第5話:目覚めれば拘束具
眩い朝の光が、重厚なベルベットのカーテンの隙間から差し込んでいた。
シュヴァルツェンベルク大公、レオンハルトは、数年ぶりに味わう「深い眠り」からゆっくりと意識を浮上させた。
「……あ、あ……」
体が、軽い。
いつもなら目覚めた瞬間に襲ってくる、あの内側から体が焼き切れるような魔力の膨満感がない。呪いの波動も、今は凪のように静まり返っている。
昨夜の地下牢。
あの狂った令嬢が、自分の絶望を「効率が悪い」と切り捨て、得体の知れない筒で吸い取ってくれた。あれは夢ではなかったのだ。
「……ん?」
体を起こそうとしたレオンハルトは、異変に気づいた。
動かない。
いや、正確には「何かに固定されている」感覚。
視線を自分の手首に向けると、そこには革製のベルトと、怪しく青光りする金属製のカフスが嵌められ、ベッドの四隅にある支柱にガッチリと固定されていた。
「な……なんだ、これは? 拘束……?」
さらによく見れば、上半身は裸にされ(服は無残に切り裂かれて床に転がっていた)、胸元や腹筋、さらにはこめかみに至るまで、吸盤のようなヌメる質感の「端子」がいくつも貼り付けられている。
それぞれの端子からは、色とりどりの極細の魔導線が伸び、ベッドの脇に置かれた「カチカチ」と不気味な音を立てる巨大な機械へと繋がっていた。
「……あ。閣下、お目覚めですのね? 動かないでくださいませ。今、心臓付近の魔力パスに『バイパス』を増設する大事な局面なんですの」
ベッドの下から、ひょいと顔を出したのは、銀髪をボサボサに乱し、鼻の頭に黒い油汚れをつけたセラフィナだった。彼女の瞳は血走り、狂気的な光を宿している。
「せ、セラフィナ……? 貴様、俺の寝室で何を……というか、この拘束は何だ!?」
「拘束だなんて人聞きが悪いですわ。これは『生体魔力出力安定用・多点接合式アース』ですわよ! 閣下、貴方の体は放っておくとすぐに魔力漏れを起こしますから。こうして四肢からベッドを通じて地脈へと余剰魔力を逃がすようにしたんですの。ああ、なんて素晴らしい循環……!」
「アースだと!? 俺を雷除けの棒と同じ扱いにするな! というか、なぜ俺は裸なんだ!」
「当たり前でしょう? 布は絶縁体になりますもの。魔力伝導率を高めるためには、直接肌に端子を貼るのが一番なんです。……ふむ、閣下。貴方の広背筋付近、意外と魔力の流れがスムーズではありませんわね。……ちょっと失礼して、この『魔導ニードル』で経絡を刺激させていただきますわ」
セラフィナが手に持ったのは、パチパチと紫色の火花を散らす、長さ二十センチはある巨大な針だった。
「待て! やめろ! それは針というより、ただの凶器だろうが! ひっ、近づけるな!」
「嫌ですわ、閣下。これは貴方のための『メンテナンス』ですわよ? ああっ、動かないで! ターゲットがブレますわ! ……ええい、こうなったら最終手段ですわね。ガレス卿! 閣下の脚を押さえてくださいまし!」
「ええっ!? 俺ですか!? 大公閣下の生足を、この俺が!?」
部屋の隅で、ガタガタと震えながら待機していたガレスが、泣きそうな顔で這い出してきた。
「セラフィナ様、もうやめましょう! さっきから俺、騎士としての尊厳が消えかけています! 主君の寝室に忍び込み、眠っている間に服を切り裂いて端子をペタペタ貼る……これ、王都なら即座に極刑ですよ!」
「うるさいですわね、ガレス卿! これは医学であり、工学なんですの! 私は今、世界で唯一の『最高級生体バッテリー』の初期不良を直そうとしているだけです! ほら、早く押さえて!」
「わ、わかりましたよ! 閣下、申し訳ありません、後で俺を斬ってください!」
「き、 貴様! やめろ、セラフィナ、その針をしま——ッ、あああああああッ!?」
——バチィィィンッ!!
レオンハルトの叫び声が、豪華な寝室に響き渡る。
その瞬間、彼の体から一気に火花が飛び散り、ベッド脇の機械が「チーン!」と軽快な音を立てて真っ赤なランプを点灯させた。
「……あ、ああ……」
レオンハルトは白目を剥き、全身をピクピクと痙攣させる。だが、その顔には苦痛よりも、どこか毒気が抜けたような、妙にスッキリとした恍惚感が漂っていた。
「見ましたかガレス卿!? 今、背中の魔力回路が完全に開通しましたわ! 出力効率、昨夜の二・五倍! ああ、なんて美しい熱量……このまま閣下にタービンを背負わせれば、城全体の電力を賄えますわね……」
「セラフィナ様、発想が完全にマッドですよ! 閣下を人間発電機にするつもりですか!」
そこへ、騒ぎを聞きつけた執事長のセバスチャンが、血相を変えて飛び込んできた。
「閣下! 今の叫び声は一体——……っ!?」
扉を開けたセバスチャンの目に飛び込んできたのは。
ベッドに四肢を拘束され、裸で端子まみれになり、恍惚とした表情で痙攣している主君と。
その上に跨り、瞳を血走らせて巨大な針を構える公爵令嬢。
そして、その主君の足を必死に押さえつけている近衛騎士の姿だった。
「…………」
セバスチャンは無言で扉を閉めた。
「待てセバスチャン!! 戻ってこい! 誤解だ、これは完全に誤解なんだ!!」
我に返ったレオンハルトが絶叫する。
再び扉が開き、セバスチャンが死んだ魚のような目で、震える声を出した。
「……セラフィナ様。……閣下の『お身体のメンテナンス』は理解いたしました。ですが……せめて、その……声を上げさせるような器具のご使用は、人目のないところでお願いしたく……」
「人目のないところ? 何を言っていますの、セバスチャンさん。メンテナンスは毎日、定時に行うのが基本ですわよ! さあ閣下、次は腹部の魔力溜まりを解消しますわ! ガレス卿、もっと強く押さえて!」
「うおおお、閣下、耐えてください! 俺も必死なんです!」
「やめろぉぉぉ! 誰か、誰かこの令嬢を止めろぉぉぉッ!!」
辺境の大公の寝室に、朝日と共に絶望の咆哮(と快楽の火花)が響き渡る。




