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婚約破棄されて辺境に追放されましたが、前世が機械エンジニアなので古代魔導具いじり放題で大歓喜です!  作者: 紅茶


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第六十二話:検証結果

 学食の喧騒の中、私たちはまるで最も難解で、そして最も胸躍る共同研究プロジェクトのテーマを前にした学生のように、テーブル越しに視線を交錯させていた。


「もし私が生き残ることであなたが消滅する可能性があるなら、あなたはいざという時、私を殺す。……その自己中心的な合理性、最高に『私』らしいよ」


 私が口元を歪めて笑うと、セラフィナもまた、不敵な笑みで応じた。


「そんな物騒な話ではありません。ただ、可能性の一つというだけの話です」


「可能性としても、残しておくのは流石に異常でしょ?」


「それもそうですね」


「さて。じゃあお互いの生存と消滅の確率を計算するために、まずは私たちがどの宇宙モデルの前提に立っているのか、証明しようじゃないか」


 私は、飲み終わったお茶のプラスチックコップをテーブルの端に退けた。


「さて、前提から擦り合わせていこうか。私とあなたが同一の宇宙、単一のタイムライン上の存在だと仮定した場合、決定的な矛盾パラドックスが一つ生じる。いわゆる、ノヴィコフの自己無矛盾の原則だ」


「もしタイムトラベルができたとしても、過去の歴史を変えることは絶対にできない、という理論ですわね」


「そう。私が今ここで『未来(異世界)から来た自分』に出会っている事実がある以上、あなた自身の前世の記憶の中にも『昔、未来から来た自分(を名乗る異世界人)に会った』っていう記憶が存在していないと、論理的に破綻する」


 私はセラフィナを真っ直ぐに指差した。


「でも、あなたにはその記憶がない。だからこそ機材倉庫の閉じ込め事故で死んだ。……ってことは、相手の記憶にないという事実そのものが、私たちが最初から地続きのタイムラインにいるわけではなく、パラレルワールド(多元宇宙)の住人だという決定的な証明にならない?」


 私の論破に対し、セラフィナは薄く笑った。


「ええ。多世界解釈の証明としては妥当ですわ。ですが、その『記憶にない』という一点だけで、単一宇宙のループを完全に否定することはできませんのよ」


「反論があるってこと?」


「たとえば、『物理的メカニズムによる確率的検閲』ですわ」


 セラフィナは細く白い人差し指を立ててみせた。


「事後選択型の時間遡行モデルによれば、タイムパラドックスを引き起こすような事象は、発生確率がゼロになるように宇宙の法則が極端な偏りを起こして『検閲』を行います。もし私が過去で未来の自分と出会った記憶を持ったまま成長することが、のちの事象を決定的に崩壊させるトリガーになる場合、宇宙は因果律を守るために、私に『記憶の欠落』を強制するのです」


「歴史の必然性……」


「有り体に言いますと、『歴史の辻褄を合わせるために、宇宙が強制的に私の記憶を消去した』ということですわ」


「……宇宙が、パラドックス回避の辻褄合わせのために私の記憶を消すって言うの?」


「ええ。私が異世界へ飛ぶ直前に軽い事故に遭ってその期間の記憶だけを失うか、脳に極めて稀なノイズが生じて忘却するか。『忘れるという事象』があらかじめ歴史に組み込まれていると考えれば、私の記憶がないことは論理的に成立しますわ」


 なるほど。私は頭の中でその理論を反芻した。


「あるいは、心理学的な防衛機制や解離のメカニズムですわね。目の前に『もう一人の自分』が現れるという事態は、人間の認知機能にとって強烈な異常体験です。心がこの現実を受け入れきれず、自己防衛のために一時的な健忘を起こして記憶を抑圧してしまったと解釈することも可能ですわ」


「……まあ、確かに異世界人が現れて、お姫様言葉で『私はあなたですわ』なんて言い出されたら、強烈なストレス体験ではあるね」


「誰がストレスですって?」


 セラフィナがジト目を向けてくる。


「冗談だよ。でも、結局のところ机上の空論だ。タイムトラベル(因果の連続性)なのか、パラレルワールド(多元宇宙の独立性)なのか。これをはっきりさせないことには、あなたが消滅するリスク――つまり、私があなたに殺されるリスクが排除しきれない」


 私は持っていた水性ボールペンをクルクルと回した。


「実験しよう。今ここで、私たちがどちらの宇宙観に属しているか、証明するためのアプローチを」


「面白いですわね。具体的には?」


「まずは『物理的な履歴の非対称性検証』。つまり、記憶の微細な不一致のカタログ化だよ」


 もし二人の世界が完全に地続きなら、記憶は完全に一致するはずだ。逆に、どれほど似ていても別々の並行宇宙から来たのであれば、個人的な出来事は同じでも、些細な世相や使っていた製品のメーカーなどに、微妙なズレ(初期値の違い)が生じている可能性がある。


「小学生の時のランドセルの色は?」


「キャメルですわ。内側はタータンチェック。小学六年生の頃に壊れたから、半月ほどリュックサックで過ごしましたわ」


「……正解。中学二年の時の、数学の鈴木先生のあだ名は?」


「スズメバチ。いつも黄色地に黒のストライプのジャージを着ていたから」


「……私のお気に入りのアイスの味は?」


「チョコミント。……少し溶けかけているほうが好き」


 私はため息をついた。


「完全に一致してる。パラレルワールドで微妙に分岐した説より、同一のタイムライン上の存在って可能性が否定しきれないよ」


「では、次は私から提案しますわ」


 セラフィナが身を乗り出してきた。


「『非致命的な干渉』による、リアルタイム・因果律テスト。現在進行形で、かつ不可逆な干渉を、こちら側の『あなた』に行い、私の体に、あるいは私の記憶に何が起こるかを観察しますの」


「なるほどね」


 セラフィナがペンを貸すように求める。

 そして私の手のひらに丸を描いて黒く塗りつぶす。

 だいぶくすぐったかった。


「……何してんの?」


「……私の記憶に、何か変化があるかと思いまして」


「これだけじゃ無理でしょ」


 ペンで指に印を書く程度では、先ほどのセラフィナの弁ではないが、後で手を洗って消えてしまえば「宇宙の検閲」や「記憶のノイズ」として処理されてしまう。因果の分岐を証明するには、絶対に忘れることのできない、不可逆でマクロな変化が必要だ。


「それなら、これくらいやらないと弱いでしょ」


 私はカバンの中に手を入れると、ペンケースから工作用のハサミを取り出した。

 そして、ずっと大切に胸の辺りまで伸ばしていた自分の黒髪を、右手で無造作に一束掴み上げる。


「なっ……ちょっと、あなた何を――」


 ジョキリ、と。

 学食の喧騒を切り裂くような鈍い音が鳴り、長い髪の束がバサリとテーブルの上に落ちた。


「ええっ!?」


 セラフィナが目を丸くして立ち上がりかける。私は構わず、残った髪も耳の高さに合わせてザクザクと切り落としていった。あっという間に、私の髪型は不揃いなショートボブへと変貌した。


「……髪をこんなに短く切れば、明日からの周囲の反応も変わるし、残る写真も全部変わると思うんだよね」


 私はハサミを置き、切り落とした自分の髪の毛を指差した。


「もし世界が単一のタイムラインで因果律が接続されているなら……今この瞬間、あなたの記憶の中の『前世の私』も、ショートヘアに書き換わったはずだよ。あるいは、髪型が変わったことによる過去の改変が、あなたの脳に強烈な不協和音ノイズをもたらしているはず」


 私はセラフィナの瞳を真っ直ぐに射抜いた。


「どう? 記憶は書き換わった?」


 十秒。二十秒。


 セラフィナは瞬きもせずに宙を見つめ、自身の記憶のアーカイブを深くまで検索しているようだった。

 やがて、彼女はゆっくりと息を吐き出し、小さく首を横に振った。


「……いいえ。私の記憶の中の私は、事故の瞬間までその長い髪のままでしたわ」


 セラフィナは切り落とされた髪に触れ、それから不揃いになった私の髪を見つめた。


「そう。私が私にこれだけ決定的な干渉をしても、あなたには何の影響も及ぼさなかった。……つまり、私たちがいるこの世界は、パラレルワールド(独立した世界)である可能性が十分にあるということだ」


 私はホッと息を吐き出し、背もたれに大きく寄りかかった。


「よかったよ。これで、私が三日後に死ぬ運命を回避しても、因果律の崩壊であなたが消滅する危険性はほぼゼロになったってことだからね」


「ええ。とても痛快で、有意義な検証結果ですわ」


 セラフィナもまた、心底安堵したように微笑んだ。あの冷徹な計算機のようだった瞳に、元の柔らかい光が戻っている。


「それにしても、因果律の検証のために自分の髪を躊躇なく切り落とすなんて」


「まぁ、命にかかわることだしね」


 セラフィナは、テーブルに散らばった私の髪の毛を愛おしそうに見つめた。



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