縋るとでも思っていたのだろう。あいにくですが、お姉様。私はずっと前から、この家に未練なんてない。


ひとつだけ、胸の奥で呟いた。


(あなたの薬、そろそろ効かなくなる頃よ。だって――作っていたのは、私だったんだもの)



馬車を出す間際、古参のメイドが一人、人目を忍んで駆け寄ってきた。幼い頃、こっそり工房に温かいスープを運んでくれた人だ。


「クロエ様。これを」


押しつけられたのは、すり切れた革の道具入れ。私が長年使ってきた、調合の匙と乳鉢だった。本来なら、屋敷の備品として置いていくものだ。


その時だけは、皮肉も何も、出てこなかった。


「ありがとう。ばれたら叱られるわよ」


「いいんです。あなたの薬で、何人が助かったか。あたしは、ちゃんと知っておりますから」


目の奥が、じわりと熱くなった。私の薬を“私のもの”と呼んでくれた人が、この家にも、一人だけはいたのだ。



辺境へ向かう馬車は、三日のあいだ、ただ北を目指した。


舗装はすぐ途切れ、窓の外から緑が消えていく。痩せた畑。あばらの浮いた家畜。すれ違う村人は皆、頬がこけ、目の光が薄い。御者は気の毒そうに、「このあたりは、もう何年も実りが悪くて」と漏らした。


私は、枯れかけた畑をじっと見ていた。土が痩せている。子どもが、痩せている。けれど、土は、まだ死んではいない。正しく手を入れれば、ここはもう一度実る。そういう“声”が、私には聴こえる。


ハズレだと笑われた力。姉が、一度も持てなかった力。


馬車が丘を越えた、その時だった。


御者が、ひゅっと息を呑んで馬を止めた。


谷の底に、灰色の館がうずくまっていた。傾いだ家々も、ひび割れた畑も、ただ土地が貧しいだけのこと。けれど――その館の上にだけ、別のものがわだかまっていた。土地の貧しさとは違う、もっと粘つく、血のように古い気配。まるで館のあるじ、ただ一人に、淀みが巻きついているような。


「奥方様。あれが、ヴェルンフェルトの御館です」御者の声は震えていた。

「あそこの旦那様には、近づかないほうが。歴代の宮廷錬金術師でさえ、誰ひとり、あの呪いを解けなかったと」


誰も、解けなかった呪い。


その言葉に、胸の奥で、ずっと眠っていた何かが、ふっと目を覚ました。不謹慎にも、少しだけ笑ってしまう。


(誰も解けなかった、ね。それはきっと、“本物”がまだ、誰も来ていないだけでしょう?)


馬車を降りる。冷たい北風が、旅のドレスの裾を巻き上げた。見上げた館の、いちばん高い窓に、ひとつだけ灯りがともっている。


眠れない人が、あそこにいる。


形見になった調合布を、きゅっと結び直した。待っていてくださいね、旦那様。あなたのその呪い、私が視てさしあげます。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ