第五十一話:邂逅
風を切り裂き、重々しい鋼鉄の塊がアイシャの頭上から振り下ろされた。
直撃すれば、頭蓋を砕き潰すどころの騒ぎではない。
しかし、アイシャの身体はその無慈悲な鉄槌が落ちるよりも早く、ふわりと宙に浮き上がっていた。
まるで彼女の周囲だけ重力が弱まってしまったかのように、軽やかで重さを感じさせない跳躍。中空でしなやかに身を翻し、一回転すると、一切の着地音を立てることなくセラフィナのすぐ横へと舞い降りた。
その人間離れした身のこなしに、セラフィナは一瞬目を奪われたが、すぐに前方へと意識を引き戻した。
轟音と共に地面が砕け、土煙が舞い上がる。
もうもうと立ち込める砂塵の中から姿を現したのは、全身を錆に覆われた壊れかけの機械だった。
体躯は概ね人間大。しかし、その形状は人間のそれとは大きく異なっていた。
特徴的なのは、頭部や胴体よりも不釣り合いに巨大なその「腕」である。先ほどアイシャを襲った鉄槌の正体――それは、先端に無骨なクローを備えた、多関節の巨大な腕だった。
それはある意味、セラフィナにとっては非常に馴染み深い形状であった。
否、正確には彼女の「前世」の記憶にとって、である。
「な、何ですかこれ……」
初めて見る異形の機械に、アイシャが珍しく動揺の声を漏らす。
「ロボットハンド……いえ、産業用のロボットアームですわね。工場の生産ラインなんかで、人間の代わりに部品を組み立てたり、重いものを運んだりする……」
把持型のロボットアーム。複数の関節を持ち、プログラミングされた動作を正確に繰り返すための機械構造だ。目の前の個体は、そのクロー部分で周囲の鉄屑を掴み、即席の鈍器として振り回して攻撃してきているようだった。
ついつい前世の知識で解説を加えてしまったセラフィナに、アイシャは怪訝な顔を向けた。
「ロボット? 寡聞にして存じ上げませんが……」
「あ、いえ。つまり、ゴーレムですわ」
慌ててこの世界の言葉に言い換えるセラフィナ。
「……とてもゴーレムには見えませんが」
「そうですわね……」
アイシャの指摘通りだった。
セラフィナもまた、目の前の異質な存在に対して密かに動揺を抱いていた。
セラフィナの頭脳は、前世の彼女が培った現代の科学技術と、現世で学んだ魔法工学の知識が混ざり合って構成されている。
この世界に存在する「ゴーレム」は、あくまでこの世界の技術と魔法的な要素――魔力を動力源とし、魔法によって自律行動を促す――といった理屈で作られている。ゼニスの大穴で遭遇した古代の巨大ゴーレムでさえ、桁違いのオーバーテクノロジーとはいえ、その延長線上にある技術体系で構築されていた。
それはある意味、魔法と科学が融合した不可思議な形ではあるが、この世界の未来にはおそらく実現可能であり、セラフィナの現世の技術とも部分的には地続きのものだった。
しかし、目の前で駆動音を鳴らすロボットアームは、それとは根本的に別物だった。
魔法陣の痕跡もなければ、魔力による駆動の気配もない。油圧シリンダーとサーボモーター、そして剥き出しになった配線ケーブル。
詳しく調べてみる必要はあるが、その外観を見ただけで、前世の知識のみで全ての構造が解析可能に思えてしまう。
まるで、前世の現代世界からそのまま転移させられてきたかのような、純粋な『機械』の姿。
なぜ、こんなものがこの世界に、しかも神話の島に存在するのか。
「ガシャッ……ギィィ……」
壊れかけのロボットアームが、再びクローに挟んだ鉄塊を振り上げ、こちらへ向き直る。
考察は後回しだ。
「アイシャ、あれを機能停止にできますか?」
セラフィナが問うと、完璧な従者はわずかに視線を逸らし、平坦な声で答えた。
「申し訳ありません。回避はともかく、私は攻撃が得意ではありません」
「……あら、そうなの? 仕方がありませんわね」
従者が攻撃系ではないと知り、セラフィナは自身の鞄から使い慣れた大型の工具――鈍く光る鋼鉄のレンチを取り出した。
魔法で身体能力を強化し、関節部の駆動系を直接叩き壊す。単純だが確実な手段だ。
「さあ、おとなしく分解されなさいな!」
セラフィナがレンチを構え、力強く地面を蹴ろうとした、その瞬間だった。
突如として、島全体が揺れるような凄まじい地鳴りが足元から響き渡った。
「きゃっ!?」
「セラフィナ様!」
バランスを崩したセラフィナにアイシャが手を伸ばした時、二人の立っていた地面――無数の残骸で隠されていた岩肌が、まるで人工的なハッチのように真っ二つに割れて開いたのだ。
「えっ――」
悲鳴を上げる間もなく。
セラフィナとアイシャの身体は、暗くぽっかりと口を開けた地下の深淵へと、真っ逆さまに落とされていった。




