第十話:古代の殺戮兵器(ボス)は、潤滑油(オイル)の夢を見るか
分厚い金属扉を抜け、一行は『ゼニスの大穴』の内部へと足を踏み入れていた。
千年の時を経ているにもかかわらず、通路はうっすらと青白い魔導灯に照らされ、不気味なほどの清潔さを保っている。
「……信じられない。千年前の遺跡だというのに、空気の淀みすらないなんて」
「ああ。だが、警戒を怠るなガレス。ここはどこから即死トラップが飛んでくるか分からん」
ガレス卿とクラウス様は、背中合わせになるようにしてジリジリと進んでいる。極度の緊張からか、二人の額にはじっとりと冷や汗が浮かんでいた。
一方、私はといえば。
「ふふ〜ん♪ あ、この壁の配線、無駄がないわぁ。床のタイルも、実はこれ全部が放熱板になってるのね。なんてセクシーな設計思想……」
スキップを踏みながら、壁や床をペタペタと撫で回しては歓喜のため息をついていた。
その後ろを、レオンハルト様が「俺の城の壁は撫でないくせに……」と、ものすごく謎な言葉を呟きながら不機嫌そうな顔で歩いている。
大公閣下が放つ冷気のせいで、遺跡の通路が物理的に凍りつきそうだった。
その時である。
——ズシン。
地響きのような重い足音が、通路の奥から響いてきた。
「なんだ……!?」
薄暗い通路の奥から姿を現したのは、全高三メートルを超える巨大な金属の塊だった。
人型に近いが、その両腕は巨大な回転刃になっており、頭部にあたる部分には、血のように赤い単眼のレンズが不気味に発光している。
一歩踏み出すごとに、床の放熱タイルがひび割れるほどの重量感。圧倒的な『殺戮兵器』の威圧感が、その場を支配した。
『排除……排除……対象ヲ、粉砕スル——』
機械的な音声と共に、ゴーレムの両腕の回転刃が、鼓膜を劈くような爆音を立てて回り始めた。
「出たぞ! 伝承にあった『古代の鋼鉄兵』だ!」
「セラフィナ嬢、下がってくれ! あれは俺が——」
クラウス様が義手を駆動させ、大剣を構えて前に出ようとした。
だが、私はその背中をガシッと掴んで引き戻した
。
「待って! クラウス様、ストップ!!」
「なっ、なぜ止める! あんなものに近づかれたらミンチにされるぞ!」
私は、般若のような——否、悲痛な叫び声を上げた。
「聞こえませんの!? あの音! あの悲鳴が!!」
「悲鳴!? 回転刃の爆音しか聞こえんが!?」
「右膝ですわ! 右膝の関節部から『ギギッ、キーッ!』って、金属が擦れ合う凄まじい異音が鳴っていますのよ!!」
「……はい?」
男たちがぽかんとする中、私はもう涙目だった。
「千年間も稼働し続けて、一度もオイル交換されていないんですわ! サスペンションの遊びも限界を超えています! ああっ、なんて可哀想な子なの! 膝を庇って歩いているから、重心が〇・五度も右にズレているじゃありませんか!」
「お前は何を言っているんだ!? あれは俺たちを殺そうとしている化け物だぞ!」
レオンハルト様が怒鳴るが、もう遅い。
私は工具リュックから、特大の『魔導潤滑油入りスプレー』と巨大なスパナを取り出すと、猛然と殺戮兵器に向かってダッシュした。
「待っててね! ママが今すぐ楽にしてあげるから!!」
『侵入者。排除——!』
古代兵器が、私をミンチにすべく巨大な回転刃を振り下ろす。
ガレス卿が「ああっ、令嬢が細切れに!」と悲鳴を上げた。
——が。
私は迫り来る回転刃の軌道を、あっさりとスライディングでくぐり抜けた。
(ふふっ! 重心が右にズレているから、振り下ろす初速に〇・二秒の遅れ(ラグ)が出ているわ! 動きが手に取るようにわかりますのよ!)
そのままゴーレムの股下を滑り抜け、私は背後から問題の「右膝関節」にしがみついた。
「よし、まずはこの装甲板を外して——おりゃあっ!!」
バキィッ!! という音と共に、スパナでこじ開けた膝の装甲が吹っ飛ぶ。
そこへすかさず、スプレーのノズルを突っ込んだ。
「たっぷりお飲みなさい! 粘度高めの特製オイルですわーっ!!」
プシューーーーッ!!
『ガ、ガガッ……!?』
突如として背後に張り付かれ、膝に謎の液体を注入された殺戮兵器は、明らかに困惑したように回転刃を振り回す。
だが、私の動きの方が早い。
「はい次! 左肩の駆動系! ここ、魔力伝導の配線が焦げ付いてますわね! ニッパーで切って新しい線に繋ぎ直しますわよ! 動かないで!」
「おい、あいつ……殺戮兵器によじ登って、戦闘中の機体を解体し始めたぞ……?」
クラウス様が、大剣を取り落として遠い目をしている。
「ああっ、首のギアもボロボロじゃない! これじゃあ赤い目も霞むでしょう! ほら、防塵フィルター交換して、レンズもキュキュッと拭いてあげますからね!」
私の恐るべき手際の「強制メンテナンス」を受け、ゴーレムはガクガクと震え、やがて動きをピタリと止めた。
「よしっ! これで完璧ですわ!」
私は真っ黒になった手をエプロンで拭きながら、殺戮兵器からひょいと飛び降りて着地した。
「ふぅ……。さあ皆様、終わりましたわよ。ああ、なんて美しいフォルム……可動域も千年前の新品同様ですわ!」
静まり返る遺跡の通路。
男たちは、恐る恐る微動だにしなくなったゴーレムへと近づいてきた。
「……ま、まさか。本当にあの化け物を大人しくさせたのか?」
「……流石だな、セラフィナ嬢。あれほど狂暴だった機体が、嘘のように静かになった」
クラウス様とガレス卿が安堵のため息を漏らし、レオンハルト様が呆れたように腕を組んだ。
だが、その直後だった。
——ブォンッ……!!!
大人しくなっていたゴーレムの赤い単眼レンズが、太陽のように強烈な真紅の光を放ち、通路全体を赤く染め上げた。
「なっ……!?」
『——機体メンテナンス完了。出力、一〇〇パーセントニ復旧』
無機質な古代語のシステム音声が響き渡った。
先ほどまで「ガガガッ」と鈍い音を立てていた回転刃が、今度は『ギュイィィィィィィィィンッ!!!』という、超高周波の凄まじい絶叫を上げて空気を切り裂き始めたのだ。
『——戦闘力、最大値ヲ確認。コレヨリ、殲滅モード・リミッターヲ解除スル』
——ズンッ!!
ゴーレムが、先ほどの三倍のスピードで地を蹴った。
あまりの加速に壁の放熱タイルが爆散し、クラウス様の顔の真横を、音速の回転刃がかすめ飛ぶ。
「うおおおおおっ!? ま、待て、さっきより動きが圧倒的に速いぞ!?」
「当たり前だ! 膝のガタつきが直って、駆動系のロスがなくなったんだからな!!」
「セラフィナ様ぁぁっ!! 貴女、大人しくさせたんじゃなくて、単にボスキャラにバフ(強化)をかけただけじゃないですか!!」
男たちの絶叫が通路に木霊する。
あまりにも理不尽な超強化を遂げた千年前の殺戮兵器が、完璧な滑らかさで次々と殺意の連撃を繰り出してきた。
レオンハルト様が漆黒の魔力を展開して攻撃を弾きながら、鬼の形相で私を振り返る。
「セラフィナッ! 貴様、この殺戮兵器に一体何をした!!」
怒号を浴びせられた私は、両手を頬に当て、ペロッと可愛らしく舌を出してみせた。
「てへぺろっ☆」
「てへぺろ!?」
「うっかり『工場出荷時の完璧な状態』に戻しちゃいました! 今この子、古代の殺戮兵器として何一つ不具合なく、最高に絶好調で稼働してますわ! 皆様、頑張って避けてくださいね!☆」
「ふざけるなああああああっ!! 殺されるぅぅぅぅ!!」
完璧な整備によって最凶のボスへと魔改造されたゴーレムの咆哮と、男たちの絶望の悲鳴が、古代遺跡の奥底へと虚しく響き渡るのだった——。




