第五十二話:リサイクル
目を覚ますと、そこは完全な闇の中だった。
ひんやりとした硬い床の感触と、カビと鉄錆が混ざったような淀んだ空気。
身体を起こそうとすると、ズキリと頭の奥で鈍い痛みが走った。
「っ……」
「お気が付かれましたか、セラフィナ様」
暗闇の中から、静かな声が降ってきた。
アイシャだ。声のする方へ顔を向けると、わずかながら目が慣れてきたのか、暗い部屋の隅で自分を壁に寄りかからせるようにして座っている彼女の輪郭がうっすらと見えた。
「アイシャ……私たち、どうなったのかしら。頭が痛いですわ」
「申し訳ありません。突然足元の地面が開き、私たちはこの地下空間へと落下しました。空中でセラフィナ様を捕まえることには成功したのですが……一緒に落ちてきた金属の残骸を避けきれず、それがセラフィナ様の頭部にぶつかり、気を失われてしまったのです。護衛として、痛恨の極みです」
平坦な声ではあったが、アイシャの言葉には深い自責の念が込められていた。
「気になさらないで。生きているだけで上出来ですわ」
セラフィナはこめかみを押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
「私が眠っている間、ここを調べたのかしら?」
「はい。部屋の中をひと通り探索しました。頑丈な扉のようなものは一つあるのですが、取っ手や鍵穴も見当たらず、私の力でも開きません。それ以外に出口らしきものは見つけられませんでした」
アイシャは暗闇を見つめたまま続ける。
「地上に残ったガレス殿たちも、私たちが消えたことには気づいているはずです。下手に行動するより、救助を待つのが最善かと」
確かに、それが護衛としてのセオリーだろう。だが、セラフィナの探究心は暗闇の中でも決して眠ってはくれなかった。
目が慣れてくるにつれ、部屋の全貌がおぼろげに掴めてくる。
自分たちがいる場所には、地表にあったのと同じようなロボットの残骸が、山のように高く積み上げられていた。
「救助を待つなんて退屈ですわ。それに、ここはただの地下室ではなさそうです」
少しふらつく足取りで歩き出すセラフィナ。
「セラフィナ様、おとなしくしていてください。まだ頭を打ったばかりで――」
「大丈夫ですわ」
アイシャの制止を躱し、セラフィナは壁や床をペタペタと触って調べる。
冷たく滑らかな感触。石積みではない。これは、『コンクリート』で固められた堅牢な人工施設だ。
「牢獄や罠の類でない限り、必ずメンテナンス用の出入り口があるはずですわ……」
セラフィナが指差した先、壁の少し高い位置に、金属製の梯子が埋め込まれているのが見えた。しかし、一番下の段でも地上から三メートルほど高い位置にあり、そのままでは手が届かない。
「ねえアイシャ、あれに届くかしら?」
「ちょっと難しそうです……二人で登るとなると、足場が必要です」
「なら、肩車ですわね! さあ、私が下になりますから、アイシャは私の肩に乗って」
「……はい?」
当たり前のように膝を曲げようとするセラフィナに、アイシャがかつてないほど動揺した声を上げた。
「な、何を仰っているのですか。私のような従者が、主の肩に乗るなど言語道断です。断固拒否いたします」
「別に構いませんのに。アイシャの方が私より軽いでしょう?」
「そういう問題ではありません!」
強い口調で拒絶するアイシャ。
仕方なくセラフィナが「ならアイシャが下で――」と言いかけた途端、ズキリと頭痛が走り、セラフィナの身体が大きくグラついた。
「っ……!」
「セラフィナ様!」
倒れそうになったセラフィナを、アイシャが素早く支える。
「……やはり、まだ本調子ではありません。今は少し休みましょう」
アイシャの強い押しに負け、セラフィナは残骸の山のそばに腰を下ろした。アイシャもそのすぐ隣に、肩が触れ合うほどの距離で座り込む。
暗く冷たい地下室の中、二人は肩を寄せ合うようにして沈黙した。
やがて、その静寂を埋めるように、セラフィナがぽつりと口を開いた。
「……私、物心ついた時から、機械をいじるのが好きでしたの」
「存じております。ガレス殿から、度を越していると伺いました」
「ひどいですわね」
セラフィナはふふっと笑う。
「でも、本当に楽しいんですのよ。頭の中にふと『こんなものがあったら便利だな』『こんな形にしたらどう動くかしら』って想像が浮かんで……それを、自分の手で部品を組み上げて、形にしていく。ゼロから新しいものを創り出す、あの瞬間がたまらなく好きなのですわ」
暗闇の中でも、彼女の瞳がキラキラと輝いているのがアイシャにはわかった。
「……羨ましいです」
アイシャの口から、無意識のうちにそんな言葉がこぼれていた。
「私には、あまり自分の人生というものを考えた経験がありません。道が決まっているのは当たり前のことで、幼い頃から、やることなすこと全てを一族に決められて生きてきました。誰に仕え、どのように命を懸け、誰と結ばれるか。それに何の疑問も抱きませんでしたし……むしろ、自分で選ぶ必要がないから、楽だとすら感じていたのです」
アイシャは自分の両手を見つめるように視線を落とした。
「ですが、最近……少し分からなくなってしまったのです。レオンハルト様のお言葉で、私の敷かれていたレールは一部外されてしまいました。人に仕えるという本分は変わりませんが、『お前の意志はどうなんだ』と問われても……自分の好きなことすら、考えたこともないので分からないのです」
人形のように無機質だった少女の、初めて見せた等身大の戸惑い。
セラフィナは少しだけ考えて、アイシャの冷たい手をきゅっと握った。
「それなら、一緒に何か作りませんか?」
「……え?」
「好きなことなんて、最初から知っている人はいませんわ。結局、色々なことを見て、触れて、知っていかないと始まらないのです。私がモノ作りをする時は、アイシャにも手伝ってもらって、そうしているうちに、きっと何か見つかるはずですわ」
アイシャは目を見張った。
主従という関係を越え、ただ純粋に自分を「一緒に何かをする相手」として引っ張ろうとしてくれるこの不思議な令嬢に、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「セラフィナ様、私は――」
アイシャが何かを言いかけた、その時だった。
再び、重低音の地鳴りが地下空間に響き渡った。
しかし今回は、単なる震動ではない。規則的なモーターの重い駆動音。
そして。
「っ!? 床が、動いて……!?」
セラフィナたちが座っていた床全体が、ゆっくりと前進を始めたのだ。それは巨大なベルトコンベア。その上に積まれた鉄屑の山ごと、二人を運び出していく。
同時に、アイシャが「開かない」と言っていた前方の巨大な扉が、重々しい金属音を立てて左右に口を開いた。
開かれた扉の奥から吹き付けてきたのは、肌を焼くほどの猛烈な熱波。
そして、暗闇を真っ赤に染め上げる、煮えたぎるようなオレンジ色の光だった。
「アイシャ、あれは……!」
扉の奥で口を開けていたのは、巨大な坩堝。
運ばれてきたスクラップを跡形もなく溶かし尽くすための――超高温の『溶鉱炉』だった。




