第九話:凶悪トラップは最高の解体パズル!
北の魔境、猛吹雪の吹き荒れる雪原。
その最奥に位置する『ゼニスの大穴』の入り口に、私たちは到着していた。
「ああっ、ついに! ついに来ましたわ!!」
息一つ乱さず(※身体強化魔法を物理筋肉に全振りしているため)、私は特大の工具リュックを背負ったまま歓喜の声を上げた。
目の前にそびえ立つのは、切り立った崖に埋め込まれるように造られた、巨大で無機質な金属の扉。千年という途方もない時間が経過しているはずなのに、表面には一切の錆がなく、鈍い黒光りを放っている。
「……はぁっ、はぁっ……! ま、待て、この化け物体力令嬢……っ!」
「ぜぇ、ぜぇ……。俺、もう腕じゃなくて肺が破裂しそうです……」
十分ほど遅れて、クラウス様とガレス卿が雪に足をとられながら到着し、その場にぶっ倒れた。
さらにその後方から、レオンハルト様が不機嫌の極みのような顔で歩いてくる。
息こそ乱れていないが、周囲の雪が彼の漏らす魔力熱でシュウシュウと溶けていた。
「……セラフィナ。お前の頭のネジは、この千年前のガラクタ以上にイカれているようだな」
レオンハルト様が忌々しげに巨大な金属扉を見上げる。
「ここが『ゼニスの大穴』か。……確かに、凄まじい魔力の残滓を感じる。だが、ここは死地だぞ。一歩でも足を踏み入れれば……」
——ギィィィンッ!!
レオンハルト様の言葉が終わるか終わらないかのうちに、突如として周囲の空気がビリッと震えた。
巨大な扉の表面に、幾何学的な赤いラインが走り、警告音のような甲高い駆動音が鳴り響く。
『侵入者ヲ検知。防衛システム、起動——』
無機質な古代語のアナウンスと共に、崖の左右から無数の銃口——いや、水晶のレンズのようなものが一斉にこちらへ向けられた。
「な、なんだあれは!?」
「マズいぞ! 構えろクラウス!」
ガレス卿が剣を抜き、クラウス様も義手を駆動させて大剣を構える。
次の瞬間、レンズから極太の『超高熱レーザー』が網の目のように乱射された。
——ズガガガガガガッ!!!
一筋の光線がかすめただけで、分厚い岩盤が飴細工のようにドロドロに溶け落ちる。それが数十本、文字通り「死のレーザーグリッド」となって私たちの退路を断ち、じりじりと包囲を狭めてきた。
シリアス極まりない、まさに絶体絶命の凶悪トラップである。
「くそっ、なんて威力だ! 岩が蒸発しているぞ! 逃げ場がない!」
「俺の義手の装甲でも、あれをまともに食らえば一瞬で蒸発する……っ!」
死を覚悟し、青ざめる二人の騎士。
レオンハルト様はチッと舌打ちをし、その右手に漆黒の魔力を凝縮させ始めた。
「慌てるな。俺がこの遺跡の入り口ごと、あのふざけたレンズをすべて消し飛ばして——」
「やああああめてええええええええええッ!!!」
私が、レオンハルト様の腰に猛タックルをかました。
「なっ!? ぐあっ……!? セラフィナ、貴様何を!?」
「閣下のバカバカバカ! 何てことしようとするんですか!!」
私は雪の上に倒れ込んだ大公閣下の胸ぐらを掴み、般若のような顔で叫んだ。
「あんな完璧な保存状態の『古代式・魔導光学集束レンズ』を力任せに破壊する!? 貴方、芸術品を泥靴で踏み躙るおつもり!? 万死! 万死に値しますわよ!!」
「はあ!? お前、今の状況が分かっているのか!? あれに触れれば一瞬で消し炭に——」
「触れなければいいんでしょうが!!」
私は工具リュックから愛用の『特注ミスリル製・精密マイナスドライバー』をシャキーン!と抜き放ち、目を血走らせてレーザーの網の目へと向き直った。
「ああ……なんて美しいの。千年前の代物だというのに、レンズの焦点が1ミリも狂っていない! この致死量の熱量を生み出すエネルギー変換効率……! たまらない、たまらないわ! 今すぐその内部構造を暴いて、私のものにしてあげる……っ!」
「お、おいセラフィナ嬢!? 何を一人でうっとりしているんだ、早く下がれ!」
クラウス様が絶叫する中、私はドレスの裾を邪魔にならないようにビリッと引き裂き(淑女の極み)、死のレーザーグリッドの中へ、躊躇なく——跳んだ。
「セラフィナァァッ!?」
男たちの悲鳴が響く。
目の前を、岩をも溶かす熱線が交差する。
だが、私には「安全地帯」がハッキリと見えていた。
(ふふっ、単調! あまりにも単調なアルゴリズムですわ! 光学センサーの首振り角度は三十度、照射間隔は〇・五秒! その隙間は——ここよ!!)
私は前世のロボットゲームで鍛えた動体視力と、今世の魔力強化をフル活用し、レーザーの隙間をアクロバティックにすり抜けた。
髪の毛の先がチリチリと焦げるが、そんなことはどうでもいい。私の目は、すでにトラップの根元にある「制御盤」のカバーのネジ穴しか見ていなかった。
「とおっ!」
壁面に張り付き、レーザー砲の基部にガシッと抱きつく私。
「よしっ、まずはカバーのロックを……ああっ、ネジの規格が現代と違う! でも六角レンチで代用できるわね! ハァ、ハァ……この千年前の冷たい金属の感触、最高ですわ……ッ!」
「あいつ……あの死の光線のど真ん中で、壁に張り付いてドライバーを回し始めたぞ……?」
ガレス卿が、剣を取り落として呆然と呟いた。
クラウス様も、義手の駆動音を止めて口をポカンと開けている。
「うわっ、危なっ!」
ギリギリでレーザーを避けながら、私は手際よく制御基板を引きずり出した。
「やっぱり! 魔力パスが並列に組まれているのね! ということは、この赤いコード(魔力線)と青いコードの……青を、こうして……ショートさせれば!」
——プスン。
私の持っていたニッパーが青い魔力線を切断した瞬間、警告音が止まり、周囲を飛び交っていた死のレーザーが一斉に光を失った。
雪原に、再び静寂が戻る。
「……やったぁぁぁっ! 完全無傷で『古代式光学レンズ』をゲットですわーっ!!」
私は基部から取り外した巨大なレンズ(と制御コア)を、まるで生まれたばかりの我が子のように抱きしめ、頬ずりしながら男たちのもとへ戻ってきた。
「ふふふっ……見てくださいクラウス様! これを貴方の義手の掌に組み込めば、『必殺・超熱線砲』が撃てるようになりますわよ! ロマンが加速しますわ!」
「いや、いらん! 頼むから俺の腕に物騒な兵器を増設しないでくれ! というか、寿命が……俺の寿命が縮む……!」
クラウス様が頭を抱えてしゃがみ込んだ。
一方、レオンハルト様は雪を払って立ち上がり、私が大事そうに抱えている古代のレンズと、私を、交互に冷ややかに見下ろした。
「……セラフィナ。お前は、俺の言うことを聞かずに命を危険に晒し、あんな古ぼけた硝子玉を守ったのか」
その声は、地を這うように低かった。
だが、怒りではない。それは明らかな——拗ねた子供のような、不満の響きだった。
「硝子玉ではありませんわ! 最高の素材です! 閣下のエネルギーと、この古代の出力機が合わされば、最強の兵器が——」
「俺はお前の『専用バッテリー』なのだろう。なら、俺の魔力だけを見ていればいい。こんな千年も放置された骨董品などに、興奮するな」
レオンハルト様は、私の抱えるレンズをチッと睨みつけた後、ズイッと顔を近づけてきた。
「もし次、俺より先にそんなくず鉄に飛びついたら……その時は、遺跡ごと俺の魔力で更地にしてやるからな。覚えおけ」
「ええーっ!? 酷いですわ閣下! 嫉妬する対象が人間ですらありませんわよ!?」
私が抗議するも、レオンハルト様はフンとそっぽを向いてしまった。
「……ガレス卿。俺たちは、なんだか見てはいけない痴話喧嘩を見せられている気がするんだが」
「クラウス殿、慣れてください。あれが、うちの令嬢の『日常』です」
シリアスな死のトラップを秒で解体し、素材として回収したマッド令嬢と。
そんな彼女の狂気にドン引きする騎士たちと。
なぜか千年前の機械に嫉妬する大公閣下。
巨大な金属扉の向こうに広がる真の『遺跡探索』は、まだ始まったばかりであった。




