第7十一話:ひとまずの解決
局長室での劇的な再会を果たしたセラフィナとアイシャを残し、私と直樹は隣の応接室へと移動させられていた。
革張りのソファで待機する間、昨日から私たちを案内している法務局の担当者(中年の男だ)から、お茶を勧められつつ簡単な事情説明を受けた。
曰く、異世界人というものは、随分と昔からこの世界――現代日本に迷い込んでくることがあったという。
「なら、どうして今までニュースにもならないんですか?」
「公にするよりは、隠しておいた方が何かと都合が良いからです。世間には公表せず、我々が身元を保護し、教育を施して社会に溶け込ませてきました」
担当者の淡々とした言葉に、私は内心で深く頷いた。
確かに、情報というものは独占するに限る。魔法という強大な力や、未知のテクノロジーの存在が広く知れ渡れば、パニックが起きるだけでなく、他国からの干渉や悪用を招き、到底制御が効かなくなるからだ。
いくつか腑に落ちない点を質問すると、担当者は誤魔化すことなくスラスラと答えてくれた。もちろん、それが百パーセントの真実かどうかを判断する術は私にはないが。
「……姉ちゃん、わかったか?」
私の隣で、直樹が頭を抱えながら助けを求めるように聞いてきた。一般の警察官である彼にとって、国家規模の陰謀論のような話はキャパシティオーバーなのだろう。
「つまるところ、レオンハルトさんは異世界からこちらに来る時に、手違いで過去に飛ばされてしまったんでしょうね。そして後から来る人のため――つまりセラフィナさんのために、政府の中枢に入り込んでこの制度を整えた。そんなところじゃないかな。そして、異世界転移の仕組み自体の全容は、この国のトップでさえ誰も分かってないってのが正直なところだと思う」
「姉ちゃんの言ってることもよくわかんねぇよ……」
直樹はため息をついた。
まあ、私だって完璧に理解しているわけじゃない。考えることが多すぎるのだ。自身の命日が三日後に迫っていること、パラレルワールドの因果律。当面、何を第一の目標にすべきか、情報を整理する必要があるだろう。
「ていうか」
私は、向かいに座る担当者に身を乗り出した。
「なんで私たちに、そんな国家の裏事情を全部話してくれるんですか? これって超極秘の秘密なんですよね?」
すると担当者は、微塵も表情を変えずに言った。
「公表していないだけで、秘密というわけではありませんよ。知られてしまった以上は、正しく教える。それが当室のスタンスです」
(それを世間一般では秘密って言うんじゃないの?)という私の心の中のツッコミは、とりあえず置いておくことにした。
一通りのレクチャーが終わり、あとは隣の部屋の二人が出てくるのを待つばかりとなったが、なかなか来ない。まあ、レオンハルトさんからすれば、八十年ぶりの再会だ。積もる話が山ほどあるのだろう。
「しっかしさぁ」
沈黙を持て余した直樹が、お茶をすすりながらポツリとこぼした。
「年取ったら外見も背格好も結構変わるだろうに、よく相手がわかったよね。愛の力ってやつかな。よっぽど愛してたんかなぁ。普通、お爺ちゃんを見て『異世界から来た恋人だ!』なんて発想すら湧かないと思うんだよね」
「案外、外見以外でも判断材料があるのかもしれないよ。魔法とか、魂の波長とか、そういうファンタジーな世界だしね」
「ふーん……。てかさ」
直樹はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、私を見た。
「中身の魂は同じなんだろ? じゃあ、普段は理屈っぽくて可愛げのない姉ちゃんも、好きな人の前ではあんな風にポロポロ泣いてお淑やかになっちゃうわけ?」
「……直樹」
「痛ッ!? ちょ、ギブギブギブ!!」
私は無言で直樹の耳を思い切り引っ張り上げ、姉による正当な鉄拳制裁を食らわせた。
そうこうして兄弟喧嘩をしているうちに、応接室のドアが開いた。
現れたのは、車椅子に乗ったレオンハルト様と、それを後ろから押すセラフィナ、そして護衛のアイシャだった。
「あ、お帰り、セラフィナ」
「あ、ええ、お疲れ様です」
「?」
どうしたんだろう。
なんというか、覇気がない。
よっぽど疲れたんだろうか。
無理もないか。
担当者が立ち上がり、今後の事務的な方針が手短に伝えられた。
セラフィナとアイシャは、法的にこの法務局(の裏組織)が身柄を預かることとなり、都内の安全なマンションに部屋を用意してもらえるらしい。そして、私と直樹は、お役御免ということで今までの日常に戻ることになった。
別にどうでもいいことだが、数日間の「協力」に対する幾らかの謝礼金が支払われるとのことだった。
その後は怒涛の事務手続きだった。
セラフィナとアイシャには、日本で暮らすための法的な身分証の裏付けがなされ、私と直樹の前に分厚い書類が置かれた。
「ここにサインと実印をお願いします。外部への他言は一切禁じます」
(やっぱり秘密なんじゃん)
と再度心の中でツッコミながら、私たちは大人しく誓約書にサインをした。
「セラフィナ。それじゃあ、私たちはこれで」
「ええ。数日間でしたが、お世話になりましたわ」
「ううん。……明日、また会おうね。約束だよ」
「……はい」
セラフィナと短い別れの挨拶を交わし、私と直樹は法務局を後にして帰路についた。
◆◆◆
帰り道。
直樹の運転する車の助手席で、私は流れる東京の景色をぼんやりと眺めていた。
「どうした姉ちゃん。金一封もらえたんだから、もっと喜べよ」
「こんなの、つまるところ口止め料じゃん。てか直樹気をつけなよ。まじで話したら、警察クビじゃ済まないと思うよ」
「それって命の危険的な? あはは、日本にそんな陰謀論あるわけないじゃん」
呆れた。
警察になって、少しは思慮深くなったと思ったのに。
まぁいいけど。
「……直樹。セラフィナのことなんだけど」
私の脳裏に、別れ際のセラフィナの顔が焼き付いて離れなかった。
八十年の時を経て、最愛の人と再会し、日本での安全な暮らしも手に入れた。ジュリアスとかいう脅威に対しても、これからは政府の強力なバックアップがある。
すべてが丸く収まり、本来なら喜びに満ち溢れているはずだった。
なのに、応接室に戻ってきたセラフィナは、終始、ひどく暗く元気のない様子だったのだ。
あの宝石のような瞳は虚に濁り、私と明日の約束を交わした時の声も、消え入るように細かった。
どうしてだろう?
最愛のレオンハルト様との会話の中で、何か悲しい事実でも知らされたというのだろうか。
例えば――。
やっぱり、帰る方法が見つからないとか……。
いや。
(……待って)
私への態度の方が、違和感。
そういえば、再会してから別れるまでの間、セラフィナの私への態度、何だかとてもよそよそしかったけれど、元気のない理由は、私?
私とセラフィナに関わることなんて、一つしかない。
「……嫌な予感しかしないなぁ」
確証はないけれど、私は殆ど確信してしまった。
2日後。私が機材倉庫の事故で死ぬという確定した未来。
もしかして、セラフィナは告げられたのではないだろうか。
私の死は、どんな力をもってしても、『絶対に回避不可能な、歴史の決定事項』であると。




