第7話:絶望の騎士
セラフィナが辺境伯城に「技術顧問」(勝手に作った)となり、城内の至る所に怪しげな魔導配線と魔力測定機付きの床を設置し始めてから、数週間が経過した。
その日、辺境伯城の重厚な正門前に、一人の男が立ち尽くしていた。
ボサボサに伸びた赤毛、手入れのされていない無精髭。かつては精悍だったであろうその顔つきは今や絶望に塗り潰され、虚ろな瞳は地面ばかりを見つめている。
そして、彼の右肩から先は――不自然に、袖が風に揺れているだけだった。
「……ここが、最果ての地か。……俺のようなガラクタが朽ち果てるには、おあつらえ向きの場所だな……」
男の名はクラウス。王都で「天才」と称えられながらも、魔物討伐の任務で利き腕を失い、騎士団を追放された悲運の戦士である。
「しかし、辺境伯領様が、どうして俺のようなガラクタを欲しがるのか……腕を直してくれるというから来たが」
疑問を抱きながら、彼が重い足取りで城内へと一歩踏み出した、その時。
「——いらっしゃいませ!! 待ちわびましたわ、私の『完璧な筐体』!!」
城壁の三階の窓から、セラフィナが身を乗り出して叫んだ。その手には、巨大なノギスと設計図の束が握られている。
「はぁ、な、なんだ?」
驚愕するクラウス、彼は知らなかったが、彼をこの地に呼んだ張本人こそ、セラフィナだった。
セラフィナは階段を爆走(物理的な身体強化使用)し、一分足らずで城門へと到達した。
「クラウス様! 私の招待に応じてくださって感謝しますわ! さあ、立ち話もなんですし、まずはその右肩の『ポート』の状態をスキャンさせてくださいまし!!」
「な、君が、俺を呼んだのか? 『失った誇りを取り戻す力が、ここにはあります』と書いてあったが……なぜ君は、俺の肩の断面をそんなに、涎を垂らしそうな顔で見つめているんだ……?」
クラウスは思わず後ずさった。
自分の失われた右腕を見て、人々は哀れむか、あるいは目を逸らしてきた。だが目の前の令嬢は、まるで「最新型の拡張スロット」を見つけたかのような、ギラついた欲望の瞳で凝視してくるのだ。率直に言って、恐ろしかった。
「誇り? ああ、そんなもの後でいくらでも取り戻せますわ! それより見てください、この肩甲骨の筋肉の盛り上がり! そして神経系が外部に露出しかけているこの絶妙なポイント! ここなら、私の開発した『超高出力魔導義手』の神経接続がダイレクトに行えますわよ!!」
セラフィナはクラウスの右肩に顔を近づけ、くんくんと「魔力の匂い」を嗅ぎ始めた。
「ひっ……! ちょ、やめろ、何をする! 俺はただ、もう一度剣を握れる可能性があるならと思って……」
「握れますわよ! そこらへんの岩くらいなら指先一つで粉砕できる『機械の腕』を付けて差し上げますわ! さあ、採寸です! そのまま工房へ直行ですわよ!!」
「令嬢!? 白昼堂々、初対面の男の腕を掴んで何を——うわああ、力が強すぎる! 誰か、誰か助けてくれ!!」
セラフィナがクラウスの左腕をガシッと掴み、「特上の中古パーツ」を運び込むかのような無慈悲な力で引きずり始めた、その時。
騒ぎを聞きつけたレオンハルトが、不機嫌そうな顔で城から出てきた。
「……セラフィナ。城門でなんの騒ぎだ。その薄汚い男は誰だ」
「レオンハルト様! 見てください、このクラウス様の右肩! 私の新しい『おもちゃ』……いえ、発明品を接続するのに、これ以上ないほど理想的な形状をしていますのよ!」
レオンハルトは、セラフィナに引きずられて涙目になっているクラウスを一瞥した。
そして、仮にも自分の「妃」であるセラフィナが、初対面の男の腕をガッシリと掴み、目を輝かせているのを見て……眉間に深い皺を寄せた。
「……何をしている」
「え?」
「セラフィナ、少しは俺の伴侶としての自覚をもて。別に、研究に熱を上げるなとは言わんが、だからといって、やすやすと男にその身を近づけたりするな」
レオンハルトの声は低く、ほんのりと冷気を帯びていた。
「閣下、誤解しないでください! これ……じゃなくて彼は実験器具……ではなくて腕をなくして前線に立てなくなった可哀想な騎士様なのです! 私には彼に義手を与え再び剣を握れるようにする技術があり、閣下にはその義手を動かすたの動力がある! 実験しな……いというか助けない道理はないでしょう!」
「……ところどころ本心が見られたが、まぁ、そういうことなら」
レオンハルトは腕を組み、クラウスをジロリと睨んだ。
大公の放つ圧倒的な威圧感に、クラウスは「ヒッ」と喉の奥で悲鳴を上げる。
「閣下、俺は決して怪しい者では……ただ手紙に呼ばれて来ただけで……っ!」
「……クラウス、確か天才と謳われた騎士だったな。いいだろう、ただの実験器具というのなら、許可してやろう」
「本当ですか!? さあクラウス様、レオンハルト様も! 二人とも早く工房へ! 早速ですが実験しますわ!! 実は既に義手も作ってありますので!」
「え、ちょっ、今確実に実験といいました!? え、待って、ここ人体実験してるの? い、いやだ! 離してくれ!!」
クラウスの目には、辺境伯領の当主とその伴侶が、自分を実験台として利用しようとしていると見えたのだろう。泣き叫ぶクラウスをズルズルと引きずっていくセラフィナ。
それを見送りながら、レオンハルトは「ふん」と鼻を鳴らした。
「……俺の魔力なしでは動かせない腕にしてやる」
「閣下、もしかして嫉妬されてます……?」
背後で呆れたように呟くガレスの言葉も、レオンハルトの耳には入っていなかった。
まさか、生体バッテリーとして見てくる相手に、情を抱いたのか……。
(安心してくださいクラウスさん。閣下も被害者ですから。きっと事情がわかれば仲良くできますよ……)




