第五十話:エンカウント
セラフィナは迷うことなく、急斜面の丘を駆け下りていった。
「あ、お待ちくださいセラフィナ様!」
アイシャの制止も聞かず、残骸が散乱する中心部へと飛び込んでいく。
「信じられませんわ……」
一番近くに落ちていた胴体部分のパーツに駆け寄り、セラフィナは驚きの声をもらした。
ちぎれた配線からは未だビリビリと青白い放電が走り、微かなオゾンの匂いが漂っている。動力源となる魔石の残滓が、まだ微弱に反応を続けているのだ。
この状態から推測するに、ここで戦闘が行われたのは、長く見積もってもここ数日のことだろうか。もしかすると、昨日や今日のことかもしれない。
さらに奥へと進もうと足を踏み出した瞬間、セラフィナの腕がガシリと掴まれた。
アイシャだった。普段の無表情は崩れていないが、その目には明確な警戒の色が浮かんでいる。
「危険です。すぐに野営地に戻りましょう」
「危険? まあ、確かに少し物騒な光景ではありますわね」
セラフィナが周囲を見渡すと、残骸の中には鋭利なブレードのようなものや、砲身と思しき金属の破片も混じっていた。ここで何らかの激しい戦闘があったことが推察される。
もしかすると、この惨状を成した『何か』が、まだこの島のどこかに潜んでいるかもしれない。
「ええ、これは間違いなく異常事態です」
アイシャは強い口調で言った。
「このまま散策を続けるのは無謀です。できればすぐに船を出し、領地へと引き返すべきかと」
アイシャの判断は完璧だった。
未知の危険が潜む無人島において、戦闘の痕跡を発見したならば、即座に護衛対象を連れて撤退する。明快にして非の打ち所のない、護衛としての最善策である。
セラフィナの頭脳をもってしても、それが正解であることは百も承知だった。
しかし、セラフィナは――。
「だから、行きますのよ」
満面の笑みで、そう言い放った。
「……はい?」
アイシャの静かな声が、微かに裏返る。
「アイシャ、よく見てみなさい」
セラフィナは先ほどの残骸のそばにしゃがみ込み、切断された腕のパーツを指差した。
「この断面図。熱で溶けたわけでも、爆発で吹き飛んだわけでもありません。明らかに超硬度の鋭利な刃物で一刀両断に切り裂かれていますわ」
次に、少し離れた場所に落ちていた別の残骸を拾い上げる。
「しかし、こちらを見てください。これは刃物による切断ではなく、装甲ごと力任せに引きちぎられたような形跡がありますわね」
そして、セラフィナはどこからともなく取り出したルーペを目に当て、ある一点――装甲が強く握り潰され、ひしゃげた部位に顔を近づけた。
「そしてより注目していただきたいのは、ここですわ。強く圧迫されたことで塗装が剥げていますが……下地の金属の上に、本来の塗装とは違う『赤い色』の塗料がこびり付いていますのよ」
「……それが、何を意味すると?」
警戒を解かないままアイシャが尋ねると、セラフィナはルーペを下ろし、得意げに胸を張った。
「想像つきませんか? 刃物、引きちぎられた跡、そして別の機体の塗料。つまりここは――『機械同士が争い、殺し合いを演じた舞台』ということですわ!」
自信満々に語るセラフィナの熱量は、凄まじいものがあった。古代のオーパーツ同士が戦闘を繰り広げた証拠を前に、彼女の探究心はすでに臨界点を突破している。
しかし、その熱量はアイシャには全く伝わっていなかった。
「……機械同士の殺し合い。だったら尚のこと、一刻も早くここから離れるべきでしょう」
「あら、何を言いますの。もう少し奥へ進めば、もっと面白いものが見られるかもしれませんわよ?」
完全に聞く耳を持たないセラフィナは、早くも次の残骸へと歩き出そうとする。
「アイシャは先に野営地に戻って、ガレスたちにこのことを知らせておいてくださいな!」
言うが早いか、セラフィナはズンズンと残骸を乗り越え、島の奥地へと見分を進めていく。
残されたアイシャは、深い、本当に深いため息をついた。
(護衛対象を一人残して、自分だけ報告に戻るわけにはいかないでしょう……)
こんな破天荒な令嬢の護衛を任された自分の不運を呪いつつ、アイシャは音もなくセラフィナの後を追った。
「あら、アイシャ。あなたも来るの?」
「……セラフィナ様を一人にする訳にはいきませんから。ただし、三十分。三十分だけ見て回ったら、必ず野営地に戻っていただきます」
「ふふっ、お優しいわね。ありがとう、アイシャ」
セラフィナは嬉しそうに微笑むと、再び残骸の調査に戻った。
落ちているパーツを拾い上げては重さや材質を確かめ、あるものは熱心に観察し、あるものはその辺に放り捨てながら、練り歩いていく。
「先程から、何をされているのですか?」
周囲を警戒しながらアイシャが尋ねる。
「ええ……少し、気にかかることがありましてね」
セラフィナは、地面に落ちていた砕けたカメラアイのような部品を拾い上げ、眉をひそめた。
「種類が多すぎる、気がしますの」
「種類? それはどういう……」
アイシャが問い返そうとした、その時だった。
ゾワリ、と。
アイシャの全身の産毛が逆立ち、研ぎ澄まされた直感がけたたましい警鐘を鳴らした。
背後から、太陽の光を遮るほどの巨大な影が、音もなく覆い被さってきたのだ。
風切り音すらなく、ただ圧倒的な『質量』が落ちてくる気配。
「アイシャ!!」
残骸を覗き込んでいたセラフィナが、血相を変えて叫ぶ。
アイシャが反射的に振り返るよりも早く。
錆びつき、赤い塗料の剥げかけた巨大な鋼鉄の塊――無慈悲な鉄槌が、彼女の頭上へと振り下ろされようとしていた。




