第六十五話:訪問
すっかり日が落ち、夜の帳が下りた頃。
私たち三人は、駅から徒歩十分ほどの場所にある小綺麗なアパートの前に到着していた。
本当は夕方に出発する予定だったのだが、「せっかく夕食を作ったのに、どこへ行くの?」と、笑顔のまま目が全く笑っていない母さんが玄関に立ちはだかったため、結局私たちは大人しくお腹を満たしてから家を出ることになったのだ。
「セラフィナ様。この建物の入り口には、透明な盾のような結界魔法が張られているようです。物理的な取っ手や鍵穴が見当たりません」
エントランスの自動ドアと操作盤を前にして、アイシャが鋭い視線で警戒態勢をとる。
「アイシャ、これは『オートロック』という電気による防犯システムですわ」
セラフィナが説明を加える。
「ここに住んでいるのは、私の……ではなく、彼女の弟の直樹ですわ。彼は警察官という職業に就いていて、定期的に夜勤がありますのよ。翌朝は非番、つまり三日のうちに一日半働くような不規則なシフト制ですわ」
「なるほど。都市防衛の夜間警備にあたる近衛兵のようなものですね」
「ああそうね。そんな感じ」
直樹は就職の際、『生活リズムがみんなと変わるから、家族に迷惑をかけたくない』と殊勝なことを言って一人暮らしを始めた。
けれど、その実は単純に、親元を離れて自由を満喫したかっただけ。
「でもおかげで、今日の夜間警備で明日の朝までは絶対に帰ってこないって確証があるから助かるよ」
私は母さんから借りた合鍵を取り出し、エントランスのセンサーにかざした。自動ドアが開く。
弟の直樹が住む部屋は、二階の角部屋だった。
外から見上げても、部屋の電気は点いておらず真っ暗だ。間違いなく留守である。
カチャリと鍵を開け、三人で音を立てずに部屋の中へと潜入する。
玄関のスイッチを押して電気をつけると、そこには予想以上に片付いた空間が広がっていた。
「……意外ですわね。男の一人暮らしですから、もっと足の踏み場もないほど散らかっているかと思いましたわ」
「直樹、昔から変なところだけ几帳面だからね。マンガの背表紙とか五十音順に並べないと気が済まないタイプだし」
脱ぎ散らかされた服もなければ、シンクに洗い物も溜まっていない。綺麗に整理整頓された部屋だ。
私たちは早速、部屋の物色を始めた。
「アイシャ、警察が使っている資料や、怪しげな黒い手帳のようなものがないか探してくださいな」
「承知いたしました」
アイシャは音を立てることもなく、しなやかな動きで本棚やクローゼットの中を調べ始める。私とセラフィナは、デスク周りや引き出しの中を中心に捜索した。
しかし、怪しいものは見当たらない。
引き出しの中には几帳面に整理された領収書や文房具、本棚には警察官向けの六法全書や実務マニュアルが並んでいるだけで、現在進行形の事件資料――つまり、病院から姿を消した外国人に関するメモなどはどこにもなかった。
「……手がかり、なさそうね」
私が小さくため息をついた、ちょうどその時だった。
――コツ、コツ、コツ。
アパートの外廊下を歩く、固い靴音が聞こえてきた。
アイシャがピタリと動きを止め、無言で玄関の方を指差す。私とセラフィナも息を呑んで立ち尽くした。
(隣の部屋の人が帰ってきたのかな……?)
そう思ったが、足音は私たちのいる部屋の前で、ピタリと止まった。
ドクン、と心臓が跳ねる。
直樹は夜勤のはずだ。朝まで帰ってくるはずがない。泥棒か? いや、ここはオートロックだ。
思考がまとまらないうちに、玄関のドアノブがガチャリと音を立てて回った。
鍵が開く。
そして、ゆっくりと重い扉が開き、誰かが部屋の中へと入ってきた。




