第八話:芳醇なヴィンテージ魔力(古代遺跡)と、止まらない暴走令嬢
クラウスが辺境伯城にきて数日後。
クラウスの義手は問題なく彼に馴染み、彼もこの城のパワーバランスを理解した頃。
辺境伯城の第一魔導工房(※元・古い倉庫)から、セラフィナの鼓膜を破らんばかりの歓喜の絶叫が響き渡った。
「あああああっ!! 素晴らしいわ! 見つけました、ついに見つけましたわ!!」
ドタバタと足音を立てて工房に駆け込んできたのは、護衛のガレスと、右腕に無骨な銀色の義手を装着されたクラウスである。
遅れて、またしても眉間に皺を寄せた大公レオンハルトも姿を現した。
「セラフィナ! 何事だ! 今度はいったい、何を実験るつもりだ!?」
「せ、セラフィナ様! 義手ならこの通り万全です! メンテナンスは必要ありません!」
二人が慌てるのは仕方のないことだった。
ここ数日、城の中では毎日が慌ただしく、何処かでセラフィナ由来の爆発か起これば、クラウスが連れて行かれて施術を施され、レオンハルトが動力源としてその立ち会いをやらされる。
二人はこの少ない日にちで、すっかりセラフィナに調教されてしまったのだ。
男たちが怯えたように身構える中、セラフィナは自作の巨大なレーダー装置のようなものに抱きつき、頬ずりをしていた。
「実験なんていたしませんわ! 見てくださいこれ! 『超広域魔力波長探知機』の針が、北西の『ゼニスの大穴』と呼ばれる渓谷を指して激しく回転していますの!」
「……ゼニスの大穴、だと?」
レオンハルトの顔色が変わった。
「そこは初代辺境伯の時代から立ち入りが禁じられている、超危険地帯だ。凶悪な魔物の巣窟であり、近づいた者は誰一人として生きて帰ってこない。……そんなところで、針が回ったからなんだと言うんだ」
「何かって、決まっていますわ! この針が示すのは、純度九十九パーセント以上の『古代魔導帝国ゼニス』の未解明動力炉の反応です!」
セラフィナは鼻をフンフンと鳴らし、恍惚とした表情で虚空を仰いだ。
「ああ……ここからでも匂ってきますわ。千年の時を経て熟成された、芳醇なヴィンテージ魔力の香りが……! レオンハルト様のフレッシュで暴力的な魔力も最高ですが、古代の奥ゆかしい魔導回路の匂いもまた一興! たまりませんわ!!」
その言葉を聞いた瞬間、レオンハルトの眉がピクリと跳ねた。
「……ほう。俺という『最高級のバッテリー』が目の前にあるというのに、千年前の古ぼけた鉄屑の方が魅力的だと?」
「どちらもベクトルが違うだけで最高ですわ! ああっ、駆動系はどうなっているの!? 関節の摩擦はどうやって処理しているの!? 倒して、分解して、中身を見たい見たい見たい!!」
レオンハルトの静かな怒りなどまったく気付かず、セラフィナの瞳孔はカッと開き、目の中にギラギラとした欲望の炎が燃え上がっていた。
「お、おいセラフィナ、落ち着け! なんで鋼鉄の化け物の話を聞いてヨダレを垂らしているんだ!」
「クラウス様、どいてください! 私は行きます! 今すぐ行きますわ!」
セラフィナは恐るべき手際の良さで、自身の背丈ほどもある超特大のリュックサック(中身はすべて重金属の工具と魔石)を背負い上げた。普通なら持ち上がらない重量だが、彼女は無意識に『身体強化魔法』を全身の筋肉にフル稼働させている。
「待て、セラフィナ様! 護衛の編成と、物資の調達にせめて三日は……!」
「三日!? 三日も待っていたら、私の好奇心が餓死してしまいますわ! 大丈夫です、私一人でサクッと掘り返してきますから! 皆様はお留守番をお願いしますね!」
「サクッ、と!? 芋掘りに行くテンションで古代遺跡に行かないでください!!」
ガレスが両手を広げて工房の扉の前に立ち塞がった。
「通しませんよ! 貴女を死地へ一人で行かせるわけには——」
「じゃあ窓から行きますわ! ごきげんよう!!」
「はいっ!?」
——ガシャァァァァァンッ!!
セラフィナは躊躇することなく、工房の分厚いガラス窓を蹴破り、吹雪の舞う外へと飛び出した。
「なっ……!? あいつ、二階の窓から飛び降りたぞ!?」
「待っててね、私の古代のベイビーたち! ママが今すぐ分解しに行ってあげるからねー!!」
窓の外から、遠ざかっていく狂喜の叫び声が聞こえる。
重さ数十キロの工具箱を背負っているにも関わらず、魔力ジャンキーと化した彼女の走る速度は、馬車の全速力すら凌駕していた。
「……」
窓辺からその光景を見下ろしたレオンハルトは、忌々しげに舌打ちをした。
「俺の魔力を放置して、あんなガラクタの山に浮気しに行きおって……。クラウス! ガレス! ついてこい! あの暴走令嬢を捕獲するぞ!!」
「ええええっ!? 俺、まだ右腕うまく動かせませんし、戦えませんよ!?」
「ガレス卿、俺たちはもうダメだ……あの狂犬大公とマッド令嬢の板挟みだ……」
「走れ! 置いていくぞ!!」
かくして。
猛吹雪が吹き荒れる北の魔境を、嬉々として爆走する重武装のマッド令嬢と。
それを苛立ちながら追いかける大公、そして恐怖で半泣きになっている二人の男たちによる、前代未聞の「遺跡探索(という名の鬼ごっこ)」が幕を開けたのである。




